<皇后さま>
50年前、普通の家庭から皇室という新しい環境に入りました時、不安と心細さで心がいっぱいでございました。今日こうして陛下のおそばで金婚の日を迎えられることを、本当に夢のように思います。結婚以来、こんにちまで、陛下はいつもご自分の立場を深く自覚なさり、東宮でいらしたころには、将来の象徴として、後に天皇におなりになってからは、日本国、そして国民統合の象徴として、ご自分のあるべき姿を求めて歩んでこられました。こうしたご努力の中で、陛下は、国や人々に寄せる気持ちを時とともに深められ、国の出来事や、人々の喜び、悲しみに、お心を沿わせていらしたように思います。50年の道のりは、長く、時に険しくございましたが、陛下が日々真摯(しんし)に取るべき道を求め、指し示してくださいましたので、こんにちまでご一緒に歩いてくることができました。陛下のお時代をともに生きることができたことを、心からうれしく思うとともに、これまで、私の成長を助け、見守り、励ましてくださった、大勢の方たちに感謝を申し上げます。
質問の中にある、皇室と伝統、そして次世代への引き継ぎということですが、陛下はご即位にあたり、これまでの皇室の伝統的行事、および祭祀とも、昭和天皇の御代(みよ)のものをほぼ全部お引き継ぎになりました。また、皇室が、過去の伝統とともに現代を生きることの大切さを深く思われ、日本各地に住む人々の生活に心を寄せ、人々とともに、今という時代に丁寧にかかわりつつ、一つの時代を築いてこられたように思います。伝統とともに生きるということは、時に大変なことでもありますが、伝統があるために、国や社会や家が、どれだけ力強く、豊かになれているかということに、気づかされることがあります。一方で、型のみで残った伝統が、社会の進展を阻んだり、伝統という名のもとで、古い慣習が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません。また、伝統には表に表れる型と、内に秘められた心の部分とがあり、その二つがともに継承されていることも、片方だけで伝わってきていることもあると思います。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で活躍した日本の選手たちは、よろいも着ず、切腹したり、「ござる」とか言ってはおられなかったけれど、どの選手もやはりどこかサムライ的で美しい強さを持って戦っておりました。陛下のおっしゃるように、伝統の問題は、引き継ぐとともに、次世代に委ねていくものでしょう。私どもの時代の次、またその次の人たちが、それぞれの立場から、皇室の伝統にとどまらず、伝統と社会との問題に対し、思いを深めていってくれるよう、願っています。
毎日新聞 2009年4月10日 5時00分(最終更新 4月10日 10時28分)