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【社説】

鑑定医有罪 開かれた論議が必要だ

2009年4月16日

 過ちを犯した若者たちの将来や社会のあり方を、一部の専門家だけの考えに任せておいていいのだろうか。もっと多くの人々が議論に参加できるよう、情報を可能な限り社会的に共有したい。

 精神鑑定の資料をジャーナリストに提供した医師に対する奈良地裁の有罪判決は、報道機関に情報提供しようとする人を萎縮(いしゅく)させることが明らかだ。多様な情報を豊富に伝えるという報道の使命に深刻な影響を与えるだろう。

 判決を受けた医師は二〇〇六年、奈良県で自宅に放火し、母と弟、妹を焼死させた少年の精神鑑定をした。その際、鑑定資料とした少年らの供述調書などをフリーライターに見せたことが、刑法の秘密漏示罪にあたるとされた。

 ライターは不起訴になり、報道活動への直接介入は避けられた。しかし、医師有罪による情報源への威嚇効果で、報道の自由が損なわれるおそれは大きい。

 関係者の秘密を知る医師は守秘義務を負う。鑑定医の行為には疑問があるかもしれない。

 だが、この医師は、少年が父親の暴力に耐えきれずに放火し殺人を犯した、という捜査当局の見方に精神医学者として納得できず、少年は広汎性発達障害であり、殺人者とするのは間違いだと確信した。そのことを社会に知らせるために調書を見せたという。

 一般論として少年事件の情報の扱いに特別な配慮が必要なことはもちろんだが、医師は「閉鎖的過ぎる」と問題提起したのである。

 社会の複雑化に伴い少年事件の変質も著しい。保護育成と称して専門家だけが情報を握る、従来のやり方には限界があるように見える。少年の立ち直りのためにも、再発防止のためにも、情報をもっと多くの人が共有し、幅広い層から英知を集めたい。

 法は臨機応変、柔軟に運用することで生きてくる。医師の行為についても社会的論議にゆだねてもよかったのではないか。

 残念なのは、ライターが調書などをもとに執筆、発刊した「僕はパパを殺すことに決めた」が医師の信頼を裏切り、興味本位の内容になったことだ。情報源を秘匿する工夫もされていない。

 著者と編集者の資料利用方法、表現の配慮不足はジャーナリズム倫理に反している。

 表現、報道の自由を守るためには自律が求められる。犯罪予防、社会防衛を口実にしたセンセーショナリズムは許されない。

 

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