●ソニー・ショックを払拭する発表
経営トップ全員を雛壇にあげ、さらに、国内外の事業責任者のほとんどすべてを参加させたこの会見では、記者からの質問を数多く受けるという姿勢をとり、当初予定の1時間30分を30分も上回る2時間の長丁場となった。 通常の会見が1時間以内での終了を目安に行なわれるのに比べると1時間30分という時間設定でも長いが、さらにそれを上回るものとなったのである。付け加えるならば、そのあとの時間帯には、続けてアナリスト向けに同様の説明会が行なわれており、遅い時間帯まで、同社経営陣が、「いまのソニー」と、「将来のソニー」について説明を繰り返したのである。 なぜ、ここまでソニーは力を込めて今回の方針説明会に臨んだのか。 その発端となったのは、4月24日の2003年3月期決算発表であるのは明白だ。 この会見では、第4四半期の大幅な赤字と2004年3月期決算で大幅な減収減益となることを発表。これが「ソニー・ショック」という言葉で示されるように、株価が2連続営業日でのストップ安を記録するという事態につながったのだ。競合他社がV字型回復を達成し、成長路線に転じはじめただけに、一部には、ソニーの構造改革が他社に大きく遅れた結果との声すら飛び出した。 冒頭、出井伸之会長が、「ソニー・ショックによって不安を与えることになり、申し訳ないと思っている。ソニーの考え方をひとつひとつご説明し、疑念に答えていくことにしたい」と会見の趣旨を説明したことからも、今回の会見が、このソニー・ショックを払拭するのが狙いであることが示される。 事実、出井会長は、ソニー・ショック直後、ビジネス誌や週刊媒体の取材を精力的にこなした。これもソニー・ショック払拭に向けた取り組みであったことは間違いない。
そして、今回の会見の成果を株価で推し量れば、市況が好感したことは明らかだ。一時期は2,000円台まで下落した株価は3,000円台にまで回復した。ソニー・ショック以前の4,000円台までの回復にはまだ時間がかかりそうだが、少しずつ回復の兆しが出始めたことは確かである。 ●手元で見せてもらえない次期クリエ
今回の会見でソニーが訴えたかったのは、「20世紀型の成功パターンが通用しないなかで、21世紀型のビジネスモデルをどう作るか。ソニーは、そのための新たな企業体質を作り上げるために、第2次構造改革を実施する」という出井会長の言葉に集約される。第2次構造改革の中身としては、昨年度までの第1次構造改革から一部引き継ぐもの、そして、まったく新たな考え方のもとに推進するものの2つがあるとして、単なる第1次構造改革の延長線上の施策ではないことを訴えた。 そして、もうひとつ、今回の会見では、多くの具体的な製品を見せようとしたことが特筆される。 安藤国威社長が手に掲げて見せた携帯電話のSO505iは、すでに発表されていたものだが、高篠静雄副社長が手に持って紹介した次期クリエ、久多良木健副社長が長時間を割いて説明したPSXは、今回初公開されたものだった。 これらの製品は、通常の計画よりも明らかに前倒しで発表されたというのがわかる。 PSXのデモストレーションは、「昨日、できあがったばかり」(久多良木副社長)というものだし、展示された筐体もモックアップであった。
説明終了後、高篠副社長が次期クリエをポケットにしまっていたことを見ていたので、会見終了後、いの一番に高篠副社長のもとに駆け寄った。だが、それよりも一歩早く高篠副社長のもとに駆け寄ったソニーの広報担当者が、高篠副社長のポケットから次期クリエを受け取ってしまった。もう高篠副社長の手元にそのクリエはない。そのため、今度はその広報担当者を追いかけた。受け取った広報担当者が以前から顔見知りだったので、声をかけ、受け取ったクリエを見せてくれるように頼んでみた。「あっ、受け取ったの見られちゃいましたか」との後に出た言葉はつれないものだった。「これは、本当に手元ではお見せできないんですよ」。少し粘って見たが、やはり駄目だった。
会見の冒頭に、「一部、細かいこところまでお見せできないもありますが、ご了承ください」と司会者がいっていたのは、どうもこのクリエのことだったらしい。
数字の羅列や、方針を掲げただけではインパクトが弱い。具体的な製品を見せてこそ、ソニーの意欲が伝わるというメーカーとしての原点に立ち返った施策に打って出たといえる。 「ソニーは、最強のコンシューマブランドを育成し続ける。これが最大の方針である」と出井社長は語ったが、これを具現化する製品を一緒に見せることで、説明会そのものを実態を伴ったものへと印象づけることに成功した。
欲を言えば、PlayStation 3の発売時期、あるいは、バイオに関するもう少し詳しい製品戦略などにも言及して欲しかった。 ●予想外だったPSXの登場
そうした意味で、今回の方針発表で明らかにされた製品として、最もインパクトが強かったのが、PSXである。 ステージ上には会見開始前から白いベールがかけられたものが目立つように置かれていた。これがPSXだったわけだが、会見前に、ソニーに精通した何人かの記者と話をしてみたが、その誰一人として、ベールの下にある製品が、PSXあるいは、それに類する製品だとは思っていなかった。筆者もそうだ。せいぜい、E3で発表されたPSPか、有機ELを搭載した新ディスプレイ程度だと思っていた。だから、PSXの発表には、会場を訪れたほとんどの記者が度肝を抜かれたはずだ。 PSXの詳細については、すでに報じられているが、これによって次世代デジタル家電が身近になったのは間違いないだろう。会見終了後、また何人かの記者と話をする機会があったが、「すぐに欲しい」という声が複数の記者から聞かれたほどだ。その反応は、CoCoon以上だといっていい。
PSXという名称や、PS2のエンジンやテクノロジー、製品化ノウハウをそのまま利用しているという久多良木副社長の発言、そして、従来のPS2の発展型ともいえるその筐体デザインから、一部にはゲーム機の延長線上にあるものだと誤解している人も少なくない。 ソニーがプレゼンテーションで示したPSシリーズのアーキテクチャを解説した図も、その誤解を招きやすい。 だが、製品スペックや想定される用途は、デジタル家電と呼ばれる領域のものだ。 それを最も理解しやすいのが、今回の製品がプレイステーション2を生産、発売している子会社のソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)が取り扱う製品ではなく、ソニー本体のブロードバンドネットワークカンパニー(BBNC)が取り扱う製品であるということだ。 E3で発表したPSPや、PlayStation 3がSCEIが取り扱う製品であることと比較すると、一線を画した製品であることがわかる。 外から見ると、久多良木氏がSCEIの社長を務める一方、ソニー副社長としてBBNCを統括しているため、混乱して見えるが、その位置づけは異なる。 出井会長も、「久多良木さんには、ゲーム事業のノウハウを生かし、エレクトロニクスの融合を図ってもらうためにソニーの副社長として、BBNCを統括してもらう。その第1弾がPSX。これにより新たな市場を創造する製品を投入する」と語る。 そして、久多良木副社長も「PSXは、PS2のエンジンを使って、デジタル家電にどれだけ変身できるかの挑戦」と言い切る。 SCEIでなく、ソニーの製品であるということは、必然的にソニーの営業・マーケティング子会社であるソニーマーケティングが取り扱う公算が強い。これは、バイオ、クリエなどの情報関連機器や、VEGAやCoCoonといったテレビ関連製品、ウォークマンをはじめとする各種AV機器などと同様の流通ルートにPSXが流れることを意味する。 つまり、ソニーの製品である以上、家電量販店ルートや一部パソコンショップルートなどが、PSXの主要な取扱店ということになる。 もちろん、一部の主要玩具店でも取り扱われることになるだろうが、PSXを購入する場所は、玩具店よりもむしろ家電量販店になるというわけだ。 こうした流通ルートを考えれば、PSXがゲーム機であるとは言い切れない理由が明白だろう。 ソニーが図で示した、PSXそして、ホームサーバーという部分は、ソニーが担当するデジタル家電の領域ということになり、本来ならば、別のカテゴリーの製品として明確に説明されるべきだったと思う。 ●DVDレコーダー分野での隠し球 一方、デジタル家電の市場においては、DVDレコーダーを巡る争いが熾烈化している。 とくに、DVD-RAMとDVD-RWの主導権争いは激しい。 松下電器が、昨年から積極的な価格攻勢をかけ、さらに今年に入ってからDIGAシリーズの投入によって一気にラインアップを拡充、これに追随する形で東芝も製品ラインアップを広げるなど、松下−東芝のDVD-RAM陣営が優勢な状況が続いている。2002年度は、民生用市場では約7割がDVD-RAM方式だといわれており、数値から見ても圧倒的ともいえる。 先行していたDVD-RW陣営のパイオニアなども昨年後半からの積極的な製品によって、巻き返しを図っているが、店頭での勢いはDVD-RAM陣営にあるのは明白だ。 こうしたなかDVD+RWをもつソニーは、どう見ても静観していたようにしか見えない。いわば、ソニーらしくない消極ぶりであったともいえる。 だが、今年末のPSXの投入を控えていれば、この沈黙ぶりもわかる気がする。 高篠副社長は、「ホームネットワークカンパニーの製品とは、最終的にオーバーラップすることはある。だが、いまは明確に差別化できる」と、PSXと、既存のDVDレコーダー製品やCoCoonなどの製品との差別化が可能だという。 その差別化の上で、DVD+RWの普及に、PSXが加勢するという構図ができあがるというわけだ。 高篠副社長が「下期は、国内DVDレコーダー市場でシェアナンバーワンを目指す」と宣言したのも、PSXの存在があればうなづける話だ。 PSXは、DVDプレーヤーの普及にPS2が大きな威力を発揮したのと同様に、DVD+RWの普及を担ったソニーの戦略的製品であるともいえるのだ。 下期のDVDレコーダーのシェア争いが、これまで以上に激化するのは間違いない。
□ソニーのホームページ (2003年6月2日)
[Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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