ブタの椎骨数を決める遺伝子の同定


[要約]
ブタの椎骨数に関与する量的形質遺伝子座(QTL)に位置する遺伝子が核内受容体Germ Cell Nuclear Factor (NR6A1)であることを明らかにした。NR6A1にはQTLタイプに対応するアミノ酸置換があり、コリプレッサーとの結合能を変化させた。また体節形成期のマウス胚において、椎骨のもととなる体節内でのNR6A1の発現が認められた。

農業生物資源研究所・動物科学研究領域・家畜ゲノム研究ユニット

[連 絡 先]029-838-8627 [分   類]知的貢献 [キーワード]ブタ、椎骨数、QTL、核内受容体、NR6A1、SNP


[背景・ねらい]
一般的に哺乳類では頸椎は7個に保存され、また胸椎と腰椎を合わせた椎骨数も19個となる傾向があり、その種内変動は小さい。しかし、ブタの祖先であるイノシシの椎骨数は19個であるが、現在の肉用豚は品種改良の過程で椎骨数が増大しており、20個から23個とバラツキがある。椎骨数が増大すると体長が伸び、産肉性、繁殖性が良くなることから、これを支配する遺伝子を単離し、その多型によってブタを選抜育種することが求められている。これまでに2ヵ所の遺伝領域に椎骨数増大効果を有するQTLを検出しているが、その内、第1染色体q腕末端領域のQTLにおいて責任遺伝子の同定を行った。

[成果の内容・特徴]
  1. アジア系品種、西洋系品種およびミニブタを用いた複数のF2家系の連鎖解析により、椎骨数QTLが第1染色体および第7染色体に検出された。その効果はともにほぼ等しく対立遺伝子あたり約0.6個の椎骨数を増大させた。これらを合わせると平均で約2.4個の椎骨数が増大し、表型変動の約75%が説明された。
  2. 第1染色体のQTL領域において、椎骨数が増大したブタに特徴的な約300kbの領域を、マイクロサテライトマーカーを用いて検出した(図1)。この領域はイノシシやアジア在来豚など椎骨数の増大が見られない品種では多様性が保たれていた。この領域には核内受容体Germ Cell Nuclear Factor (NR6A1)の遺伝子が位置することを明らかとし、QTLタイプと一致するアミノ酸置換(Pro192Leu)を単離した(図2A)。
  3. NR6A1のアミノ酸置換は、活性の発現に必要な2種類のコリプレッサー(RAP80、NCOR1)との結合領域に位置しており、また椎骨数増大型のアミノ酸置換(Leu:ロイシン)によってこの結合は強くなっていることが明らかとなった(図2B)。
  4. 椎骨のもととなる体節が形成される時期でのNR6A1の発現を、マウス胚(10.5日)を用いて解析した。その結果、NR6A1は体節内部に発現していることが明らかとなった(図3)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. ブタ第1染色体上のQTLタイプは、NR6A1のアミノ酸置換を引き起こすSNPによって、または椎骨数増大型のQTLにおいて固定されたマイクロサテライトマーカーによって判定することができる。特に西洋豚とアジア在来豚などを用いて造成される系統においては、このDNA情報が選抜育種に大きな効果を発揮する。
  2. 核内受容体NR6A1はリガンドが不明ないわゆるオーファン受容体でありその機能も未知な部分が多い。NR6A1が体節形成に関わるということは初の知見であり、NR6A1の機能解明への糸口となるとともに、体節形成に関わる研究においても新たな進展が期待される。

[具体的データ]
図1 マイクロサテライト(MS)マーカーによるQTLのファインマッピング A:QTL領域のゲノム構造。B:BAC整列地図。C:BAC整列地図より開発したMSマーカーの連鎖地図。D:QTL領域の遺伝子とMSマーカー。C、Dにおいて三角形(白)は椎骨数増大型QTLで固定されたMSマーカーを示す。

図1 マイクロサテライト(MS)マーカーによるQTLのファインマッピング
A:QTL領域のゲノム構造。B:BAC整列地図。C:BAC整列地図より開発したMSマーカーの連鎖地図。
D:QTL領域の遺伝子とMSマーカー。C、Dにおいて三角形(白)は椎骨数増大型QTLで固定されたMSマーカーを示す。

図2 椎骨数の多い、および少ない品種ブタのNR6A1のアミノ酸置換(A)とコリプレッサーとの結合能の変化(B) Two-hybrid解析における相対ルシフェラーゼ活性を示した。 図3 マウス胚(10.5日)における抗NR6A1抗体による免疫染色   Aのボックスの拡大写真がBおよびDである。C、EはそれぞれB、Dのネガティブコントロール。Fは切片の方向を示す。

図2 椎骨数の多い、および少ない品種ブタの
NR6A1のアミノ酸置換(A)とコリプレッサーとの
結合能の変化(B)
Two-hybrid解析における相対ルシフェラーゼ
活性を示した。

図3 マウス胚(10.5日)における抗NR6A1抗
体による免疫染色
Aのボックスの拡大写真がBおよびDである。
C、EはそれぞれB、Dのネガティブコントロール。
Fは切片の方向を示す。

[その他]

研究課題名    :ブタ第1染色体の椎骨数QTLに位置するNR6A1遺伝子の多型と機能の解析 予算区分     :畜産ゲノム 中期計画課題コード:A04 研究期間     :2001〜2007年度 研究担当者    :美川智、林武司、上西博英、粟田崇 発表論文等    :1)Mikawa S, Morozumi T, Shimanuki S-I, Hayashi T, Uenishi H, Domukai M, Okumura N, Awata T (2007) Fine mapping
           of a swine quantitative trait locus for number of vertebrae and analysis of an orphan nuclear receptor, germ cell
           nuclear factor (NR6A1). Genome Research 17(5):586-593.           2)特許出願「ブタの椎骨数増大能力を識別するDNAマーカー(特開2006-101871)」美川智、上西博英、林武司、粟田崇、両角岳哉、
           島貫伸一、堂向美千子、奥村直彦

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