2008年07月08日

◆ 原油高騰と食糧高騰の解決策

 原油高騰と食糧高騰の解決策を示す。サミットで示された解決策はまったく見当違いの対策なので、真の解決策を示す。

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 原油高騰と食糧高騰が問題となっている。サミットではその解決策がいくつか提案された。
 《 食糧 》

  ・(長期的な)食糧増産
  ・(中期的な)食糧の備蓄と放出
  ・ 輸出規制の廃止
 《 原油 》

  ・ 投機資金の規制


 しかし、このすべては実効性がない。
 《 食糧 》

  ・ 食糧増産は、長期的には有効だが、現在の急騰には無効。
  ・ 食糧の備蓄は、価格の変動を防ぐだけ。(低下をもたらさない。)
  ・ 輸出規制の廃止は、局地的効果のみ。(総量を増やさないので)
 《 原油 》

  ・ 投機の規制は、急変動を防ぐだけで、低下をもたらさない。

 ──

 最後の点(投機規制)について説明しておこう。
 投機はたしかに、価格の急上昇をもたらすことがある。ただしそれは、「このあと中期的に価格が上昇する」という予想があるからだ。
 たとえば、2年後の価格が現在よりも2割高いだろう、と予想されれば、2割から金利を引いた額が現在の理論価格となる。その値が市場価格よりも高ければ、投機資金は先物を買う。
 ここで、投機を規制すれば、急上昇はゆるやかになるが、だからといって、資金の流入を防ぐことはできないし、また、防いだとしても、2年後の価格はまさしく2割高となるはずだ。
 つまり、投機の規制は、「上昇のペースをゆるやかにすること」だけであり、「上昇を止めること」はできない。上昇を止めるには、上昇を止めるための具体策をする必要がある。(たとえば石油の大幅増産。)そして、その具体策が示された時点で、投機の予想は「将来価格は上昇しない」となるので、投機資金は流入しなくなる。
 つまり、投機を止めるには、「投機規制」をするべきではなくて、「将来の予想価格を下げること」が必要となる。

 このような根源的な対策をするべきなのだ。なのに、投機資金を規制しても、根本対策にはならない。一時的な遅延策にはなるし、表面的に取りつくろうことはできるが、それだけだ。

 比喩的に言おう。それは、「風邪を引いたときに解熱剤を飲む」というようなものである。解熱剤を飲めば、体温は下がるし、風邪の症状は一時的に緩和される。そのことで「病気が治った」という錯覚を与えることができる。しかし、そのことで、「風邪を治す」という根本対策がなされなくなるので、かえって風邪をこじらせて、病状を悪化させる。一時的な取りつくろいをすることで、かえって状況を悪化させる。

 結局、原油価格高騰を防ぐには、「投機を規制すること」が大事なのではなくて、「投機が来ないような状況を作り出すこと」が大事なのだ。これが本質的だ。

( ※ 比喩的に言えば、女に求婚者が来るようにするには、求婚者を無理やりつれてきて求婚させればいいのではなく、自然に求婚者が来るように女を魅力的にすればいい。馬に水を飲ませるには、馬の口に水を注げばいいのではなく、馬を運動させて、喉が渇くように仕向ければいい。……何事であれ、否応なしに強制するという強権的政策が成功することはない。相手はうまく回避するからだ。たとえば、別の方面で別の急騰を造り出す。一例として、「日本で土地バブルを作り出してから、そのバブルを破裂させる」ということも可能だ。)
( ※ なお、投機資金が大量に余っている問題については、後述する。)

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 では、どうすればいいか? 私なりに見解を示そう。次の通り。

 《 食糧 》

 「バイオ・エタノールの生産をやめる」
 《 原油 》

 「化石燃料の使用を増やす」

 この二つを一言で言えば、こうなる。
 「地球温暖化阻止という政策をやめる」


 実は、今回の食糧高騰と原油高騰の本質は、「地球温暖化がある」という錯覚に基づいている。この錯覚が、食糧高騰と原油高騰をもたらした。
 だから、この錯覚を脱することで、食糧高騰と原油高騰を回避することができる。
 以下では詳しく述べよう。

 ──

 (1) 「バイオ・エタノールの生産をやめる」

 今回の食糧危機の原因は、はっきりしている。「バイオ・エタノールの増産」である。
大量の食糧がバイオ・エタノールに向けられたせいで、供給量が激減したのだ。
 たとえば、大量のトウモロコシがバイオ・エタノールの用途に向けられた。そのあおりでトウモロコシ価格が高騰し、小麦や大豆などの畑がトウモロコシ畑に転換した。かくて小麦や大豆などの生産量が減って、これらの価格が高騰した。
 ここにあるのは「供給の急減」である。なるほど、農作物全体の供給は同じだが、その供給が、バイオ・エタノールに食われてしまう。すると、その分、人間様の食糧向けの農産物の供給が減ってしまう。
 たとえば、昨年も今年も 100の生産があったとしても、今年はバイオ・エタノールが 10を取ってしまうので、人間様向けの分が 100から 90に減ってしまう。……こういうふうに「供給の急減」があったのだ。
 だとすれば、この根源をなくすことが大事だ。バイオ・エタノールで減った分の 10を、元に戻すことが大事だ。
 ひるがえって、途上国の農産物の長期的支援をしようが、食糧を備蓄しようが、輸出規制をやめようが、そんなことは何の影響も及ぼさない。(どちらかと言えば、食糧備蓄は当面の需要を増やすので、かえって状況を悪化させる。また、既存の食糧を放出しても、バイオ・エタノールの取る量に比べれば、スズメの涙にすぎない。)
 結局、食糧高騰を阻止するには、バイオ・エタノールの生産をやめるしかない。そして、そのためには、「地球温暖化」という錯覚から脱却することが必要だ。


( ※ なお、別案として、「第二世代バイオエタノールを開発する」という提案もある。これについては、あとで別項で述べる。あらかじめ結論を言っておけば「無効」である。)

 (2)「化石燃料の使用を(減らすどころか)増やす」

 石油価格の高騰についてはどうか? サミットでは「投機資金の流入」が提案された。だが、投機は単に「未来の先取り」をするだけでしかない。
 むしろ、根源には、「未来への無策」がある。この無策を見透かされて、投機資金は石油市場になだれ込んだ。ここでは、投機規制をしても、何の意味もない。(前述。)
 では、どうすればいいか? 
 簡単だ。投機資金は「未来の先取り」をする。「未来の無策」を見透かしている。ならば逆に、「未来への対策」をすればいい。そうすれば、投機資金は、「将来の価格下落」を見込んで、いっせいに「売り」を浴びせるので、現在の価格が下がる。
 だから、ここでも、根源的な対策が必要なのだ。現状において無策のまま、投機資金だけを規制しても、何にもならない。(前述。)

 では、どうすれば、根源的な対策となるか? それが問題だ。
 まず、背景となるのは、次のことだ。
 「石油の需要がしだいに増加すると見込まれている。一方で、供給はほぼ一定だと見込まれている」

 このうち、需要については、どうしようもない。途上国で石油需要が増えるのは仕方ない。(先進国のような生活を途上国が望むのは当然だ。経済発展にともなってそのことは自然に起こる。先進国だけが豊かな生活を独占することはできない。)
 問題は、供給の方だ。これをどうするか? 基本的には、二通りの方策がある。
 (i)  化石燃料の生産を増やす。
 (ii) 非化石燃料の生産を増やす。


 第1の「化石燃料」について述べよう。
 石油については増産の余力が少ない。オイル・シェールなどから石油を取ることは可能だが、コストが非常に高い。生産しても、価格は高くなる。量の条件は満たしても、価格の条件は満たされない。
 一方、石炭については増産の余力がある。というか、たっぷりとある。いくらでもある、と言える。ただし、石炭は、温暖化ガスをたっぷりと排出する。経済的には問題はほとんど解決されるが、「炭酸ガス」という問題は回避できない。
 逆に言えば、「炭酸ガスを減らさなくては」という錯覚をなくせば、「石炭の利用」という形で、石油価格高騰の問題はかなり解決する。( → 後述の「付記」を参照。)

 第2の「非化石燃料」について述べよう。
 非化石燃料としては、原発・太陽光発電・風力発電などがある。これらのエネルギーを電力として利用してもいいし、いったん水素に転換してから利用してもいい。
 しかし、これらはいずれも、近い将来には利用できない。原発は、建設から発電までに、数年間の時間を必要とする。日本で言えば、新設する場所の決定だけで、数年間がかかる。また、太陽光や風力は、現状ではコストが高すぎるし、また、安定的でない。補完的エネルギーにはなっても、主要エネルギーにはならない。……いずれにしても、コストその他の理由で、近い将来には利用できない。長期的な解決策にはなるかもしれないが、中短期的には無効である。

 結局、石油高騰を今すぐ阻止するには、化石燃料である石炭の利用を増やすしかない。ただし、石炭は炭酸ガスをたくさん排出する。だから、ここでは、「地球温暖化のせいだ」という思い込みから脱却することが必要だ。

 ──

 以上、(1)(2) (食糧と原油)のいずれにおいても、原因と対策は同様である。
 原因は、「炭酸ガスで地球温暖化が起こる」と思い込んだことである。
 対策は、「炭酸ガスで地球温暖化が起こる」という思い込みから脱却することである。


 はっきり言えば、現在の食糧と原油の急騰は「人類の自殺行為」にすぎない。自分たちが錯覚して、自分で自分の首を絞めて、あえて引き起こした厄災にすぎない。
 比喩的に言うと、「あそこには楽園があるぞ」と信じたレミングが、集団で沼に飛び込んで溺れていくようなものだ。「みんながあっちに向かっているから、自分もいっしょに向かおう。そうすれば、自分もみんなといっしょに、楽園に行けるぞ」と思い込みながら、沼に溺れていく。……その沼の名前が「食糧と原油の高騰」である。そしてまた、楽園の名前が「地球温暖化阻止」である。

 結局、問題のすべては錯覚から来ている。だから、錯覚から脱して、真実を知ることで、われわれは泥沼から脱することができる。
 逆に言えば、錯覚から脱さない限り、現状の悪化を止められない。むしろ、現状を改善しようとして、さらに悪化させてしまう。

 たとえば、「備蓄の強化」という理由で食糧を買い占めて、食料価格をさらに上昇させる。また、「太陽光発電の推進」という理由で無駄な補助金を乱発し、われわれの生活水準をさらに低下させる。現状を改善するつもりで、現状を悪化させる。……それが錯覚した人類のやっていることだ。そして、その代表が「サミット」である。

 [ 補足 ]
 とにかく、根源は「炭酸ガスのせいでわれわれは破滅する」という狂気的な錯覚にある。その錯覚ゆえのパニックとして、食糧や石油の価格高騰が起こった。
 ここでは、「問題はパニックとして起こった」と理解することが必要だ。その真実を理解しない限り、物事は解決しない。

 ついでだが、環境保護運動の批判者もまた、真実を理解していない。「地球温暖化詐欺」というようなタイトルの動画を作る人々は、「悪党が詐欺をはたらいている」という趣旨で述べているが、悪党などはどこにもいないのだ。ゴアだって悪党ではない。彼はノーベル賞の賞金をすべて寄付してしまった。悪党にはできないことだ。
 では、悪党がいないとしたら、何がいるのか? 「錯覚した人々」がいるのだ。

 結局、地球温暖化をめぐる問題は、「そこにどんな悪意があるか」ではなくて、「そこにどんな錯覚があるか」だ。「人々は悪党がどうか」ではなく、「人々は愚かであるかどうか」だ。……ここに気づかない人々が、たがいに「あいつは悪党だ」「いや、おまえこそ悪党だ」と罵りあっている。
 ここには、愚かさだけがある。その愚かさを理解することが、初めの一歩だ。
 


 【 関連項目 】
 では、錯覚を脱して、真実を知るには? 次の項目に正解がある。
   → 環境保護と市場原理

 ※ 要するに、この問題の真実を知るには、倫理や正義感を取るのでもなく、自然科学的認識ばかりを取るのでもなく、かわりに、経済学的な認識を取ればいい。実際、人間の行動から生じた結果は、「石油や食料の価格急騰」だが、これは経済的な問題である。このことからもわかる。なのに、経済的な問題について、経済以外の倫理や自然科学で論じる人々が多い。ここに、根源的な倒錯がある。
 ※ 実は、経済学的に言えば、「炭酸ガス排出量の削減」と「食糧・石油価格の高騰」は、ほぼ等価である。「炭酸ガス排出量の削減」を唱えるから、「食糧・石油価格の高騰」が起こるのだ。このことは、上記項目および本項で示したとおり。



 ※ このあとは、細かな立ち入った話。

 [ 付記 ]
 石炭について述べておこう。
 石炭は現在では石油に代替できる唯一のものである。ただし、「炭酸ガスをたくさん排出する」という理由で嫌われている。

 なお、炭酸ガス以外にも、いくらかは小さな問題があるので、解説しておこう。
 煤塵の問題があるが、何とかなる。
 燃料としての使用には、石炭は石油のかわりにならないと思いがちだが、実は、石炭の液化という方法がある。
 また、プラスチック類の生産に石炭を使うと、その分、石油が節約される。
 なお、「プラスチック類の生産に使われる石油は、もともと燃料にはならないで余っている重油だから、石油燃料の高騰には役立たない」という見解もある。そうかもしれない。ただし、石油の改質という方法はあるので、重油から軽質油を作ることはできる。だから石炭の利用を増やすことで、石油の代替にすることは可能だ。

 とにかく、石炭の難点は、「炭酸ガスを出すこと」だけだ。だから、「炭酸ガスは悪だ」という偏見さえなくせば、エネルギー問題の大部分は解決がつく。どうしても石油が必要な場合については、「石炭から石油を作る」という技術を磨けばいい。太陽光発電よりは、はるかに見込みのある技術だ。
   ( → Wikipedia 「石炭」

( ※ 太陽光発電は、現在の5分の1ぐらいの価格にまで下げる必要があり、それは当面、ほとんど無理だ。われわれの生存の基盤を、ありもしない夢に委ねるわけには行かない。)
( ※ 「太陽光発電のために補助金を」という政策もある。これは、「原油価格が2倍になったから、原油価格の5倍の太陽光発電を利用しよう」というものであるから、状況を改善するどころか悪化させる。小麦のパンが百円から二百円に価格上昇したとき、米粉のパンを五百円で買おう、というのと同様。不幸がイヤだから、大不幸になろう、ということだ。狂気の沙汰。)



 【 補説 】
 実を言うと、経済学的には、別の面を見ることができる。それは「金融緩和」だ。
 以下では経済学的な話を示す。(ちょっと難解。読まなくてもいい。)


 そもそも、投機資金が石油や食糧に向かったというが、どうしてそういうことが起こったのか? こういうことが起こる背景には、「投機資金の余剰」という金融問題がある。これが経済学的な真実だ。
 たとえば、バブル期には、投機資金が土地と株に向かった。そこで「土地や株の投機規制をせよ」という声も上がったが、問題の根源は「金余り」だったのだ。
 今回も似た事情にある。米国の経済がサブプライム問題でおかしくなったから、米国の経済に向かわなくなった余剰資金が別の方向に向かった。しかも、もともと金融緩和で、資金が余剰にあった。
 この金融緩和の背景には、「日本の金融緩和と円安政策」もあった。日本で金融を緩和して、余った金を円安政策でドルに換金し、こうして「余った円」が「余ったドル」となり、そのドルが石油や食糧に向かった。
 何のことはない、投機資金が馬鹿げたことをするようになったのは、投機家が勝手だったというより、投機家にやたらと金を与えた先進国が馬鹿だったからなのだ。自分たちがまともな経済運営をできなかったから、金余りをもたらし、その結果として、投機家が暴走したわけだ。
 こういう問題を知らずに、表層的に「投機を規制せよ」とだけ唱えても、何の意味もない。
 比喩で言うと、人が自分の家を爆破すると、そこへ乞食がわっと押し寄せて、残骸を荒らし回るようなものだ。ここで「乞食を規制せよ」と提案しても、何の意味もない。それよりは、自分で自分の家を爆破する愚を、やめるべきだ。(つまり、まともな経済政策を運営するべきだ。)
 日本で言えば、不況だから金余りになる。この根源的な不況を解決することが本質なのであり、「不況に付随する問題を強権で規制せよ」と唱えても、表面的な取りつくろいにすぎない。


 
posted by 管理人 at 19:00 | Comment(0) | エネルギー・環境1
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