昨年、デモ隊による空港占拠事件のあったタイで、またしても異常事態が起きた。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議が10日に始まり、麻生太郎首相など日中韓のトップも加えた首脳会議や、さらに拡大させた16カ国の東アジアサミットが続く予定だったのに、大会議場などがある建物にデモ隊が乱入し、主要日程が吹っ飛んでしまったのだ。
タイのアピシット首相は会議開催地のパタヤと隣接地域に非常事態を宣言した。日中韓首脳の宿所は乱入現場から離れており別途会談もできたが、集まりつつあった各国首脳の一部はヘリコプターで脱出するなど緊急避難したという。信じ難い不祥事というほかはない。
今回の会議は、ロンドンで開かれた金融サミット(G20)を受けて、「アジアで何ができるか」を話し合うという重要な意味があった。世界同時不況が続く中で、これ以上の事態悪化を食い止めるためにアジア諸国がまとまり、政策協調によって新たな需要を作り出す。そういった対策が急務だった。
このような政治的、経済的なチャンスを雲散霧消させてしまった悪影響が、東南アジア全体に広がりかねない。タイの責任は極めて重いと言うべきだろう。
騒乱の原因は空港占拠と同根である。あの時は、亡命生活中のタクシン元首相に連なる政権政党を反対派のデモ隊が追い詰め、アピシット首相率いる反タクシン政権への交代を実現した。その後は攻守ところを変えてタクシン派のデモ隊が国会を包囲したり、アピシット首相が乗った車を襲撃したりした。そのあげくに11日、各国首脳や閣僚が滞在するパタヤ湾沿いのホテル街に入りこみ、警備ラインを破って乱入騒動を起こした、という経緯である。
一時は衰退の雲行きだったタクシン派が勢いを盛り返した。権力闘争の中で何が起きたのかは判然としない。国民に敬愛される王室が、どういう立場なのかも不透明だ。ただ、空港占拠の余波で延期された今回の一連の会議を、アピシット首相が政権浮揚のテコにしたいと考え、タクシン派はこれを妨げようとしたという構図は、ほぼ間違いあるまい。
騒乱の悪影響は計り知れない。空港占拠でひどく傷ついたタイの国際的イメージはさらに失墜した。ASEANの中でタイの影響力は長期的に高まり、発言力が増す傾向にあったが、これも低落を免れまい。
タイは名誉回復のためにも、泥沼状態の政治的混乱を速やかに収拾すべきだ。この際、改めて選挙で民意を問えばどうかという意見も、国民の間にはあるのではないか。
毎日新聞 2009年4月12日 東京朝刊