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20090314アルコールセミナー 世良さん講演要旨
投稿者:
nob
投稿日:2009年 3月15日(日)17時46分7秒
z70.124-45-97.ppp.wakwak.ne.jp
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―アルコール依存症者の看護で、今囚われていること一
医療法人社団慈友会慈友クリニック世良守行
最近、私はアルコール依存症者の症状の一つであるブラックアウトに改めてこだわって関わっている。なぜ今さらブラックアウトにこだわっているかというと、断酒後の彼らの生きにくさに、プラックアウトが大きく影響していると確信するようになったからである。
アルコール依存症者のほとんどの人にブラックアウトがあるが、それが断酒後にどのような影響を与えているのか、あまり語られることもなく、彼らも問題としていないことが多レ’。当初、私は泥酔しなければブラックアウトは起こらないと思い関わっていた。しかし病院で働いているとき、飲酒はしているがふつうに会話ができるアルコール依存症者と多く話す機会を持っことができた。病棟に酒臭をさせて入ることができないので、看護室で話し合って反省室に入ってもらうのである。時には威勢良く反抗してくることもあるが、多くの人が納得して反省室に入っていた。次の日、反省室にいって前日のことを聞くが、多くの人が飲酒した罪悪感はあるようで頭をたれて「すいません」という。その内容を聞くが黙って返答しないことが多い。記憶がないとは思っていない私は、黙って頭を下げている彼らに少し怒りを覚えながらも反省しているものだと思っていた。
一方、反抗してきた人に前日のことを聞いてみると、彼らの多くが飲酒をしたことは覚えているが、どのような言動をとったかは定かでないことが多かった。前日の反抗的な態度に「すみません」と頭を下げるだけでは納得のいかない私は、言動の確認をするが返って来る言葉は「覚えていません」ということが多かった。つまり記憶にないのである。このように反抗的な言動をとったときブラックアウトは起こるが、静かに飲酒を認め反省室に入った時などブラックアウトはないのだろうか?と疑問を持ったことがあった。
一般的に飲酒での問題が起これば、素面の時にその内容を確かめようとするが、飲酒時にも通常の生活ができていれば、その言動を確認することは少ないと思われる。私はこのような体験を重ねていく中で、少量のアルコール摂取でブラックアウトを起こしているアルコール依存症者が多くいることがわかった。
そのような思いから彼らの話を聞いていくと、ある人は「毎日、起きたら家族の顔色を見る。問題が起こっていれば家族の対応が厳しい、何もなければ普段通りであり安心する]と語り、問題がなかったときもブラックアウトがあったことを推測できる。またある人は自分のことを浦島太郎といった。それは素面になってみると、数年間の記憶がほとんどなく、子どもが成長し社会が変化しているのに驚いたからだと言う。彼は仕事が終わるとすぐに一杯飲んで途中から記憶がない生活を長年してきたのである。当然社会生活も飲酒の中で行っており、記憶は定かでない。アルコール依存症者の多くの人が数ケ月から十数年間の記憶が定かではないのである。しかし彼らも周囲の人も問題行動がなければ記憶の確認をしないのが現実である。
つまり周囲の人が本当に困るのは、彼らには全く記憶がないのはもちろん、それだけではなくて、少量の飲酒で問題も起こさず過ごした時ですらブラックアウトが起こっていることなのである。
病院での治療に体験発表というプログラムがある。彼らは自分の飲酒体験を語るが、本当のところどこまで語っているかは疑問である。つまり、飲酒時の多くのことが記憶にない中で語るのであるが、それを聞く医療者は彼らの話だけを聞き、これでは入院する意味も無いのでは?」と思うこともまれではない。しかし、家族の話を聞くと大きく本人の言い分と異なり、それを知って聞くと「自分に都合の良いことしか言っていない]「アルコール依存症を認めていない」と思える。一般的に本人は家族の話を「咋話」「大げさ」などと語り、記憶の無いことを認めようとしない人が多い。
ある人は断酒会で体験発表をすることになった。しかし記憶の乏しい彼は特に話すようなことを思い出せないので、妻に聞くことにした。妻はこと細かく話してくれたが[そんなこともあったな」と思い出すところもあったが、全く思い出せないものもあった。彼は発表の日、壇上でいかにも自分は過去のことを覚えているように話した。それを聞いていた妻は丁私が全部教えてあげたのを、覚えているかのように話していた。何で記憶がなくて妻に聞いたといえないのか?」などと憤慨していた。またある人は家族の話を体験発表で聞き、「すごいな、そんなこともやったのか?俺はそこまではやらなかった」と思って家に帰り、妻に話すと[何言っているの、あなたと同じではないですか」と言われ驚摺した。自分には全く記憶がないのである。
またある人は、布団の中で目が覚めて、寝間着に着替えているし、風呂にも入っている。しかしその状況が思い出そうとしても全く思い出せないのである。そのような状況を「私は〜をしたらしいとしか語れない。なぜなら酔いが覚めたときからの結果でしか語れないからである。風呂にはいったらしい?着替えをしたらしい?」とプロセスが記憶されていないことを語った。
断酒が継続してくると、このようなブラックアウトにいやおうなくぶつかってくる。当初は家族(主として妻)の言うことに「大げさだ、そんなことはない」と思い反発していても、アルコール治療や自助グループで人の話を聞いていき、家族に飲んでいた時の出来事を小出しにされ、少しではあるが記憶のよみがえる部分もある。すると「家族の語るのは本当かもしれない」と考えるようになってくる。しかし記憶のない中でとても信じられないこともあり、いくら家族に言われても受け入れがたいものもある。ブラックアウトによる数ケ月から十数年における社会生活の乏しさは、断酒を試みるとき、素面の体験の乏しさに気づき、自分の言動に自信が持てないため多くの人を不安にさせるという。もともと対人関係などに生きづらさを感じ、逃避して飲酒を続けて来た人たちが多いアルコール依存症者は、さらに空白の年数を受け入れなければならないのである。このような現実を理解し断酒の継続に努力しても、生きづらさに耐えられず再飲酒する人が多くいるのである。
時に飲酒して起こったすざましい状況を物語のように実にうまく語る人がいるが、その人たちは長期の断酒継続で記憶がよみがえっていったのか、周囲の人に飲酒時の状況を聞いて記憶があるように語っているのではなし功、と思われる。
このように最近私は彼らに断酒後の問題としてブラックアウトのことを話すことが多い。そして、記憶をよみがえらせるには断酒の継続と、体験発表を聞くことであると伝える。なぜなら、彼らは人の体験発表や飲酒時の話を聞くことで記憶がかなりよみがえることを実感しているからである。彼らは断酒が少し続くと、年相応の言動を期待されるが、記憶がよみがえったとしてもそれはあくまで飲酒時の記隠であり、素面の記憶は本当に乏しいものと思われる。そのため素面になると飲酒をしていたときとは違う苦悩を感じるという。
このように私はブラックアウトの関わりに未だにこだわっている。断酒後、生きて来た証すら明確でない多くのアルコール依存症者は、記憶の不鮮明な中で健康人としての言動を求められる。そのことへの不安は、我々 の想像をはるかに超えるものではないかと思われる。このようにブラックアウトがアルコール依存症という病の回復に、大きな影響を与えているのではないだろうか?
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