医療崩壊防止、医師の健康支援と患者の協力がカギ
【第57回】保坂隆さん(東海大医学部教授・精神医学)
昨年は多くのメディアで、医師不足による救急患者の受け入れ不能、診療科や病院の閉鎖、医師の過重労働などの問題が取り上げられた。「医師は偏在しているだけ」と言い続けてきた厚生労働省も、「医師不足」をようやく認め、対策に乗り出した。文部科学省も、今年度の医学部定員を増やすことを発表した。しかし、これら施策の効果が表れるのは数年先のことで、目の前の医療崩壊に歯止めが掛かったわけではない。今、医療を守るためには何が必要で、誰にどのような役割が求められているのか―。医師の健康問題に詳しい東海大医学部の保坂隆教授(精神科医)に聞いた。―医師の過労問題を解消し、医療崩壊を食い止めるには、何が必要でしょうか。
「医師不足」「立ち去り型サボタージュ」といった言葉を最近、よく聞きますが、医療を崩壊させているのは行政だけではありません。厚労省が2001年10月、国立病院・療養所向けに出した「医療サービスの向上に関する指針」で、「患者には原則として姓(名)に『さま』を付する」よう求めています。これをきっかけに、患者側の権利意識・消費者意識が高まり、「医療はサービス業」との考え方が浸透してきました。そのころから、いわゆる「モンスター・ペイシェント」問題が徐々に表面化し、患者による暴言・暴力、セクシュアルハラスメント、「コンビニ受診」、治療費不払いなどが増えたといわれています。
そこで、「さま」呼称を見直す流れになっていますが、このモンスター・ペイシェント問題が医療現場を疲弊させる要因の一つだったことは間違いないでしょう。
わたしは、医療は「サービス業」ではなく、「公共財」だと考えています。医療を守るためには、患者側、つまり地域住民の意識改革が必要です。実際に、地域住民が団結して地域医療を守っている事例があります。
兵庫県では、NPO法人「県立柏原病院小児科を守る会」(丹生裕子代表)が中心となって、▽コンビニ受診を控えよう▽かかりつけ医を持とう▽お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう―をスローガンに掲げ、県立柏原病院小児科への寄せ書き贈呈、感謝のメッセージを投函(とうかん)するポストの創設、地域医療をテーマにした勉強会の開催、マグネットステッカーや冊子の配布などの活動を続けています。
また、千葉県立東金病院の地元では、地域ぐるみで若い医師を育てる取り組みを続けています。研修医が魅力を感じる病院・地域づくりが医療再生のカギになると考え、医療関係者や行政・政治、地域住民などの関係者が一体になって、地域や病院の魅力をアピールしました。結果的に、多くの臨床研修医が集まり、勤務医不足が解消できています。
―千葉県の銚子市立病院は診療休止に追い込まれてしまいましたが、地域住民が一体となって早くから同様の取り組みを始めていれば、休止を防げた可能性もありますか。
銚子市立病院が休止に至った背景には、表面化していないさまざまな要因もあるでしょうから、単純な推測だけで語ることはできません。
あくまでも仮定の話になってしまいますが、問題が表面化する前から行政と住民が何度も話し合いの場を持ったり、住民が「病院を守ろう」と強い思いを持って、柏原病院や東金病院の事例のような取り組みを行ったりしていれば、もしかしたら休止は防げたかもしれませんね。
残念ながら銚子市立病院は休止となってしまいましたが、今後、住民が意識改革し、運動を続けていくことで、診療を再開できる可能性は残されていると思います。
多くの自治体病院は経営悪化、医師不足などに悩まされており、銚子市立病院のようなケースは全国どこでも起こり得ることをあらためて認識してほしい。医療を守るのは、医療従事者や行政だけではありません。患者、つまり地域住民の理解と協力が不可欠なのです。「自分たちの健康を守ってくれる病院や医療従事者を自分たちで守る」という意識を、一人ひとりが持ってほしいと思います。
地域医療を守っていくためには、地域住民と病院がもっと交流できる場をつくる必要があります。シンポジウムを開くなど、医療機関側も積極的に地域住民に現状の問題点などを説明し、理解を求め、協力を呼び掛けていくことが大切です。
■医師自身の健康管理も
―保坂先生は、日本医師会の「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」委員長として、勤務医の健康状態などについてのアンケート調査を実施されています。
調査結果は、5、6月までに解析し、来年3月をめどに最終報告をまとめ、健康支援の具体策を検討していくつもりです。回収率が40%を超えていることからも、非常に関心度が高いテーマであることが分かります。数年前にある雑誌が行ったアンケート調査では、中性脂肪などの数値から、「医師は不養生」であることがあらためて分かりました。医師は、自分の健康管理、自分の病気に関しては無頓着だし、また、「ちょっと具合が悪いな」などと感じても、診察を受けに行くことが少ない。わたしも約30年間、精神科で診察をしていましたが、その間に診た医師は2、3人にすぎません。
これは精神科に限った話ではありません。医師は、かなり重症にならないと、他の医師の診察を受けたがらない傾向があります。治療を受けることを恥だと感じていたり、ほかの医師に助けられることに抵抗があったりする人が多い。病気になること、診察を受けること、入院することは、「負け」を意味すると決め付けてしまっている医師もいます。
また、これまで多くの勤務医から話を聞き、健康状態を観察してきましたが、医師はストレスへの対処が下手だと感じます。急な呼び出しなどもあり、まとまった時間を取りにくいため、ひたすら酒や食べることでストレスを解消しようとする傾向も見られます。そのため、肝機能障害、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病になっている医師も少なくない。健康状態の悪化を放置すると医療事故につながりかねず、過重労働の問題は見過ごせません。
―勤務医の健康を守り、医療を守るための具体策として、案などがあればお聞かせください。
まずは各医療機関が、医師の疲弊を解消するための目標と具体的な施策を掲げることが最も重要です。これらの問題に積極的に取り組む医療機関には、医師も自然に集まってきますから、医師不足を解消できるというメリットもあります。
日医としてできることもいろいろあると思います。電話やメールなどで、匿名で相談できるシステムをつくる方法もありますが、これまでの事例で、匿名で相談に来る医師がほとんどいないことが明らかになっている。そこで、意見や不満を自由にぶつけられるサロンのようなブログがあればいいのではないかと考えています。
医療機関に「医師の健康を考える委員」を設置することも検討しています。各医療機関で勤務医から委員1人を選任し、メンタル面の相談などに対応してもらうのです。
また、米国の「従業員支援プログラム」(EPA)に倣って、医師が利用できる「外部EPA」を設置し、あらゆる相談サービスを提供する方法も有効ではないかと思っています。
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日原診療所(島根県津和野町)の須山信夫院長は、大学病院から中小病院、診療所と、これまで3つのステージで医療に携わってきた。高齢者が多かったり、大学病院時代に診療した経験のない小児科の患者がやってきたりと、地域医療に携わり始めた当初は大学病院との違いに戸惑ったというが、今では地域ならではの面白さも感 ...
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