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住銀支店長射殺の銃所持 近藤受刑者 謎残し病死「実行犯は別にいる」近藤忠雄受刑者
名古屋市千種区で1994年9月に起きた住友銀行(現・三井住友銀行)名古屋支店長射殺事件で、犯行に使われた拳銃を所持していた罪などで実刑判決が確定し、岐阜刑務所に服役中の近藤忠雄受刑者(87)が1月に病死していたことが8日、分かった。近藤受刑者は、拳銃所持の罪などで懲役7年の実刑が確定し、服役中の99年、東京都三鷹市で93年にあった当時の日本中央競馬会(JRA)理事長襲撃事件や別の強盗未遂事件などへの関与を供述。強盗傷害罪などでも実刑判決を受けた。今年6月には、刑期満了の見込みだった。 近藤受刑者は77年9月、愛知医大の元理事らを名古屋市内のホテルに監禁、約3億円の預金を強奪した事件でも逮捕、懲役13年の実刑判決を受け、92年に出所した。関係者によると、近藤受刑者は、愛知県岡崎市出身。名古屋市港区の高等小を卒業後、難関だった当時の「三菱航空機」の技術養成工に採用されたが、海軍機の青写真の一部を外国大使館へ送ったとして、解雇されたことがあるという。 全国震撼、企業テロ支店長射殺事件の現場マンション(1994年9月14日、名古屋市千種区で)=府川勝美撮影
近藤受刑者は、住銀名古屋支店長射殺事件で、愛知県警特捜本部が事件解決の鍵を握るキーマンとして注目していた人物だった。企業テロとして全国を震撼させた同事件。今年9月14日に公訴時効を迎えるが、捜査幹部は「これで解決への細い糸が切れた」と落胆の表情を見せている。 ■キーマン近藤受刑者は、事件から約2か月後の1994年11月、東京都内の住友銀行頭取宅に支店長射殺をほのめかす手紙を送りつけた上、大阪市内の同行本店を訪れて融資を求め、その際に拳銃を持っていたとして銃刀法違反容疑の現行犯で逮捕された。この拳銃が、支店長射殺事件に使われたものと線条痕が一致。近藤受刑者も大阪府警の調べに対し「強盗目的で押し入り、殺した」と供述したことから、特捜本部は色めき立った。 しかし、近藤受刑者の供述通りに現場のマンションに侵入できないなど、現場の状況と供述に食い違いがあることが判明。愛知県警に身柄を移送してからの取り調べでは供述を一転させ関与を否認。その後の調べにも、「やったのは自分じゃない。事件については知っているが、言えない」などと口を閉ざしてきたという。 ■心境の変化近藤受刑者は服役中の99年秋頃、大きな心境の変化を見せていた。93年2月に東京都三鷹市で、当時の日本中央競馬会(JRA)理事長を出勤途中の路上で襲撃し、現金を奪おうとした強盗傷害事件を自供し、逮捕された。 その事件の公判で、支店長射殺事件について触れ、「実行犯は別にいる。そのうち一つひとつ明らかにする。冥土に行く前には片づけたい」などと証言。この時期、接見した弁護士に対しても、「刑務所からは生きて出られんかもしれんなあ」などとつぶやくようになったという。 JRA理事長襲撃事件を自供したことについては、「自分から教えてやった。オレも年をとってきたしなあ」と話し、笑っていたという。 ■謎の100万円近藤受刑者がJRA理事長襲撃事件を自供した99年9月、特捜本部が「最大のチャンス」(当時の捜査幹部)とみて、周辺の暴力団関係者を中心に再度の事情聴取を進めていた最中、あて名のない封筒で、岐阜刑務所の近藤受刑者あてに1通の郵便物が届いた。中には現金100万円。近藤受刑者は心当たりがあるような様子だったが、金の出所については語らなかったという。送り主などはいまだに不明だが、捜査幹部の1人は「何者かが近藤受刑者に『お前のことはちゃんと見ているぞ。警察には話すな』というメッセージを送ったのではないか」と分析している。 事件当時、捜査に携わったある県警OBは「近藤受刑者の拳銃が射殺事件に使われたものだとわかったとき、事件は解決できると確信した。しかし、近藤受刑者は頭がよく、最後まで話を引き出すことはできなかった。真相解明が困難になり、非常に残念だ」と話した。 住友銀行支店長射殺事件 (2009年4月9日 読売新聞)
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