岸辺にスミレやレンゲが咲き、川でメダカや小ブナが泳ぐ。唱歌「春の小川」で思い浮かべるのは、のどかな自然あふれる情景だろう。そのモデルとされる場所を訪ねた。
意外にもそこは、超高層ビルが林立する東京・新宿副都心の少し南、住宅や商店が密集する渋谷区の街中だった。一九一二(大正元)年に発表されたこの歌を作詞した高野辰之は、当時このあたりに住み、近くを流れる河骨(こうほね)川を娘とよく散歩したという。
大正時代の河骨川の写真を見る機会があった。田園の中を曲がりくねった川が流れ、歌のイメージ通りだ。しかし、都市化によって姿が大きく変わった。
特に、六四年の東京オリンピックを前に、覆いをされて「暗きょ」となり、さらさら流れる様子は、全く見えなくなった。記念碑や渋谷区教委の説明板が「春の小川」があることを示すだけだ。
この川は下流で別の川と合流して、大繁華街である渋谷を貫いている。川が見えるよう、上部を開ける「開きょ」化を求める声もあるようだ。金沢市では実際、市街地の用水を開きょ化する施策が進められている。
岡山市も用水が張り巡らされているが、暗きょのために気づかないことは多い。開きょ化により、もっと気軽に水に親しみ、潤いを感じることができる場所もあるはずだ。