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解説型になっていないか
いわゆる「説明句」。よくいえば論理的ですが、当たり前のことを解説しただけで終わってしまう、初心者の作品に最も多いタイプ。自明な事柄を説明しただけに終わっていないかをチェックしましょう!
「アイディアで 一攫千金 夢じゃなし」
たとえば、
「アイディアが 胸算用を 膨らます」
のように、「描写体」で表現すると説明的な臭いが薄れます。
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報告型になっていないか
ある事象を報告して終わり、というタイプ。たとえば「朝起きて顔を洗って服を着る」というのも五・七・五ですが、これではただの日常報告となってしまいます。
「宝くじ またもはずれて 夢となる」
「0(ゼロ)の数 六個以上は 縁が無く」
これらのように事実をそのままではなく、
「宝くじ またもハズレた 腹の虫」
「ゼロの数 縁なき程の 汚職記事」
といった具合に、もうすこしイメージを自分自身や社会と関連づけると句が活きてきます。
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因果型になっていないか
物事の因果関係をいっただけの句で、「ゴモットモ川柳」などとも呼ばれます。十七音で理屈をいっただけでは面白さ、感動をよび起こしません。
「あって良し なくては困る お金かな」
読者の共感を得るためには、「ゴモットモ」ではなく「そうだ!」と言わせなくてはなりません。
「あってよし 無くても金で 世が廻り」
このようなところでしょう。
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独善型になっていないか
第三者にはあまり興味をひかない手柄や、自分だけの考え、言葉遣いに走ってしまうタイプです。文芸作品には、もちろん作者の“個”がなくてはなりませんが、普遍性を持たない独善だけでは、単なる個人的言葉になってしまいます。
「あと十円 コーヒー買えずに 肩落とす」
数詞に絶対的理由がありません。
「自販機の 前で小銭に 裏切られ」
こうすれば、「10円」という限定を逃れて句に広がりまで出ますね。
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詰込型になっていないか
十七音という限られた容器に、何でもかんでも詰め込もうとするタイプ。引越しのトラックのように、積み込めるだけ積み込もうとするので「コンテナ型」ともいいます。散文的になったり、混雑するだけで言いたいことが何も言えず、意味不明なものになりがちです。
「今日も100円 明日も100円と貯めても 使うのは子や孫」
言葉を選択し、焦点を絞り、切り取る。これが大切です。
「百円を 毎日溜めて 子に盗られ」
これでも、十分に気持は伝わるでしょう。
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詠嘆型になっていないか
第三者にはそれほどとも思えないことをしきりに詠嘆してしまうタイプです。表現用語に、意味もなく「や」や「かな」を用いるのも特徴です。
「災害の 確率ほどの 金利かな」
「財布みる 並ぶばかりは カードかな」
「増税を 置き土産する 総理かな」
自分から詠嘆してしまうと、読み手に伝わりにくくなります。
「災害の 確率ほどに つく金利」
「働かぬ カードが並ぶ デブ財布」
「増税を 土産に総理椅子を捨て」
詠嘆より、描写する方が読み手に気持が伝わります。
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説教型になっていないか
何かにつけて叱り、決めつけるタイプです。教訓的、悟道的口調になります。
「札束が 人間性を 曲げて行き」
「政治家は 無駄な税金 使い過ぎ」
これでは教訓じみた説教に終わってしまいがちです。
「堅物の 背骨を 札束が曲げる」
「政治家の 手から血税 零れてだす」
ここでも、「人間性」とか「税金使いすぎ」といった作者の主観を裏に隠して、表現は描写にします。すると、読んだ人が作者の言いたいことを感じてくれるようになります。
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標語型になっていないか
説教型に似ているのですが、スローガンやキャッチフレーズのような呼びかけ口調のものです。読者の同意を求める調子が顕著にでてきます。
「生きた金 遣えと言って 逝った父」
「生涯は お金と命 大切に」
川柳には、客観的存在としての普遍性をもたせましょう。標語的な発想は、残念ながら添削することができません。最初から、標語的にならぬように注意しましょう。
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(9) |
語戯型になっていないか
シャレや語呂合わせなどに興じる、言わば言葉遊び的なタイプ。川柳のユーモアと、言葉遊びとを混同しないようにしましょう。
「生活と 税にゼイゼイ 我が暮らし」
「孫さんの マネーゲームを マネしたい」
駄洒落も、決ると面白い句が生れますが、多くは単なる語戯で終わってしまいます。語戯でも、内容を持ったものなら、どんどん挑戦してみることも大事です。古い句ですが
「呑み込めと 歯のない親父 言いふくめ」 「狂句百人集」より
は、コトバ遊びですが言い得て妙です。
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空想型
フィクションや虚構も川柳創作の大事な要素ですが、初心者はやはり自分を中心とした触れる世界、体験を通して素材を求めましょう。何より好ましいのは、過去・現在にかかわらず、自分の「目」で捉えた対象を作品化することです。
頭の中だけの想像やつくりごとでは、空々しいものになってしまいがちです。
「大掃除 箪笥の裏から 旧千円」
「貯めすぎて 金のおもみで 蔵壊れ」
これも、とことん創ると面白いものになりますが、半端な作り話は面白くありません。最初の句は、中七の「箪笥の裏から」という8音も下五の「旧千円」が「五・八・七」となっていて間延びした感じがします。
「大掃除 箪笥の裏の 二千円」
で、十分わかります。最後の句も
「溜めすぎた 小金箪笥が 開かない」
くすっと笑えるものになりますね。
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