[掲載]2008年12月7日
■別れに先立つ出会いの圧倒的豊かさ
長く生きるというのは、それだけ数多くのひとを見送るということである。
86歳の鶴見俊輔氏が初めて追悼文を書いたのは1951年――日銀総裁や蔵相を歴任した池田成彬についてのものだった。ときに鶴見氏29歳。以来半世紀を超える歳月が流れ、鶴見氏が文章で在りし日を偲(しの)んだひとびとの数は125人に達した。本書はそのすべての文章を集めた、いわば「追悼文全集」である。
高橋和巳、花田清輝、橋川文三、林達夫、谷川雁、丸山真男、手塚治虫、赤塚不二夫……といった戦後史に欠かせない面々から野の遺賢まで、その人数とテーマとを額面どおりに受け止めると、ずいぶん湿っぽい一冊だと思われてしまうかもしれない。ところが、違うのだ、それが。落ち着いた空色で彩られた本のたたずまいが示すとおり、鶴見氏の追悼文には過剰な湿り気はない。亡きひととの関係を特権的にふりかざすこともなければ、たとえ志半ばでの死だったとしても、めそめそと未練を語ることもない。惜別の情はむろんある。しかし、それを鶴見氏は、亡きひとへの尽きせぬ敬意と感謝の念で包み込む。
〈これほど多くの人、そのひとりひとりからさずかったものがある。ここに登場する人物よりもさらに多くの人からさずけられたものがある。そのおおかたはなくなった〉
鶴見氏があとがきに書きつけたこの言葉は、本書に登場したひとたちへの献辞を超えて、生者と死者との関係そのものの本質をも言い当ててはいないか。具体的な交友を通じて、あるいは書物や作品を通じて、そのひとから授かったものが確かにあれば、永訣(えいけつ)の後もそのひとは自分の中で生きつづける。ならば別れの言葉にも、涙をぬぐい去る爽(さわ)やかな風が吹くだろう。
〈今、私の中には、なくなった人と生きている人の区別がない。死者生者まざりあって心をゆききしている〉
本書で125人に別れの言葉を贈った鶴見氏は、それだけの数のひとたちと出会ってきた。年若い読み手は、別れに先立つ出会いの豊饒(ほうじょう)さになにより圧倒されるのである。
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編集グループSURE(電話075・761・2391)・3465円/つるみ・しゅんすけ 22年生まれ。哲学者。
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