九州「独立」論:東国原英夫(宮崎県知事)、江口克彦(民間シンクタンク・PHP総合研究所社長)(1)
「地方」を死語にしたい
江口 私はいま、「地方」という言葉を死語にしたいと考えているんです。「地域主権型道州制」を唱える者として、道州制にわざわざ「地域主権型」という形容詞を付けたのは、「官僚主導型道州制」や「連邦型道州制」とは一線を画したかったことに加えて、「地域」という言葉に対するこだわりがあります。
「地方」という言葉は、中央との対比で使われることが多く、上下関係を感じさせます。こうした物言いが、全国各地の人々の心を卑屈にさせてしまい、自主独立の気概を奪っているのです。首都圏も九州も、潜在力においては同格です。歴史を振り返れば、宮崎も京都も奈良も、一時期は日本の中心でした。
東国原 そもそも私が宮崎県知事に手を挙げたのは、中央中心の行政を根底から見直し、地方(宮崎)中心の行政に転換したい、地方から、宮崎から、日本を変えなければならない、という思いからでした。そのための地方分権であり、その最終形が道州制であります。
われわれ都道府県知事は、県民の皆さんに選挙で選ばれているにもかかわらず、行政の細目について、国の指示を聞かなければいけない。知事というのは、国の末端事務を行なう「支店長」ではありません。中央の意のままになる人物を選ぶだけであれば、何億円も税金を使って知事選挙を行なう必要はない。
私が宮崎県知事になって2年がたちますが、就任して最初に交付税が交付されたとき、「総務省にお礼の電話をしてください」といわれたことをいまでも鮮明に覚えています。私が「何でお礼をしないといけないのですか?」と聞くと、事務方が慌てて「いや、なにしろ国から交付税をいただいたのですから」という。「払った税を国がいったん徴収して再分配しているだけだから、当然のことでしょう」といっても、相手は「慣例で決まっていますので」の一点張り。やむをえず百歩譲ることにして、総務大臣に電話すると、「わざわざお電話ありがとうございます」。あれは悔しかったですよ。
江口 東国原知事は1年のうち40回も東京に出張されるそうですね。宮崎と東京を頻繁に往復するご足労も、道州制が実現すればはるかに減るはずです。
東国原 都道府県の厳しい財政事情を考えれば、皆が大挙して東京の官庁詣でを行なう移動費だけで、馬鹿にならない額です。
江口 中央集権体制という国のかたちを続けるかぎり、人もモノもお金も情報も、すべてを東京が独占することになります。ある研究所の調査では、20年後、日本の人口の50%は首都圏に集中するようになるという。1億2000万人のうち、半分の6000万人が東京に流れたとしたら、名古屋圏と大阪圏を除いた各県は、平均で95万人ほどの人口規模になってしまう。地域の活力はさらに奪われていくでしょう。
東国原 定額給付金も自治事務(地方が自らの責任と判断に基づき実施する事務)といいながら、その枠組みはすべて国で決められ、裁量の余地がない。どうせ投げていただくなら、行政にまつわる権限、財源、人間の「3ゲン」も預けてほしい。行政の意思決定、住民サービスは、地域住民により手が届くところで行なわれるのが望ましいと思います。景気対策も、それぞれの地域の実情に合った独自のものが打てるはずです。
江口 「家はその土地の大工に建てさせよ」という格言があるとおりですね。
東国原 まさに「Near is better」ということです。
地方分権、道州制を行なう理由の1つに、私は「二重行政」の問題があると考えています。国と県の仕事は、至る所でダブっている。
たとえば先日、厚生労働省の出先機関である宮崎労働局が県内の派遣切り、雇用止めの実態について調査を行ないました。宮崎労働局が、国のレベルで雇用情勢を調べるという。本来であれば、県として調査したほうがよいと思っておりましたが、私は以前から「二重行政」を問題視していたので、あえて調査をしませんでした。調査される側からしたら、国が調査に来て、県も来て、大学の先生まで訪れたら、「何回答えればいいのか」と思うでしょう。
では、肝心の労働局による調査結果はどうだったか。宮崎県内で今年3月までに雇用カットを予定しているところは、およそ1200件でした。その一方で、鹿児島県や熊本県は500件から600件だという。製造業がはるかに強い鹿児島県や熊本県が宮崎県よりも低いというのは、驚くべき数字でした。各労働局によって調査対象や方法が異なるので、申告制の調査では、ときどき宮崎県だけ数字が悪くなることがあります。
人命に県境はない
江口 地域の無駄という点でいえば、たとえば現在、九州7県には最低1つずつ空港があります。しかし、それらの空港は本当に必要なのでしょうか。実際に地元の人に聞いてみると、佐賀県民の多くは福岡空港を使用しているという。各県がフルセットで抱えるインフラや箱モノのなかで、使われているかどうかが疑わしいものがあります。これらを道州制によって統合することが必要です。
東国原 真に必要なインフラは足りていません。宮崎県の場合、九州北部までを1、2時間で結ぶ高速道路はやはり不可欠ですし、医療については国主導で進めた結果、医師不足や診療科間・地域間の格差の偏りが起きています。
医師不足、医師の偏在の問題については、道州制によって権限移譲されれば、ある程度、解消できるのではないでしょうか。
たとえば道州立で自治医科大学のような大学を設立し、道州が義務年限を設けて医学生を育成する。医師になるための国家試験は全国共通だとしても、臨床研修の過程で、中山間地域や小児科にも行っていただけるように自治体が、ある程度義務化する。ドクターヘリの導入や救急医療、消防の体制についても、道州という広域で取り組めば、格段に効果が上がるはずです。
江口 おっしゃるように、広域行政の必要性は高まる一方です。救急患者の「たらい回し」の問題も、広域行政を強化すれば、県境をまたいで空いた病院に搬入することができます。収容先がなく、救急車のなかで患者が亡くなるという悲劇は、絶対に防がなければならない。
医療だけでなく、たとえば犯罪捜査も、広域対応が求められる分野です。近年は犯罪の範囲や移動距離が広がっており、県を超えた広域連携が必須となります。環境問題にしても、家庭排水や工業排水が、各県にまたがる川を通って知らないあいだに他県に流れ込み、その環境を破壊していることが少なくない。鳥インフルエンザなど感染症への対応も、広域連携で迅速な対応をとらなければ、人命に関わります。
あるいは企業活動の側面から見ても、たとえば大阪府に本社のある企業が兵庫県に工場を建てようとすると、手続きに大変な手間が掛かる。
都道府県の境界があることで、多くの手間が掛かるということは、それだけ余分なコストが掛かるということです。そして余分なコストが掛かるだけ、税金が無駄に使われることになる。中央集権体制の下で国民の負担が増えていくという悪循環を止めなければいけません。
江口 私はいま、「地方」という言葉を死語にしたいと考えているんです。「地域主権型道州制」を唱える者として、道州制にわざわざ「地域主権型」という形容詞を付けたのは、「官僚主導型道州制」や「連邦型道州制」とは一線を画したかったことに加えて、「地域」という言葉に対するこだわりがあります。
「地方」という言葉は、中央との対比で使われることが多く、上下関係を感じさせます。こうした物言いが、全国各地の人々の心を卑屈にさせてしまい、自主独立の気概を奪っているのです。首都圏も九州も、潜在力においては同格です。歴史を振り返れば、宮崎も京都も奈良も、一時期は日本の中心でした。
東国原 そもそも私が宮崎県知事に手を挙げたのは、中央中心の行政を根底から見直し、地方(宮崎)中心の行政に転換したい、地方から、宮崎から、日本を変えなければならない、という思いからでした。そのための地方分権であり、その最終形が道州制であります。
われわれ都道府県知事は、県民の皆さんに選挙で選ばれているにもかかわらず、行政の細目について、国の指示を聞かなければいけない。知事というのは、国の末端事務を行なう「支店長」ではありません。中央の意のままになる人物を選ぶだけであれば、何億円も税金を使って知事選挙を行なう必要はない。
私が宮崎県知事になって2年がたちますが、就任して最初に交付税が交付されたとき、「総務省にお礼の電話をしてください」といわれたことをいまでも鮮明に覚えています。私が「何でお礼をしないといけないのですか?」と聞くと、事務方が慌てて「いや、なにしろ国から交付税をいただいたのですから」という。「払った税を国がいったん徴収して再分配しているだけだから、当然のことでしょう」といっても、相手は「慣例で決まっていますので」の一点張り。やむをえず百歩譲ることにして、総務大臣に電話すると、「わざわざお電話ありがとうございます」。あれは悔しかったですよ。
江口 東国原知事は1年のうち40回も東京に出張されるそうですね。宮崎と東京を頻繁に往復するご足労も、道州制が実現すればはるかに減るはずです。
東国原 都道府県の厳しい財政事情を考えれば、皆が大挙して東京の官庁詣でを行なう移動費だけで、馬鹿にならない額です。
江口 中央集権体制という国のかたちを続けるかぎり、人もモノもお金も情報も、すべてを東京が独占することになります。ある研究所の調査では、20年後、日本の人口の50%は首都圏に集中するようになるという。1億2000万人のうち、半分の6000万人が東京に流れたとしたら、名古屋圏と大阪圏を除いた各県は、平均で95万人ほどの人口規模になってしまう。地域の活力はさらに奪われていくでしょう。
東国原 定額給付金も自治事務(地方が自らの責任と判断に基づき実施する事務)といいながら、その枠組みはすべて国で決められ、裁量の余地がない。どうせ投げていただくなら、行政にまつわる権限、財源、人間の「3ゲン」も預けてほしい。行政の意思決定、住民サービスは、地域住民により手が届くところで行なわれるのが望ましいと思います。景気対策も、それぞれの地域の実情に合った独自のものが打てるはずです。
江口 「家はその土地の大工に建てさせよ」という格言があるとおりですね。
東国原 まさに「Near is better」ということです。
地方分権、道州制を行なう理由の1つに、私は「二重行政」の問題があると考えています。国と県の仕事は、至る所でダブっている。
たとえば先日、厚生労働省の出先機関である宮崎労働局が県内の派遣切り、雇用止めの実態について調査を行ないました。宮崎労働局が、国のレベルで雇用情勢を調べるという。本来であれば、県として調査したほうがよいと思っておりましたが、私は以前から「二重行政」を問題視していたので、あえて調査をしませんでした。調査される側からしたら、国が調査に来て、県も来て、大学の先生まで訪れたら、「何回答えればいいのか」と思うでしょう。
では、肝心の労働局による調査結果はどうだったか。宮崎県内で今年3月までに雇用カットを予定しているところは、およそ1200件でした。その一方で、鹿児島県や熊本県は500件から600件だという。製造業がはるかに強い鹿児島県や熊本県が宮崎県よりも低いというのは、驚くべき数字でした。各労働局によって調査対象や方法が異なるので、申告制の調査では、ときどき宮崎県だけ数字が悪くなることがあります。
人命に県境はない
江口 地域の無駄という点でいえば、たとえば現在、九州7県には最低1つずつ空港があります。しかし、それらの空港は本当に必要なのでしょうか。実際に地元の人に聞いてみると、佐賀県民の多くは福岡空港を使用しているという。各県がフルセットで抱えるインフラや箱モノのなかで、使われているかどうかが疑わしいものがあります。これらを道州制によって統合することが必要です。
東国原 真に必要なインフラは足りていません。宮崎県の場合、九州北部までを1、2時間で結ぶ高速道路はやはり不可欠ですし、医療については国主導で進めた結果、医師不足や診療科間・地域間の格差の偏りが起きています。
医師不足、医師の偏在の問題については、道州制によって権限移譲されれば、ある程度、解消できるのではないでしょうか。
たとえば道州立で自治医科大学のような大学を設立し、道州が義務年限を設けて医学生を育成する。医師になるための国家試験は全国共通だとしても、臨床研修の過程で、中山間地域や小児科にも行っていただけるように自治体が、ある程度義務化する。ドクターヘリの導入や救急医療、消防の体制についても、道州という広域で取り組めば、格段に効果が上がるはずです。
江口 おっしゃるように、広域行政の必要性は高まる一方です。救急患者の「たらい回し」の問題も、広域行政を強化すれば、県境をまたいで空いた病院に搬入することができます。収容先がなく、救急車のなかで患者が亡くなるという悲劇は、絶対に防がなければならない。
医療だけでなく、たとえば犯罪捜査も、広域対応が求められる分野です。近年は犯罪の範囲や移動距離が広がっており、県を超えた広域連携が必須となります。環境問題にしても、家庭排水や工業排水が、各県にまたがる川を通って知らないあいだに他県に流れ込み、その環境を破壊していることが少なくない。鳥インフルエンザなど感染症への対応も、広域連携で迅速な対応をとらなければ、人命に関わります。
あるいは企業活動の側面から見ても、たとえば大阪府に本社のある企業が兵庫県に工場を建てようとすると、手続きに大変な手間が掛かる。
都道府県の境界があることで、多くの手間が掛かるということは、それだけ余分なコストが掛かるということです。そして余分なコストが掛かるだけ、税金が無駄に使われることになる。中央集権体制の下で国民の負担が増えていくという悪循環を止めなければいけません。
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月刊誌『Voice』は、昭和52年12月の創刊以来、激しく揺れ動く現代社会のさまざまな問題を幅広くとりあげ、つねに新鮮な視点と確かなビジョンを提起する総合誌です。
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