社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

社説:最高裁で無罪 痴漢締め出す環境を

 東京の小田急線の電車内で痴漢を働いたとして強制わいせつ罪に問われた大学教授に、最高裁第3小法廷が異例の逆転無罪を言い渡した。

 判決は客観証拠を得にくいことなど痴漢事件の特性を指摘した上で、「特に慎重な判断が求められる」と強調した。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を徹底するように求めたものと言える。冤罪(えんざい)防止の観点からは当たり前と映る判示だが、裁判員裁判のスタートを前に、厳罰化の風潮の中で軽んじられることがないように、最高裁が警鐘を鳴らしたと受け止めたい。

 痴漢事件の容疑者は「推定有罪」として扱われがちだ。女性が恥ずかしさをおして被害を訴えるには勇気が必要で、その分、証言の信ぴょう性は高いと評価されるからだ。実際は別人の犯行を装う巧妙な手口に、被害者や目撃者が誤認することも珍しくないのだが、犯人に擬せられると、判決が指摘するように、有効な防御は容易でない。

 警察は繊維片など証拠品の採取や目撃者の確保に努めているが、証拠がないからといって無実の証明とはならず、結果的に被害者の証言が重要視されてしまう。痴漢は有罪無罪のどちらも立証が難しいやっかいな犯行で、付け入るように示談金目当ての虚偽申告も相次ぐ。疑われたくないと多くの男性がつり革や手すりを両手で握る“バンザイ通勤”を励行しているのが実情でもある。拘置を嫌って、無実なのに犯行を認めて罰金刑に応じる人も少なくない。

 こうした司法の機能不全状況は、早急に改められねばならない。今回の判決を機に、捜査の適正化が進むことを期待したいが、一方で被害女性が訴えを控えたり、捜査が消極的になる事態を招いてはならない。

 警察当局は多発する時間や区間の警乗に力を入れて摘発と抑止に努め、同時に発生への即応態勢を整えて証拠類の収集に万全を期すべきだ。この際、自白偏重主義と裏表の関係にある長期間の拘置に頼る捜査を改め、証拠に基づく立証に徹すべきでもある。事件現場に居合わせた乗客らも痴漢を共通の敵と心得て、進んで捜査に協力したい。容疑者検挙より犯行の防止、中止を優先する対応も重要だ。不審な動きを察知したら注意し、被害者も振り払ったり、声を上げる勇気を持ってほしい。

 痴漢の元凶は、人権を無視した満員電車にある。鉄道各社は輸送力増強に努め、効果を検証しながら女性専用車両の増結なども検討すべきだ。ラッシュ時間が限られていることを注視し、企業などは時差通勤にも本腰を入れたい。卑劣な痴漢行為に泣かされる被害者をなくすため、社会を挙げての対策が求められる。

毎日新聞 2009年4月16日 0時01分

社説 アーカイブ一覧

 

特集企画

おすすめ情報