SSD、Hybrid Drive、Intel TurboMemory、ReadyBoost、これらはすべて、PC用のNANDフラッシュアプリケーションの一例だ。以前からニッチ向けに存在していたSSDを除くと、ある時期に一斉に登場した技術である。なぜPCにNANDフラッシュメモリを搭載しようというのだろうか。その答えの1つは、NANDフラッシュメモリが極めて安価だからだ。 4月6日に開催されたFlash Storage Summits 2009で、Denali SoftwareのKevin Silver副社長が紹介したデータによると、NANDフラッシュメモリの出荷数は2003年にNORフラッシュを追い越し、2004年にDRAMのbyte単価を下回ったという。そして2005年にはすべてのメモリ品種中で、もっとも大量(byte換算時)に出荷されたメモリとなり、2007年には単年の出荷容量でDRAMの'70年以来の累計出荷容量(byte換算)を上回ったという。要は、安価で潤沢に供給される半導体メモリがそこにある以上、それをなんとかPCプラットフォームの強化につなげたい、という思惑が働いたのだろう。
上述したHybrid DriveやTurbo Memory等の技術は、だいたい2004年から2005年前後のタイミングで登場している。しかも、何らかの形でHDDのキャッシュとして、NANDフラッシュメモリを利用しようという点が共通する。アクセス速度の点でHDDとDRAMの中間にあるNANDフラッシュメモリの活用法としては、ごく自然なアプローチだ。 しかし、現時点においてこれらが市場で大成功しているとは言い難い。量販店の店頭で、Hybrid DriveやTurbo Memoryを搭載したPCを見かけることはまずないし、BTOのオプションとして提供している直販系のPCベンダーさえ限られる。既存のリムーバブルデバイス(USBメモリ、メモリカード等)を流用できるという点で、導入に関して最もハードルの低いReady Boostでさえ、多くの人はWindows Vistaのリリース直後に試したものの、それからずっと使い続けているという人はかなり珍しいのではないかと思う。Windows XPで、Ready Boostに相当する効果をもたらすシェアウェアのeBoostrが、ちょっとしたベストセラー的に売れているところを見ると、この種の製品に全く効果や需要がないわけではないハズだが、MicrosoftやIntelという大会社が喧伝したような効果を、多くのユーザーが認めていないのは間違いない。 では今後、これらのNANDフラッシュメモリを用いたキャッシュ技術はどうなるのだろう。Flash Storage Summitsのスピーカーでも、意見は分かれていた。上述のKevin Silver氏は、HDDとSSD間のbyte単価のギャップが大きいことを考えれば、NANDフラッシュを含む不揮発メモリによるHDDキャッシュは、今後もなお大きな市場性がある、という立場のようだ。一方、最後のスピーカーとして登壇したBill Gervasi氏は、キャッシュではなく、SSDこそが次の論理的なステップとする。
このBill Gervasi氏だが、現在の肩書きはDiscobolus Designのメモリ技術アナリスト、ということになっている。おそらくは自営、あるいはそれに近い立場なのではないかと思う。氏は以前はS3やTransmetaに在職していたほか、JEDECでのメモリ技術標準化にも積極的に関与してきた人物である。 しかし、一番よく知られているのは、Intelがメインストリームに押し上げようとしたRDRAM(Rambusメモリ)やFB-DIMMにことごとく先頭に立って反対してきた人物としてであろう。このようなプロプライエタリなメモリ技術がことのほかお気に召さないようだ。反Intel的な言動(時に過激な)で知られるある種の有名人だが、元々はIntelに在籍していた人でもある。 そのGervasi氏のスピーチの要旨は、SSDはHDDの次の論理的なステップだが、その栄光は4〜5年程度で、いずれSSDは単なるNANDフラッシュメモリのDIMMとなるであろう、というものであった。かつてPCの中にあった非x86のさまざまな組込みプロセッサ(モデム、サウンド、LAN、グラフィックス、FDD、HDD)は、x86 CPUとソフトウェアの組み合わせでことごとく代替されていき、現在はHDDの基板上に残るのみとなった。SSDが回転制御等の必要なHDDを置き換えることで、いずれはSSDも、そのインテリジェンスをx86 CPUとソフトウェア(デバイスドライバ)に譲り渡し、単なるメモリモジュールに成り果てる、というわけだ。 つまりSSDは成功するであろうが、その成功ゆえにIntelの次なるターゲットとされ、HDD上のDSPは、x86 CPUとデバイスドライバにいずれ置き換えられる。これによりPCに敵(非x86 CPUを指すGervasi氏の言い回し)はいなくなる。NANDフラッシュメモリの仕様を統一するONFIは、CPUによるソフトウェアSSDを実現するための戦略であるというわけだ。 正直に言うと、筆者はGervasi氏の発言した意図を正確には掴みかねている。過去においても氏の発言は、業界サイドに立脚したものが多かったことを踏まえると、ストレージ業界に対し、いずれIntelがやってきて根こそぎ市場を持って行かれるぞという趣旨の警告を発しているのか、x86 CPUだけが君臨するPCのアーキテクチャは良くないということなのか、それとも単にどこまでも貪欲なIntelのやり方が気に入らないだけなのか、判断ができない。上述の「敵」にしても、FDDやモデムのプロセッサは、Intelが滅ぼしたというより、デバイス自身がユーザーに必要とされなくなったことが絶滅の要因だと思う。 5年以上先のことは筆者にはSFみたいなもので想像できないが、長期的にはストレージ、特にPCが起動用に内蔵するストレージが、メモリモジュールになったとしても、それほど驚くことではないとは思っている。今のDRAMにしてもNANDフラッシュメモリにしても、いずれ微細化による物理的な限界に直面する。その次の世代で、全く新しい技術に基づくメモリが高速性と不揮発性を兼ね備えたユニバーサルなデバイスになり、メインメモリとストレージをことさら区別する必要がなくなる可能性だって考えられる。 ただ、その世代になっても、何らかの形でストレージデバイスは必要になるだろう。ユーザーが所有するPCにメモリモジュールしか実装されていなかったとしても、クラウドの向こう側には必ずストレージが存在すると考えるからだ。そのストレージが、磁気デバイスなのか、半導体デバイスなのかは分からないが、おそらくは両方を組み合わせたものだろう。 もっと近い将来、それこそ4〜5年先でCPUによるソフトウェアSSDが、PCの内蔵ストレージで主流になっているかと言われると、筆者は懐疑的だ。CPUとドライバでSSDを構成することは理屈の上では可能だが、それはストレージがOSに依存してしまうことを意味する。これはあり得ないことではないものの、ユーザーあるいは業界はもう少し保守的なのではないかと思う。
可能性が高そうなのは、コスト制約が厳しいネットブックだが、ネットブックのCPUでソフトウェアSSDに必要なウェアレベリングやECC、バッドブロック管理等の汚れ仕事をすべてやらせるのはちょっと厳しいだろう。まぁ、そもそも4〜5年後にネットブックがどうなっているのかどうかさえ、筆者には分からない。ただIntel自身が、SSDが主流になる前に、NANDをキャッシュに使う世代があると想定していた(TurboMemoryを製品化した)ことを考えると、ソフトウェアSSDが到来するのは、まだだいぶ先のことだろう。 SSDに関連したスピーチで筆者に興味深かったことの1つは、SSDの利点に騒音がないことを上げる人が誰もいなかったことだ。多くの日本人ユーザーにとって、SSDによりHDDの騒音から解放されることは、ノートPCをSSD化して嬉しいことの1つだと思う。筆者はWindows Vistaが日本で不人気な理由の1つは、インデックスの作成、スーパーフェッチ、自動デフラグなど、とにかくOSによるHDDのアクセスが多く、いつもドライブがガリガリと音を立てていることではないかと考えているくらいだ。しかし、どうやら米国人にはそれほど重要なことではないらしい。そういえば、米国製の家電製品、特に洗濯機や冷蔵庫といった白物家電は日本製品に比べてかなり騒々しい。それが許容されるのだから、これも国民性の違いというものだろうか。クライアント向けPCのSSD化を牽引するのも、やっぱり日本なのだと強く思った。 □JEDECのホームページ(英文) (2009年4月9日) [Reported by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
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