エソテリックのデッカ名盤シリーズにアナログディスクの復刻盤が登場したので早速聴いてみた。デッカは特にクラシックファンにとって特別な思い入れがあるレーベルの一つで、私自身も中学生の頃からの熱心なファンの一人だ。当時のレコードも何枚か持っているが、今回の復刻盤はどんな音がするのだろうか?
30年以上も前にデッカのアナログ盤を次々に買っていたのは、音の鮮度、情報量、バランスが三拍子揃っていて、他のレーベルのレコードに比べてはるかに音が良かったことが最大の理由。その差はまさに圧倒的なもので、昨今のCDのレーベルごとの音質差とは比較にならないほどの違いが厳然と存在していた。同じ曲でいくつか選択肢があるときは、まずはデッカのレコードを選んでいたし、演奏家の陣容も充実していたので、その選択で失敗することはまずなかった。
当時日本ではデッカのアナログ盤はロンドンレーベルで発売されていたが、英国でプレスした「デッカ」レーベルの輸入盤をあえて購入したのは、その方が価格が安かったことと、音の透明度が高かったことが理由である。国内プレスと英国盤を聴き比べた数はそれほど多くないから確かなことはいえないが、当時の私にとっては英国盤の方が好みに合っていた。
当時頻繁に聴いていた演奏家の代表がエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団。特にストラヴィンスキーの三大バレエ音楽や、ドビュッシーなどフランスの作品は色彩感の豊かさと立体感の深さが素晴らしく、デッカの切れ味の良いサウンドとの相性がとても良いと感じた記憶がある。
今回エソテリックから登場したファリャの《三角帽子》(ESLP-10003)は1961年の録音で、いまでも通用する素晴らしい演奏と驚異的なハイファイ録音で歴史に名を刻んだ一枚だ。当時はデッカがアンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団のコンビで盛んにステレオ録音を行っていた時期だけに、アンセルメの演奏のなかからデッカ名盤シリーズに加えるにはまさにうってつけの作品だと思う。
懐かしいDECCAレーベルのロゴをそのまま復活させたアナログディスクに針を落とすと、ほぼ50年近い時間の流れが一気に消えて、いま目の前で演奏しているような生々しさが蘇ってきた。深いサウンドステージの手前には瑞々しい音色で弦楽器がリズムを刻み、その奥に木管群の鮮明なイメージが浮かぶ。パーカッションと金管楽器の力強さ、特にトロンボーンとトランペットの切れの良いサウンドは最新のデジタル録音でもめったに聴けないほどの勢いがあり、カスタネットやトライアングルの粒立ちの良さにも舌を巻く。ティンパニの力強くにじみのないサウンドとクライマックスの大音響を聴くと、この録音が当時としてはほとんど奇跡と言えるほどのダイナミックレンジに到達していたことがわかる。
ファリャと同時に発売されたカーゾン&ブリテンのコンビによるモーツァルトのピアノ協奏曲(ESLP-10001)とケルテス指揮ウィーンフィルのドヴォルザーク交響曲第9番《新世界より》(ESLP-10002)は、前者がスネイプのモールティングス、後者がウィーンのソフィエンザールと、収録場所も録音エンジニアも異なる選択で、同じデッカとはいえ、サウンドにはそれぞれの特徴がある。3枚揃えて聴き比べてみると、デッカのサウンドの共通点とエンジニアごとの個性が鮮明に浮かび上がり、とても興味深い。
筆者自身は、いまはなきソフィエンザールで収録されたウィーンフィルの響きをあらためてアナログディスクで聴くと、神田やお茶の水でデッカ盤を買い漁っていた当時の記憶が蘇ってきて懐かしかった。かつて1980年代半ばにこのホールを訪れたことがあり、デッカ専用の調整室の様子も鮮明に記憶しているが、そこで生まれたサウンドが、いまこうして復刻盤として理想的な環境で再現されたことを大いに喜びたい。
なお、今回紹介した3枚はいずれもエソテリックからSACDが発売されているので、アナログディスクと聴き比べる楽しみもある。セパレーションやS/Nは当然ながらSACDが有利で、安心して聴いていられるが、かつて60〜70年代にアンセルメの録音を楽しんでいた音楽ファンなら、あえてアナログディスクを選んで欲しいというのが、筆者の個人的な意見である。