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「おみくじ」についてはあまり知られていないことも多いと思われる。そこで、簡単にどんな背景があるのか調べてみた。
(※Q&AのAについては、諸説あるために、答を併記しました。A、A2、A3というのはそうした意味で、数字に特別な意味はありません)
Qおみくじの語源は
A:「串」説(くしからくじに転化)。「抉り」説(「抉りは結び目を解く道具」。「公事」説(公のことを決めるのに使うため)、「奇し」説(奇なことを起こすから)、「鬮子(児)」説(鬮は中国のゲームや神事に使われた小型の円盤状のくじ発音はクで、それに小さい意味で子をつけたもの)。くじという言葉は10世紀ごろから見られ「孔子」と書かれた。
A2:おみくじとは、神仏に祈って事の吉凶を占うための籤(クジ)。文字や符号などを記した紙片・紙縒り・木片などを引く。御御籤。オミクジ。
A3:おみくじの「お」「み」は、「おみき」、「おみこし」などと同じ接頭語で、「み」を「神」と書くのは当て字。籤(くじ)の語源は諸説ある。くじは、串(くし)のような棒状の物を使うことが多いため、串が語源とする説。くじは、箱などに入った物を引き当てることから、えぐって中の物を取りだす意味の「抉る(くじる)」が転じたとする説などがある。
Q:おみくじのルーツは?
A:「はじめにおみくじの歴史から説明します。 おみくじ・宝くじ・くじ引き・あみだくじなど、本来くじ(籤)は神意を占う方法の一つで、神代の昔より神事として盛んに行われていました。『日本書紀』※1に天智天皇※2が皇太子の時、部下が反逆者であるかどうかを「ひねりぶみ」といって、何枚かの紙に文字を書いて折りひねり、この1つを選んでくじ占いをして判断したことが出ています」(明治神宮)
A2:室町時代からある。「元三大師みくじ」(中国から室町初頭に「天竺霊籤」が入ってきて、それが「元三大師百籤」、もしくは「観音みくじ」として流行した)という。運勢や吉凶を漢詩に詠んだもので、1番から100番まであり、ひいた番号の文章があなたの運勢という現代と同じスタイルだったようだ(延暦12年<912年>に人間の運勢、吉凶を五言四句の漢詩百首で作ったのが始まりだ)。
元三大師とは、平安時代の天台宗延暦寺の高僧で、天台宗座主18代目の良源のこと。1月3日に没したことから元三大師と呼ばれた。また、慈恵大師とも呼ばれた。寺では漢詩が多いのは、「元三大師百籤」がルーツになっているため。
「百籤」は中国から伝わり、原型は易経と言われる。現在まで伝わっている易は約3000年前にシステム的に完成された周易、五行易と呼ばれる。
A3:元三大師御鬮について
元三(がんさん)大師は御本地如意輪観音にて、御籤をとる人は一心に此呪を唱え奉るべし。元三大師の符には2品があり、1つは角大師という是は鬼の形、伝える処によれば大師悪魔降伏の行法を修する時、この形に変化して見え給いけると、尋常大師の像形でその形は小さくて33体を一紙くばりたるもので、大師は観音の化身なるが故に観音応化の33身を表す。
A4:元三大師とは。
(912〜985)僧名「良源」、謚号「慈慧大師」。近江浅井郡の人、17才にて出家、顕密二教を学び早くから俊英ふりを発揮。18世天台座主を勤め、その業績は大きく、延暦寺再興に尽力し、数多の堂舎を建立された。元三大師ゆかりの地、比叡山・ 延暦寺の横川(よかわ)には大師が住房されておられた横川中堂をはじめ、大師堂には御尊像が安置され、北側に御廟(墓)がある。
A5:おみくじが現在のスタイルになったのは平安中期。比叡山延暦寺中興の祖と呼ばれる慈恵大師良源が考え出したものだとか。
Q:くじはいつごろから登場した?
A:くじは10世紀ごろからみられるようになり、「孔子」と書かれた。1242年、鶴岡八幡宮で天皇を決めるのにくじを引いた。また、足利幕府の後継者を決めるのに、岩清水八幡宮でくじを引いた。結果、足利義教が即位した。
A2:「いつ頃から始まったのか、はっきりわかりませんが戦国時代、明智光秀が織田信長に謀反を起こす(本能寺の変)前日に愛宕山でおみくじを引いて勝運を占った話がありますので近世以降のようです」(明治神宮HP)
Q:籤引きの方式は?
A:3種類。1つは細い棒、折り畳まれた紙片、自動販売機。
Q:吉凶の割合は?
A:仏教みくじの創始者「元三大師」(がんさんだいし)が書いたオミクジを参考にしている系統は、大吉16%、吉35%、半吉12%、末小吉1%、末吉6%、凶30%。凶を引いた参拝者から「縁起が悪い」という苦情もあり、凶の本数を減らし、吉を増やしている神社もあるようだ。
Q:オミクジの内容は?
A:内容でいちばん多いのは、「病気」で、以下は「失せ物」、「争いごと」「訴訟」「旅行」「待ち人」「願望」「商売」「事業」「縁談」がベスト10.以下、「転居」「出産」「学問」「雇用」「悦事」「職業」「相場」「恋愛」が続く。
Q:大吉から大凶までの順序は?吉と中吉、小吉と末吉、どっちが運勢がいい?
A:良い順番に並べると、大吉、中吉、小吉、吉、半吉、末吉、末小吉、凶、小凶、半凶、末凶、大凶
Q:明治神宮のおみくじは吉凶がないというが。
A:明治神宮のおみくじに書かれているのは明治天皇謹製の御歌。天皇の9万首にのぼる和歌の中から、日々の心がけとしてふさわしい歌が選ばれ、おみくじではなく「大御心」という形で授与される。
A2:「明治神宮のおみくじですが、戦前明治神宮は国家の管理に置かれていましたから、神札(おふだ)は授与していましたが、おみくじは出していなかったのです。
戦後、一宗教法人となり明治神宮でもおみくじを出すことになったのですが、一般神社で出している普通のありふれたおみくじではなく、明治神宮にふさわしい何か独特のおみくじはないかと考え、そこで当時明治神宮の総代をされていた國學院大學教授の宮地直一氏よりアドバイスをいただき吉凶のおみくじはやめてご祭神にもっともゆかりの深い御製
※3・御歌※4でおみくじを出したらどうかとご指示がありました。
ちなみに明治天皇さまは93,032首、昭憲皇太后さまは27,825首もの膨大なお歌をつくられています。その中から特に人倫道徳を指針とする教訓的なものを15首ずつ、合計30首選び、それに解説文を入れて昭和22年の正月から「大御心」(おおみこころ)と題して社頭にて授与するようになりました。当時は今のような立派なおみくじではなく、藁半紙(わらばんし)でしかもガリ版刷りの粗末なもので1円で授与しました。今のような素晴らしいおみくじになったのは昭和48年の正月からです。
また外国人の参拝者増加にともないおみくじの中より20首を選び「英文おみくじ」として昭和43年、明治維新100年の意義深い年の新春より授与をはじめ好評を博しました。」(明治神宮HPより)
Q:おみくじ製造のTOP企業は?
A:山口県の女子道社という会社。おみくじの原価は1枚3.2円。同社はおみくじの自動販売機を考案した。おみくじの種類は、金、赤、神教みくじに、和英両用みくじや花みくじ等々と種類も豊富。女子道社の3代目・宮本公胤宮司は、「おみくじは占いではなく、神仏の励ましの言葉です」。現在、20種類以上に及ぶ「女子道社」製おみくじは、今日も創業当時のまま全て手折りで仕上げられた後、清められ神社に祀られて完成。神仏の励ましの言葉を1枚、1枚のおみくじに折り込んで、全国の有名神社・仏閣から村の鎮守、遠くはハワイまで販売先は5000カ所に送られている。
参考:
【おみくじは女子道社が製造しており、全国おみくじの約7割のシェアーがあります。このおみくじ発行のきっかけは、明治39年に二所山田神社宮司であった先々代の宮本重胤氏が大日本敬神婦人会を設立し、日本固有の敬神祟祖の婦道を鼓舞せん機関紙「女子道」を創刊し、その発行費捻出のためのものであったと聞く。その機関紙の内容は、当時の女性解放運動の先駆けとなるものである。
また、金を入れておみくじの出てくる赤い箱は、現在の自動販売機のルーツともいえるものである】http://www.y-shoko.com/kano/sinbutu.html
Q:正式な引き方は?
A:おみくじは、常識や経験で物事を判断し、それでもダメなときに占う。
A2:手を洗い、口をすすいで三拝してから引く。とにかく三拝が先。その後、心を正し、気になることを具体的に思い浮かべながら引くのが良い。
A3:雑念を持たず、具体的に絞り、占う。漠然と「自分の一生の運勢」を占うというのはよくない。同じことで占うときは、急ぐときでも2時間ほど間をおく。普通は2週間、間をおく。
A4:神事の決まり事を司る(つかさどる)神社本庁によれば、おみくじは正しい作法によって引かないければ、何の意味もなさない、という。
Q:引いた後は?
A:吉凶にかかわらず、持ち帰ってもいいのだが、凶札が出た場合は、「凶を寺社にとどめて良い運勢が結実するように」と木の枝に心を込めて結ぶ。つまり、本来は凶札が出た場合だけ結び、それ以外は家に持ち帰り、財布などに入れ、自らの戒めや教訓として身に着けるのが良い。
A2:必要な項目のみ、みる。必要な項目がない場合、良いのか、悪いのか分からないときは、吉凶で判断。総合的な判断なので個別の吉凶とは異なる場合がある。
Q:結ぶという行為をするのはなぜか?
A:これは江戸時代、恋愛ごとに悩んでおみくじを引く人が多かったことから“縁を結ぶ”になぞらえた慣習。また、「ムスビ」語源が産霊・産日であることからも、結ぶ行為に神秘的な力が込められているとも言われている。
Q:凶のおみくじを引いたら、どうすればいい?
A:凶のおみくじを利き腕と反対の手で結べば、困難な行いを達成したことになり、つまり修行をしたことになり、凶が吉に転じるという説もある。
A2:寺社にとどめて良い運勢が結実するように木の枝に結ぶ。それ以外は財布などに入れて自らのいましめや教訓とする。
Q:ある神社でおみくじをひいたら「大吉」「末吉」といったものではなく、「平」が出たが意味は?
A:飛鳥時代から、幕末・明治あたりまでは「十二直」で吉凶を判断していた。十二直(ちょく)とは、建=たつ、除く=のぞく、平=たいら、満=みつ、定=さだん、執=とる、破=やぶる、危=あやぶ、成=なる、収=おさん、開=ひらく、閉=とづの12種類。平は大吉にあたる。
Q:おみくじは良くても悪くても家に持ち帰り、心願がかなったら神社にお礼を込めて納めるということでいいか?
A:おみくじは引いた後で、そのまま木などに結んで帰るのが普通。持ち帰る人がいるが、内容によって気にかかる事や喜ばしいことが書いてあった場合、そのまま持ち帰り、時として個人の戒めや支えとしている人が多い。
次におみくじを引くときに、以前のものは神社などに納めるのがいい。おみくじは神札ではない。おみくじはお守りや厄除けのお札にはならない。
A2:例えば、戸隠神社の場合、「お渡ししたおみくじは樹木などに結びつけず、お持ち帰りいただいて、日々の生活の道標としてください」とある。
Q:おみくじをひいた後、厄除けとして、木などに縛りますがどうしてですか?大吉をひいた場合も縛った方がいいのか?
A:神道の祭は稲作儀礼が基本です。稲作文化の基本はお米。お米をおにぎりにしたのが「おむすび」で、「結び」につながり、その行為に祖先は神秘的な力を信じた。木々の生命力にあやかって、願い事が結ばれるように、祈りを込めて木の枝に結んだ。
A2:また、さらなるご加護を御願いしたり、あるいは心願が達成するまで、おみくじに記された教訓を戒める意味で持ち歩いても良い。その後、神社にお礼を込めて納める。
Q:おみくじの有効期間はあるの?
願(がん)をかけた日から、願い事が成就するまでが有効期間。もし凶がでた場合は、精進(しょうじん)して1日も早くの願い事を成就させ、自分で有効期間を短くすればいい。
※以上のAは神社・仏閣サイトの説明を参考に、取材を加えて、筆者が作成したものです。
(川口雅春)
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市民記者共同企画=omikuzi。市民記者からの提案により、企画された特集「ザ・職人」。第1回目のテーマはおみくじです。
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