北朝鮮の国会にあたる最高人民会議で、金正日(キムジョンイル)総書記が「国家の最高ポスト」と位置付けられる国防委員長に再選された。相当やつれた様子だが、現時点で職務代行が必要な病状とは見えない。
異常なのは「憲法の修正・補充」が行われたというのに内容が公表されなかったことだ。一方、金総書記の妹婿など5人が国防委の新委員に選出され、メンバー増強となった。これら2点については金総書記の後継体制作りに向けた動きではないかという見方がある。
その当否はともかく、金総書記が最高権力を手放すことは当面あるまい。すると、これまで同様、核やミサイルを体制存続の切り札とし、奇策を用いる瀬戸際外交で米国や日本を悩ますことになるのか。「人工衛星」を隠れみのにした先日のミサイル発射とその後の異様な展開を見れば、そう懸念せざるをえない。
北朝鮮は発射当日、人工衛星「光明星2号」が地球を周回し「金日成(キムイルソン)将軍の歌」などを電波で送信中だと発表した。だが該当する衛星を米国もロシアも発見できず、電波も感知されていない。人工衛星を軌道に乗せようとした可能性は消えていないが、成功はしなかったと見るのが、ごく常識的な判断と言えよう。
ところが北朝鮮では、金総書記が「打ち上げ成功に大満足を表明」したと報じられ、祝賀大会に平壌市民10万人が参加した。「成功」のニュースが日米中露など世界100カ国以上で大々的に報じられているという虚偽報道もあった。そして労働党機関紙は金総書記を「百戦百勝の鋼鉄の霊将」などと絶賛しつつ、「正義の衛星、自主の衛星、勝利の衛星!」と歓喜する記事を掲載した。
もしも北朝鮮の一般国民が「架空の物語」を信じて、心の底から拍手しているなら、それはあまりに悲惨な光景ではないか。
虚言や脅迫を辞さない北朝鮮外交は、少なくとも一部が成功したように見える。年間50万トンもの重油支援などを獲得したかつての米朝合意や、米国のテロ支援国リストから北朝鮮を外させた件などである。
しかし、これは一時的な成功に過ぎない。相手を引きずり回すような交渉術で利益を得ても、信頼され、協力をあてにされる国になるわけではない。むしろ警戒心や嫌悪感、そして軽蔑(けいべつ)を招き、長期的には深刻な損失を招いていると言えよう。
北朝鮮は米国や日本との関係改善を通じて体制の安全を確保し、経済を再生させようとしてきた。その実現に不可欠なのは、奇策に頼らないまともな交渉への路線転換である。周辺国を脅したり、架空の成功物語を演出したりすることではない。
毎日新聞 2009年4月11日 東京朝刊