今あえて民主党の政権構想を再検証する
2009年3月10日 ビデオニュース・ドットコム
ゲスト:飯尾潤氏(政策研究大学院大学教授)飯尾潤氏 |
次期総理の座に最も近いと言っても過言ではない最大野党党首の公設秘書が、政治資金がらみで司直の手にかかり、その個人事務所が家宅捜査を受けたことの政治的な影響は計り知れない。小沢氏自身は言うに及ばず、政権交代がかかる総選挙が近いこの時期に最大野党の党首の秘書の逮捕に踏み切った検察も、国民に大きな説明責任を負うことだけは間違いないが、そうしている間も、政局は激しく動き始めている。
しかし、マル激では今あえて激動の政局から距離を置き、民主党の政権構想、とりわけその主張する政策の中身を、政治学者の飯尾潤氏と検証してみることにした。仮に今回の事件で民主党が致命的に傷つき、政権の座が大きく遠のいた場合でも、民主党が政権の座についた時本来実現されるはずだった政策とはどのようなものだったのかを明らかにしておくことには一定の意味があると考えたからだ。また、民主党の政権構想を解き明かすことで、どのような勢力が民主党が政権の座につくことを歓迎していないかも、より鮮明に見えてくるはずだ。
あまり広く知られていないのが不思議なくらいだが、民主党の政策はかなり斬新なものが多い。この公約が果たされれば、民主党政権では日本は大きく変わることになる。
民主党の政権構想をいくつかの短い言葉でまとめると、「よりフェアに」「より透明に」「市民参加」「政治主導」「より手厚い子育て支援とセーフティネット」「地方分権」などのキーワードに総括することができる。中学卒業まで一人当たり一律毎月2万6000円の子ども手当や高等学校の無償化など、子育てや教育に手厚い一方で、納税者背番号と社会保障番号を同時に導入し、年金の未納や税金逃れは容認しない姿勢を見せるなど、フェアネスの名の下にやや強面の顔も持つ。
しかし、より重要な点は、民主党が戦後の日本の国のかたちを根底から変えようとしている点だ。特に官僚依存体質を根本から改めることや天下りの全面禁止、刑事捜査における取り調べの可視化、選択的夫婦別姓、農業者戸別所得補償、死刑廃止を念頭に置いた終身刑の導入、NPOへの税制優遇措置等々、民主党の主張する政策には既得権益と真っ向から衝突するものも多い。更に、米国依存体質をあらため、国連中心外交へシフトすることや、逆に国連安保理の決議があれば、自衛隊の武力行使も可能にすること、靖国に代わる新たな国民追悼施設の建設など、戦後の日本のタブーに踏み込むものも多い。
飯尾氏は、政権交代の最大の意味は、過去の政策を否定できることにあると言う。過去のしがらみに雁字搦めになった自民党の長期政権のもとでは、しがらみ故に優先順位付けや切り捨てができず、かといって今の日本にはすべての人の要求を同時に満たすリソースがないために、政治が機能不全状態に陥っているというのだ。そして、民主党が公約に掲げた政策を本当に実現できるかどうかもまた、民主党が過去の政治と決別できるかどうかにかかっている。
大きな正念場を迎えた民主党とは、日本をどう変えようとしている政党なのか。今回の小沢氏の事件は政権をうかがう民主党にとって良い「試金石」になると評する飯尾氏とともに、神保哲生・宮台真司両キャスターが民主党の政権構想を今あらためて再検証した。
問われる民主党のマネージメント能力
神保: 飯尾さんは、今回の小沢代表の事件をどう見られているか。飯尾: 全容についてはまだわからないのでコメントする力はないが、基本的には民主党の自己統治能力が問われている。政権を取るには、マネージメント能力が重要だ。代表が危機に陥った時に、政党としてどのようにマネージメントできるのかが、ものすごく重要なポイントだ。
かつての自民党の支持層も含めて民主党に期待しているのは、自民党・公明党の麻生政権に、マネージメント能力がないからだ。つまり、民主党が反射効果として受け皿になっているというわけだが、では自分たちが運営をできるのかということが問われている。その点では、選挙の前の良い試金石だと思う。
神保: いざ政権をとれば、世界の中で危機が起きた時に日本がそれに対応できるかが問われることになるのだから、まさにこれは政権担当能力が試される試金石だ。これをマネージできなければ、どう考えても政権を取った後の危機に対応することも期待はできないだろう。
「優先順位なき政策体系」を変える
神保: 民主党政権になると、政治改革・行政改革などでは何が変わるのか。飯尾: この点については、昨年の国家公務員制度改革基本法案で修正合意し、自民党も民主党も公明党もある一定の水準までは合意している部分がある。官僚がお膳立てをして政治家がその上に乗っていくという官僚主導ではなく、政治家が課題を与えて官僚を動かすという方向に転換しようという点では一致している。
しかし問題は、自民党は長く政権を持っているため、変えようとしても惰性が働いてしまうことだ。同じ政治家が政権を取っており、官僚が同じことをしているため、過去の政策の否定ができない。不都合があるから変えるのではなく、否定をせず上乗せをするので、政策が複雑になっていく。それが日本の最大の問題の一つだ。政権交代は過去の政策や政策を作る仕組み、執行していく仕組み自体を大胆に見直すことができる。有権者が民主党に期待することは、まずその点だ。
ただし気を付けなければいけないのは、政権交代が起きたからといってすべてが変わるわけではない。能力には限界がある。優先順位を付けて、集中して順番に変えていくということになる。だから、マニフェストなどで何が優先かを決めることが重要になる。
これまでの政治の仕組みは、「優先順位なき政策体系」だ。今は、政治の力が弱くて役所の主張に優先順位を付けることができず、調整をしていくうちになんとなく決まる。この点が、政治的なリーダーシップが必要とされるポイントであるし、それを最も実現できる民主主義の制度が政権交代だ。
どのように有権者の理解を得るのか
宮台: 項目ごとに論じるとそれなりに最もに見える。しかし、それが目指している方向を見てみると、今この社会で普通に生きている人たちの利益や利害に直結する問題だ。有権者自身に覚悟が求められる部分がある。飯尾: 政治とはそういうものだ。何をやってもその問題は出てくる。たとえば雇用政策でも、順番が大切だ。解雇規制をしてセーフティネットがないから反発が出る。セーフティネットだけ先に作れるかといっても難しい。しかし、理想、夢の世界ではない以上、何らかのリスクがあるが、そのリスクの取り方をどのような順番で政策を組むかが政治の技能の非常に重要なポイントだ。それをやって見せて、理解を広げる必要がある。
その点で民主党は、正面から問題を取り上げようという傾向がある。民主党に期待されるのはおそらく透明性の拡大だ。皆がわかっているけれど口に出さないということを、愚直に口を出して、その中から知恵を出すというということを目指すようになれば政治も変わるだろう。政策の端々には出ているが、まだ民主党自体、そこまでは成熟していない。
たとえば政治改革の面では、国会の委員会での答弁を議員に限定するという政策をだしている。これだけですべてを解決できるわけではないが、政治家が責任を取ることを明確にしようとしている。これまで役人が悪いといって逃げるということが成功していたが、政治家が引き受けようとしていることは認めてあげるべきだ。もちろん、それが実現できるかはまた別の話だが。これは試行錯誤を重ねてやっていくしかないのだろうと思う。
既得権益に厳しくならざるをえない
神保: 民主党の政策の全体的なパッケージの評価はどうか。変わったな、と思うのはどの部分か。また、イメージとして日本はどのように変わるのか。飯尾: 個別の政策ではいろいろあるので混乱もあると思うが、わかりやすくなったとは思うだろう。問題も含めてわかりやすくなったということが最初の取っ掛かりで、その後は練らなければいけない政策がたくさんある。
民主党の政策は、子ども手当2万6千円をはじめ大胆な政策が多く、財源が必要だ。民主党は増税をあまり主張していないし、現在の経済状況から考えても増税は行えない。増税は言いにくいだけでなく、この状況では不合理だ。民主党は代わりの財源を必死で見つけざるを得ない。そうなると、既存の政策を大幅に組み替えざるをえない。逆にいうと、その政策の恩恵を受けていた人たちは、非常に損害を受けるということになる。
神保: 既得権益者に厳しくなることは避けられないということか。
飯田: その可能性は非常に高い。その点でいうと、官僚制も含めてスリム化される可能性がある。しかしこれも、不況下でどうするのかという雇用の問題がある。マネージメントを見ないと、どこまで実現されるかはわからない。政策について実際に考え方が煮詰まっていないという面もあるが、それが煮詰まったとしても非常にチャレンジングなことではある。
政権交代だけでも大変なのに、政策もずいぶん大変なことを言い出したというイメージはある。その政策を仕分けできて、マニフェストを絞れるかどうかも、民主党が支持されるかどうかの大きなポイントになる可能性がある。それに失敗すると、自民党の方が良かったという話も出てくるだろう。そういう競争なのではないか。
宮台: 社会学の視点から大掴みで言うと、日本は「お上」も近隣社会も信頼できた稀有な社会だ。信頼があるため、公務員の数も少なくて済んだ。今は「お上」を急激に信頼できなくなり、近隣社会も必ずしも信頼できなくなった。それが体感治安の低下や重罰化要求として出てきたりしている。
この状態にどう手当てするのか。合理的に考えれば、もう昔通りにはできないのだから、基本的には近隣社会で回していた部分を一定程度行政に任せるしかないという部分がある。しかし、当たり前ではあるが行政が全面的に信頼できるわけではないので、今までの日本的な作法とはやや違うが、皆がコミットメントして「お上」が回すかどうかを見届ける必要がある。場合によっては、自分たちが入っていく必要がある。
神保: 監視と参加だ。
宮台: 政策というよりも大掴みで言った場合、監視と参加は不可避だ。ものすごく時間が経てば、また「お上」も近隣社会も信頼できる社会になる可能性もあるが、それまでの間はこれ以外にやりようがない問題だ。
大きな政府でかつ信頼できる政府は、当分はない。メンタリティーは別として、信頼できる近隣社会を社会のメカニズムとして取り戻すことはなかなか難しいという状況を踏まえて、ノスタルジーに陥って昔あったものを取り戻せるはずだとは考えない方が良い。
ゲストプロフィール
飯尾 潤 いいお じゅん(政策研究大学院大学教授)
1962年兵庫県生まれ。86年東京大学法学部卒業。92年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。埼玉大学大学院政策科学研究科助教授、政策研究大学院大学助教授などを経て、00年より現職。01〜02年ハーバード大学客員研究員。著書に『日本の統治構造』、『政局から政策へ』など。専門は現代日本政治論。
プロフィール
神保 哲生 じんぼう てつお(ビデオニュース・ドットコム代表/ビデオジャーナリスト)
コロンビア大学ジャーナリズム大学院修了。AP通信社記者を経て99年『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『ツバル-温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。専門は地球環境問題と国際政治。05年より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
宮台 真司 みやだい しんじ
(首都大学東京教授/社会学者)
東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。博士論文は『権力の予期理論』。著書に『制服少女たちの選択』、『14歳からの社会学』、『<世界>はそもそもデタラメである』など。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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