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【主張】調書漏洩判決 忘れてならぬ取材源秘匿
奈良県の医師宅放火殺人の供述調書漏洩(ろうえい)事件で、刑法の秘密漏示罪に問われた精神科医に対し、奈良地裁は懲役4月、執行猶予3年(求刑懲役6月)の判決を言い渡した。
医師の調書漏洩行為について判決は、「プライバシーへの配慮を欠いた軽率な犯行」と厳しく断じた。少年法の趣旨を厳格にとらえた妥当で常識的な判決だ。
公判では、少年の精神鑑定を依頼された医師が、少年の供述調書などの資料をフリージャーナリストにそっくり閲覧させたことの当否のほか、報道・出版の自由や取材源の秘匿義務などが論点になっていた。
秘密漏示罪は、医師や薬剤師、弁護士などの職にある者が業務上知り得た秘密を漏らしてはならないとするもので、奈良地裁は、「医師の漏洩は、正当な理由に当たらない」などと、検察側の主張をほぼ容認する判断を示した。
そもそも、この事件は「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社刊)という本の著者である草薙厚子氏が、被告の精神科医から供述調書などの事件資料を閲覧させてもらい、それを無断でデジタルカメラなどに収録した。
刊行された本は、調書をそのまま引用し、漏洩者がすぐに特定できるというずさんなものだった。著者や取材者は、情報や資料を提供してくれる取材協力者と信頼関係で成り立っている。取材者は情報提供者の秘匿に最大限努めることが基本であり鉄則だ。
しかし、草薙氏は証人出廷したさい、調書の提供者は精神科医だと自ら証言するなど、ジャーナリストの生命線ともいえる情報源の秘匿を破った行為は到底是認できない。
出版元の講談社は、事件後に第三者委員会を設置して検証し、報告書を公表している。その中で、取材源の秘匿について、著者や編集者の認識・対応は「無防備・無理解だった」と痛烈に批判している。取材者としての鉄則を守れなかった草薙氏と講談社の道義的、社会的責任は極めて大きい。
今回、奈良地検が異例の捜査に踏み切ったことに、出版・報道の自由への権力の不当介入だとする批判が一部にある。そもそもこのような状況を招いたのは、著者と出版社ではないのか。
メディアの一員として、情報源秘匿が報道のモラルそのものであることを確認しておきたい。