「モーターボートが届きません」 ── サイバー犯罪研究所ファイル1

誰でも簡単に詐欺にあってしまう時代

大谷 憲史(2007-05-06 13:00)
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 2002年から公民館でパソコン講座を開き、教え始めた。初心者対象の講座である。2001年に始まった政府の『IT講習会』の延長のような形で、地域住民の要望を受けた形だ。5年近くの間に300人以上が受講した。

 講座受講中はなんとなく分るが、講座が終了すると分らなくなる人が多いようで、私の元にはパソコン操作に関する電話が相次いだ。

 2003年に入ってからは、パソコン操作に関するものより、インターネット上のトラブルに関する相談が多くなってきた。「電子掲示板による誹謗中傷」「架空請求・不当請求」「インターネット・オークション詐欺」「出会い系サイトでのトラブル」……。

 インターネットのトラブルは、「身近に相談できる相手がいない」「恥ずかしくて誰にも相談できない」と言う理由で、被害が拡大することが多い。

 そこで2005年からは、無料相談センターとして「サイバー犯罪研究所」を開設し、電話とメールで相談に応じることにした。

 直接相談者に会って、パソコンのトラブルを解決するのではなく、電話やメールでの相談である。私の無料相談は、匿名でもOKである。ただし、相談内容に応じては追跡調査を行い、逐一相談者に報告することもあるので、その場合は相談者と協議し、最低限の個人情報を教えてもらっている。

 無料、しかも匿名で相談可能ということで、深夜の時間帯に男性からの相談が多い。内容は出会い系サイトでのトラブルや、アダルトサイトでの不当請求に関するものである。聞き役に徹する私は、朝まで相談に乗ったこともあった。

 (最近はめっきりと相談の電話が少なくなったが、決してトラブル件数が少なくなったわけではなく、私の宣伝不足である)

 無料相談業務を始めてまだ日が浅かった2005年6月ごろのこと。直接、事務所に訪問してきた男性がいた。A氏と呼ぶことにしよう。

 A氏はマリンレジャーが好きで、インターネット大手のオークションサイトに出品されていたモーターボートに興味を持ったという。モーターボート出品のページで詳細を確認後、落札した。56万円。

 出品者からは身元を明らかにするため免許証のコピーがファクスで送られてきた。そして諸手続きはこちらで行うので、指定された銀行口座にお金を振り込んで欲しい、という。身元確認の免許証コピーがあって安心したのか、A氏はすぐに、指定された銀行口座に56万円を振り込んだ。

 ところが、1週間経っても出品者からは連絡なし。いたたまれなくなったA氏は直接出品者に連絡したところ、現在、諸手続きを進めているからしばらく待って欲しいとのこと。

 それから3週間以上経っても出品者からA氏に何の連絡も無い。そこで私のところに直接相談にやってきた。当時、私が無料相談所を開設したことを紹介する新聞記事があり、それを見たらしい。

 A氏から出品者から届いた書類を見せてもらい、「やられた!」と思った。

 ファクスで送られてきた免許証のコピーは、判別がつかないぐらい顔写真は真っ黒。A氏曰く「氏名、住所だけで勘弁してくれ」と言われたらしい。氏名、住所だけなら、何も免許証を送る必要はないのだが、公的な証明書を提示することによって、落札者を安心させることができる。少々の問題点(この場合の顔写真の判別不能)も許してもらえる可能性が大きいのだ。

 免許証に書かれた名前と住所を確認するために、A氏が出品者から入手した電話番号に連絡した。携帯電話ではなく固定電話であった。これも落札者を安心させるための手口である。

 電話はつながった。名前も住所も一致した。しかし、出品者ではなかった。

 電話に出た人物をB氏と呼ぼう。B氏は、1カ月ほど前から、インターネット・オークションに関する不審な電話に悩まされていたという。B氏の住まいにはインターネットもパソコンもないのだが、いつの間にかインターネット・オークションの出品者にされてしまった。

 B氏に詳しい事情を聞くと、不審な電話がかかるようになった6カ月ほど前、免許証を紛失したという。紛失にはすぐに気づき警察に届けた。ところが、しばらくして不審な電話が鳴り始めた。B氏は警察に被害届を出そうかとも考えたが、免許証偽造の相手がわからない以上、当面、電話番号の変更などの対抗策を考えるしかないと話していた。

 では、犯人はどこにいるのか? 唯一の手がかりは、A氏が入金した銀行名だけである。A氏は宮崎市在住。出品者に仕立てられたB氏は沖縄県那覇市に住む。振り込み先の銀行支店は東京都内だ。

 と言うことは、犯人は東京都にいるということになるが、ここは相談所であり、私は弁護士でも探偵でもなく、単なる相談屋である。
 
 私は県警の「サイバー犯罪対策室」に連絡し、コトの詳細を担当官に説明し、同時に担当官から対策を聞いた。

 そして、カネを振り込んだが商品が届いていないということは詐欺であるから、A氏本人が警察署へ被害届を出すことになった。

 あれから2年。A氏からは事件解決の連絡はない。県警からも犯人逮捕の報もない。ネット上での詐欺事件は、なかなか足取りがつかめない場合が多い。

 無料相談センター開設後すぐの大きな相談であったが、とても勉強になった相談でもあった。

 私を含めて、人間は自分が欲しいものが目の前にあると、周りの状況が見えなくなってしまうことが往々にしてある。

 「あ!これ、いいなあ」とクリックする前に、あるいは、お金を入金する前に、ワンクッション置いて、誰かに話をしたほうが良い場合もある。高額な商品をネットで購入する場合は特にそうである。

 今や、パソコンだけではなくケータイでもオークションができる時代。誰もがオークションに参加できると言うことは、誰でも詐欺を働くことが簡単にできる時代でもある。だまされることなく、消費者としてしっかりとした眼を持つことと、不審に思ったらすぐに誰かに相談することが大切である。



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