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NIKKEI NET

社説 改革を進めてこそ需要追加策が生きる(4/11)

 政府・与党は10日、財政支出規模で15兆4000億円にのぼる「過去最大規模」の追加経済対策を決めた。日本経済の急速な悪化が続くなかで、大型の財政出動は景気底割れを防ぐために必要な措置だ。政府は、ばらまきを抑えるよう歳出項目を厳しく査定して関連法案づくりを急ぐとともに、規制緩和など構造改革も両輪で進め、中長期的な成長力強化を目指すべきだ。

環境配慮の対策は前進

 先の20カ国・地域(G20)首脳会合(金融サミット)では財政出動の推進で合意した。米国や国際通貨基金(IMF)は各国に国内総生産(GDP)比で2%を超す財政出動を求めていた。今回の対策はGDP比で約3%になる。

 対策の目玉の一つは「低炭素・循環型社会」を目指し、環境配慮型の需要創出策を盛り込んだことだ。オバマ米大統領が進める「グリーン・ニューディール」を意識したものだ。家庭での太陽光発電の促進策、環境対応車への買い替えへの補助金、冷蔵庫、エアコンなど省エネ対応家電の購入支援などを打ち出した。

 具体的な制度設計や対策が実施されるまでの買い控えをどう抑えるかなどの工夫は必要になるが、低炭素社会づくりという中長期目標に即し、短期的には輸出不振で苦しむ産業界を支援する対策といえる。

 税制では、贈与税の非課税枠を住宅の購入・改修に限り現行の年110万円から610万円に時限的に拡大する。多額の金融資産を持つ高齢者層から、若い世代への生前贈与を促し、住宅関連の投資・消費を刺激するのがねらいだ。「金持ち優遇」との批判を恐れたのか減税規模が小幅にとどまったのは残念だ。富裕層のお金が消費にまわれば経済全体にはプラスになる。

 過去の景気対策の多くは、歳出の中身よりも金額を膨らませ、全国に事業をばらまくことに主眼を置いていた。今回の対策は過去に比べると歳出や減税の中身に工夫した跡はあるが、よくみると本当に景気対策として有効なのか首をかしげたくなるものも少なくない。

 その一例が、就学前3年間の子供に年3万6000円を支給する「子育て応援特別手当」を第一子にまで拡充する措置だ。需要刺激効果は不明なうえ、今年度1年限りの時限措置にしたことで少子化対策としての意味合いも薄い。自民党と公明党の妥協の産物で、中途半端な政策だ。

 公共事業についても、羽田空港の国際化促進や東京外環道の整備など日本の競争力強化につながりそうな項目も入ったが、「整備新幹線の着実な整備」など従来の延長線上の項目も潜り込んでいる。

 国の直轄公共事業の地方負担分を軽くするための臨時交付金も盛り込んだ。国の事業にこれ以上つきあう余裕がないという地方の声に配慮したものだが、恒常化すれば地方分権や公共事業の規律を損なう危険もある。「農林漁業の底力発揮」「地方公共団体への配慮」という項目もばらまきにつながらないか心配だ。

 緊急時の株価対策も盛り込んだ。政府機関が市場から株式などを買い取る仕組みで、買い取り額は最大50兆円と、東京証券取引所第一部の時価総額の2割近くに及ぶ。株式相場は3月中旬以降は回復傾向にあるが、今後発表になる企業業績や見通しが悪ければ再び売りが膨らむ恐れがある。株安と実体経済の負の連鎖が起きて、景気が底割れするのを防ぐ手だてを備えておくことは意味がある。

株価対策の発動慎重に

 ただ、株価の人為的買い支えには副作用があることも忘れてはならない。株価は経営者の通信簿で、株安は経営者に改革を促す力にもなる。1990年代のバブル崩壊直後に実施した株価維持策は経営改革の先送りにつながり、景気低迷も長引いた。

 海外をみても政府による株買い支えは異例だ。株式の需給関係に着目するだけでなく、企業の成長力強化こそが抜本的な株価対策である点を忘れてはならない。銀行が企業の株を大量に持ち、株安が貸し渋りに直結する構造からの脱却も急務だ。

 今回の対策の文章をみると「改革」という言葉がほとんど見あたらない。中長期的に日本の成長力を高めるには、財政による一時的な需要追加だけでなく医療、介護、農業分野などでの雇用創出につながる大胆な規制改革も進める必要がある。単発の財政刺激策だけでは、生産性の低い部門の構造を転換し経済の足腰を強化することにはつながらない。

 すでに巨額の財政赤字を抱えるなかで対策の財源調達も難題だ。今回の対策を盛り込む今年度補正予算では国債を10兆円増発する見込み。政府系機関向けの資金を確保する財政投融資債も約6兆円発行する。大量増発した国債をどう安定的に消化するかについて、政府は日銀などとも連携し十分目配りしてほしい。

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