教育 希望を求めて 〜第4部 全国の現場から〜

教育 希望を求めて
教育 希望を求めて
トップへ
2006/06/25(月) 朝刊
<6> いじめ
根絶へ体張る被害者

 夕方、もう二時間は経過しただろうか。しかし、時計に目をやることはない。長野県北部の女子中学生の自宅。長野県教委こども支援チームのリーダー前島章良さん(52)は、学校でいじめを受けて苦しむ生徒と保護者の訴えに耳を傾け続けた。

 前島さんは「いじめられている子や親は悲しみを訴え、次に学校への怒りを訴え、最後に要望を訴えます。大事なのは要望を把握すること。だから時間は切らず時計も見ません」という。

 県は二○○五年度、こどもの権利支援センターを長野市に旗揚げ、いじめ相談を始めた。都道府県が直接相談に乗り出すのは珍しいが、応対が粘り強いのが特徴だ。同じ子のもとに十回、二十回と足を運ぶこともある。

 この女子生徒はクラブの先輩にいじめられていた。「死ね」と書かれた手紙、そして無視−。前島さんは保護者と学校が話し合う場を設けた。学校はこの先輩を問いただしたが否定。前島さんの助言で、全クラスの担任が名を伏せて生徒に説明し「先生たちはいじめを絶対許さない」と伝えた。

 しかし、また手紙が見つかった。今度はセンターが、いじめ体験などを語る人権教育の講師を派遣した。講師の話を聞かせて生徒全員に作文を書かせると、この先輩の文章に反省が見て取れた。担任らが家庭訪問すると、先輩は謝罪の言葉を口にし頭を下げた。いじめは止まった。

知事に請われ県教委職員に

中学生に自らの体験などを語り掛ける秦さん。講演後、教頭は「こんなに生徒が頭を動かさず聴くなんて」と驚いた=松本市立筑摩野中
 前島さんの長男は一九九七年、いじめを苦に自殺。その後、前島さんは全国の同じ境遇の人などから相談を受けていたが、当時の田中康夫知事から請われ、団体職員から県教委に転身した。相談は○五年度が百十件、○六年度は百五十六件に増えた。「相談を外部が担う案には反対しました。人任せでなく、県教委が責任を持つことが大事」

 昨秋、滝川市でいじめ自殺が表面化して以降、全国で子供の自殺や自殺予告が相次いだ。九九年度から○五年度までいじめによる自殺はゼロとしてきた文科省は再調査に踏み切り、○五年度までに滝川の事例など十二件の自殺でいじめを認めた。道教委も兄姉のように子供の悩みを聞く大学生を、学校に派遣するモデル事業を決めた。

 愛知県西尾市は本年度、市内の大河内祥晴(よしはる)さん(60)をいじめ相談員に委嘱した。大河内さんは一九九四年、二男をいじめが原因の自殺で失った。

 いじめられた子を自宅に招き、多くの苦しみを見てきた。「相談できず袋小路にいる子供は多い。いじめの認識が遅れた滝川の事件もそうですが、社会は暴力など表面的な部分を見がち。それ以前に、子供を傷つける『死ね』などの言葉を認めない、強い姿勢が大切」

 長野県松本市の筑摩野中。県教委の人権教育講師、秦健二さん(35)が全校生徒を前に熱心に話し掛けていた。「いじめてるやつはくずだ。そんなくずをつくってはだめだ。見ぬふりはやめて立ち上がろう。仕返しされたら、絶対に守るから」

子供守る覚悟 社会が共有を

 秦さんは小学校時代のいじめが原因で、声帯の筋肉が意思と関係なく動いて声が出るチックという病気になり、薬が手放せない。就職もできず自殺を図ったこともある。

 「話したいことがあったら校長室で待ってます」と呼び掛け、講演を終えた。校長室前に生徒三十人が集まった。三人組の女生徒は「いじめられている友人を助けたい」と表情は必死だった。

 秦さんは自分の過去をさらけ出し、再び嫌な思いをしないかと怖さも感じている。それでも講演を続ける。「体を張り子供を守る覚悟でやっています。教師や親、社会に求められるのはいじめを許さない『覚悟』ではないでしょうか」(立木大造)