体のあらゆる組織に成長できる万能性を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)の研究に、また一つ新しい成果が生まれた。岡山大病院の小林直哉講師らがマウスのiPS細胞から肝臓細胞をつくることに成功した。肝細胞ができたのは世界初で、あすから岡山市で開かれる国際細胞移植会議で発表される。
岡山大チームはこれまでに、マウスと人の胚(はい)性幹細胞(ES細胞)からそれぞれ肝細胞をつくることに成功している。今回は研究のパイオニアである京都大の山中伸弥教授がマウスの皮膚から作製した細胞を、理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県つくば市)から提供を受けて行った。
肝臓は複雑精妙で高度な機能を持つ臓器だ。今後、人間のiPS細胞を使った研究が進めば、再生医療にとって大きな一歩になるだろう。
iPS細胞が注目されるのは、それまで万能細胞の代名詞だったES細胞が、受精卵を壊さないとつくれない点で生命倫理上のネックになっていたからだ。また患者自身の細胞からiPS細胞をつくって移植すれば拒絶反応が起きない利点がある。さまざまな病気の治療法を変える可能性を持つわけだ。
このところの研究の進展はめざましい。今年に入ってからも、東京大は人のiPS細胞から血液成分の一つである血小板を作製した。慶応大は脊髄(せきずい)損傷で脚がまひしたマウスへの移植実験で治療効果を確認。大阪大はマウスの心筋梗塞(こうそく)の症状を改善させることに成功した。
国際的な競争も激化の一途だ。米国では、支持基盤にキリスト教右派などを持つブッシュ前政権がES細胞への助成を制限していたが、オバマ政権は助成容認に転じた。研究は加速度的に進むだろう。もともと米ウィスコンシン大は山中教授と同着で論文を発表しており、ハーバード大などもiPS細胞の作製で成果を上げている。
日本は文部科学省が二〇〇七年、研究の加速に向けた総合戦略を策定した。京都大などを核にした「オールジャパン」の態勢をつくり、〇八―一二年度の五年間で約百億円の研究支援費を投入するという。
実を挙げるためには、戦略の運用をうまく調整することが重要だ。医療やベンチャー企業を所管する厚生労働、経済産業省など他の省庁との連携も必要になってこよう。
再生医療への過度の期待で、基礎的研究が手薄になるとの声もある。着実に前進したい。
アフガニスタンの隣国で、テロ対策に重要な鍵を握るパキスタンに対する支援国会合が東京で開かれた。約五十の国と国際機関が参加し、パキスタンの安定化に向け今後二年間で総額五十億ドル(約五千億円)を超す資金拠出で合意した。
日本と米国は、最大規模の十億ドルずつ支援する。中東諸国などが積極姿勢を示したため、全体では目標額の四十億ドルを大幅に上回った。アフガンのテロ対策には、パキスタンへの支援が欠かせないとの認識が国際社会に広がったといえよう。
アフガンとパキスタンの国境一帯は、アフガンの反政府武装勢力タリバン関係の組織などが潜伏しているとされる。米オバマ政権は対テロ作戦の主戦場をイラクからアフガンに移す中で、パキスタンとセットで安定化を図る方針を打ち出した。
今回、参加国が巨額の資金拠出を約束したのは、オバマ政権との関係に配慮したともみられる。特に米国と並ぶ額を出すことになった日本は、日米同盟関係の強化を図りたい思惑も透けて見える。
問われるのは、援助金がいかに有効に使われるかである。主としてテロの温床になる貧困層への対策に用いられ、保健、教育部門やインフラ整備、農業、かんがいなどへの投資が予定される。
効果に期待したいが、懸念材料も少なくない。パキスタンでは政治家や官僚の腐敗が根深いといわれる。援助金が一部の特権階級などに流れたりすれば、貧富の差をかえって拡大し、安定化に逆行しかねない。厳格な使途の監視が欠かせない。
さらに核保有国であるパキスタンの不安定化は、核拡散につながる危険性をはらんでいる。そうならないよう、支援を継続することも検討課題だ。
(2009年4月19日掲載)