防衛医大教授を逆転無罪とした14日の最高裁判決は、被害者の供述以外に客観的証拠が乏しい痴漢事件で、捜査当局の立件の是非や公判での事実認定のあり方に警鐘を鳴らし、高いハードルを設定した。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を改めて確認したともいえる。
満員電車内での痴漢事件では、犯人を特定できなかったり、偶然の接触が痴漢に間違われたりするケースもある。痴漢冤(えん)罪(ざい)を扱った映画や書籍が注目され、実際に無罪判決も少なくない。教授の弁護人は、平成10年以降、少なくとも30件以上の無罪判決が出されていると指摘する。
これまで被害者の供述が「詳細かつ具体的、迫真的」であれば、信用性が認められ、供述だけで有罪判決につながるケースも多かった。しかし、この日の最高裁判決の補足意見で、那須弘平裁判官は、検察官と被害者の入念な打ち合わせで、「公判での供述が外見上、『詳細かつ具体的』になる」と踏み込み、それだけで被害者の主張が正しいと即断するには危険が伴うとまで言及した。
一方で、こうした判断は目撃証言や物的証拠が得られない場合、被害者の“泣き寝入り”を助長しかねない。警察庁は17年11月、電車内での痴漢犯罪について、全国の警察本部に、目撃者の確保▽被害者らの供述の裏付け▽容疑者に付着した被害者の衣服の繊維鑑定など科学捜査の推進−などを文書で要請している。
捜査当局はこれを改めて確認し、繊維・DNA鑑定など客観的証拠を重視して、起訴を判断するとともに、裁判所も被告と被害者の供述が鋭く対立する際には、事実認定に慎重を期すことが求められる。(酒井潤)
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