「演奏家である前に、人として健康的に生きていたい」と語るピリス
ピアニストのマリア・ジョアン・ピリスが2年ぶりに日本の聴衆に向き合う。数々の名盤を通じて日本でも広く知られている繊細なピアニズムを、ソロと協奏曲で存分に聴かせる。「挑戦とは思わない。日本の皆様の前で弾く、その幸せをたっぷり味わいたい」。奏でる音楽を彷彿(ほうふつ)とさせる温かな口調で語った。
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ひとつの物語を紡ぐように綿密にプログラムを構成する。前回の来日公演では「曲間での拍手をやめて」とアナウンスを流した。今回もそうしたいという。「静寂の平和な時間を聴衆と共有したい」との思いからだ。
公演では、ショパンが生涯最後の5年間に書いた曲に光を当てる。「偉大な芸術家はみな、人生の最後に既成の様式を破り、真の自由を求めようとする。次世代への遺産を無意識のうちに残そうとしているのでしょうか」
ポルトガルに生まれ、現在はブラジルに住む。商業的な世界から意識的に遠ざかっている。バイオリンのオーギュスタン・デュメイら様々な共演者と、じっくり時間をかけて音楽を掘り下げてきた。
故郷でセミナーを開いたり、NHKの「スーパー・ピアノ・レッスン」に出演したりと、教育者としての活動にも意欲的だ。若い世代に「商業的なオファーに『ノー』という勇気を持って」とメッセージを送る。
「すべてのレパートリーを弾けなければいけない、と思う必要はない」。コンクールにも懐疑的だ。「勝ちたいと思うことは、誰かの負けを望むということ。その考え自体がもう、芸術家のものではない。芸術は闘いではなく、自由からしか生まれ得ない」
「生涯をかけてやりたいのは、ピアノという楽器を通じ、様々な音楽を発見していくことだけ。分析する知性も必要だけど、舞台の上ではアーティストは、できるだけシンプルでいる方がいい」
人と交流するのが楽しい。人に喜ばれるのがうれしい。アーティストである前に、人間としての自然なありようを大切にしているという。
「誰もがみな、芸術的な世界を内に持っている。それを外に表現して世界と結びつこうとする人をアーティストと呼ぶだけのこと。アーティストは特別な人間ではない」
共演はチェロのパベル・ゴムツィアコフ。リサイタルはショパン中心とべートーベン中心の2種類。高関健指揮新日本フィルハーモニー交響楽団と、ベートーベンのピアノ協奏曲第2、4番を聴かせる日も。
22日午後7時、東京・すみだトリフォニーホール▽5月1日午後7時、同ホール▽2日、東京・紀尾井ホール(完売)▽4日午後5時、長野・軽井沢大賀ホール▽7日午後7時、横浜・神奈川県立音楽堂。電話03・5429・2399(ヒラサ・オフィス)。(吉田純子)