何年か東京で生活した経験があるが、ラッシュ時の通勤電車の混雑はすさまじい。これ以上は無理というくらい押し込められ、身動きできないまま、じっと我慢を強いられる。
満員電車では、バンザイするように両手でつり革を握る男性の姿もよく見かけた。あのポーズは自分が痴漢に間違われないための防御策なのだという。
確かに“ラッシュの死角”を悪用した痴漢被害は後を絶たない。女性の心身を傷つける卑劣な行為は許せないが、物証は乏しく目撃証言も得られにくい。被害者も犯行を目で確認できないケースが多く、誤認逮捕の危険もつきまとう。
電車内の痴漢事件で強制わいせつの罪に問われた大学教授に、最高裁が一、二審の実刑判決を破棄して逆転無罪を言い渡した。被害者の供述証拠に頼る捜査や審理に警鐘を鳴らしたといえようか。
二年前に映画「それでもボクはやってない」が話題になるなど、痴漢冤罪(えんざい)は社会問題化している。実際、この十年間に痴漢事件では三十件以上の無罪判決が出ているという。
一方で立証のハードルが高くなれば、被害者の泣き寝入りを助長しないかとも気にかかる。痴漢被害を未然に防ぐ手立ては難しい。女性はもちろん、男性にとってもラッシュ時の電車内は緊張感を強いられる時間であり続けるのか。