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特集ワイド:それでも大麻、吸いますか? 「たばこより無害」の大きな誤り(下)

 新潟県中越地方の小西憲さん(61)と妻美代子さん(56)は、小さな駅舎の片隅で長男(32)と向かいあっていた。02年の2月の夜。2メートルを超える雪が積もっている。「家には入れないよ」。福島県のリハビリ施設「磐梯ダルク」から逃げ出した長男に、施設に戻るよう説得を続けた。

 「おれ死ぬよ」。自殺をほのめかされても、首を縦には振らなかった。最終電車が出た後、長男に使い捨てカイロを手渡し、置き去りにした。「突き放さなければ、共倒れになってしまう」。憲さんの信念は固かった。

 異変を知ったのは99年ごろ。東京都内の専門学校を中退し、うつ病と言うので通院させた約1年後だった。医師から「覚せい剤をやっていたそうです。薬物依存症です」と明かされた。深夜のバイト仲間に誘われ、始めたらしい。

 だが、入院のたびに脱走を繰り返し、看護師の詰め所からは抗うつ剤を盗んでくる。薬局で風邪薬を万引きする。大量に摂取すると、覚せい剤と似た症状を引き起こす市販薬もあるという。さらには自宅でのリストカット。

 「愛情が足りなかった」。美代子さんは自分を責めた。公立保育園の仕事を休んで病院に見舞い、万引きが分かれば店で頭を下げた。自殺防止に家の包丁も隠した。家族全員が疲れ切っていた。そんな時、ダルクの存在を知った。

 依存症者が集まる民間リハビリ施設が、「ダルク=DARC」(Drug Addiction Rehabilitation Center)。薬物を断ち切れずおちていく人、立ち直る人を共同生活で間近に見て、自分の道を選択する。全国に約50カ所あり、仲間で支え合いながら社会復帰を目指す。

 磐梯ダルク担当者の忠告は簡潔だった。「甘やかす限り治りません。行き着く先は精神科病院か刑務所か、あるいは遺体安置所か」。リハビリ生活による「自律」の道は残されていた。「親が決然と構えなければ、お互い半殺し状態が続きますよ」

 駅舎で別れてから2日後の夜、長男が家の前に立っていた。隣町で野宿をしていたらしい。「入れてくれよ」と何度も玄関の戸をたたいて叫ぶが、鍵を開けなかった。北陸の雪は雷鳴とともに降り注ぐ。「暖かい布団で寝かせてやりたいよ」。情を押し殺し、警察に長男の「保護」を依頼した。狭い集落をパトカーの赤色灯が照らした時には、涙は枯れていた。

     ■

 政府が昨年8月にまとめた第3次薬物乱用防止5カ年戦略によると、覚せい剤や合成麻薬、アヘン、大麻の検挙人数(07年)は1万5175人。覚せい剤が8割を占めるものの、大麻の2375人は10年前の約2倍に増加した。20代の乱用が顕著という。若者はなぜ薬物に走るのか。

 「インターネットで手に入りやすくなった。目標や夢を持ちにくい社会で、今が楽しければいい風潮が要因」と推測するのは、埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也さん。「ださいイメージのシンナーとは違ってファッション性もある」

 軽い気持ちで始めると命取りになる。「たまに吸う『乱用』がいつしか、切れると不快感となる。しまいに妄想や幻覚、幻聴を繰り返す」。これが薬物依存症で、成瀬さんによると「意志が弱いからやめられないのではなく、治療が必要な病気」なのだ。

 川崎市の岡崎さんは、今はNPO「川崎ダルク支援会」の責任者。「自分が病気だと受け入れ、新しい生き方を求めて前に進むことから始まる」と話す。約3年前に母(享年59)を病気で亡くした時「クリーンな心と体で見送れたのが救い」だった。

 小西さんの長男はダルクによって薬物依存から脱したが統合失調症と診断され、1人アパートで暮らす。小西さん夫妻は新潟県「家族会」世話人として奔走するが、家族の高齢化が進み、「本人の更生を見届けずに亡くなる方も多い」と嘆く。

 若者よ、それでも、大麻を吸いますか?

2009年4月15日

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