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  マクドガル報告書について

マクドガル報告とは、
国連人権小委員会の特別報告者に任命された
米国人法学者ゲイ・マクドガル(マクドゥーガル)女史がまとめたもの。

ここでは、マクドガル報告書の内容に
釈然としない当時の読売新聞、産経新聞の記事を掲載しておきます
なお引用元は、太師堂経慰 著 『慰安婦強制連行はなかった』 展転社からです。


↓のサイトにも新聞の速報記事が掲載されています。
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/nkhp/makdogal.htm


当時の国会でもマクドガル報告について討論がされていますね

第149回国会 総務委員会 
平成十二年八月九日(水曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/149/0002/14908090002001c.html

平成十四年十二月十二日(木曜日)
参-内閣委員会/慰安婦立法参考人質疑議事録
http://www.jca.apc.org/~fsaito/sexslave-sankouninn.html

2ch
http://ebi.2ch.net/sisou/kako/964/964804403.html



  読売新聞 平成10年(1998年)8月11日 社説

国連の権威損なう「慰安婦」報告

国連人権小委員会の
マクドガル特別報告者が、いわゆる従軍慰安婦問題について、
日本政府に国家賠償と関係者の処罰を求める報告書をまとめた。

事実認定に問題があるうえ、歴史認識へのバランス感覚に欠けた内容である。

事実認定がいい加減なことは、
慰安婦問題を奴隷制や奴隷貿易になぞらえたり、
慰安婦施設を「レイプ・キャンプ」とか「レイプ・センター」などと呼んでいることだけでもわかる。

国連人権委はこれまで、慰安婦問題について、
クマラスワミ特別報告者が二次にわたる報告を出している。

九六年の一次報告は、
詐欺師とさえ評されるある日本人が創作した
「慰安婦狩り物語」をそのまま引用するなど、きわめて粗雑なものだった。

さすがに九七年春の
二次報告では幾分トーンを落とし、
国家賠償や関係者の処罰への言及はやめていた。

そもそも、今回、ルワンダや旧ユーゴスラビアなど
現在進行形の人権侵害事犯を扱うはずの人権小委で、
なぜ日本の慰安婦問題だけが五十年以上前にさかのぼって、報告対象になるのか。

さきの大戦では、
ドイツ軍が占領地域で組織的な「慰安婦狩り」をしていたのに、
なぜ、強制連行の事実が確認されない日本だけが対象なのか。

戦争の終了後、ソ連により、国際法に反して、数十万の日本人が
シベリアで奴隷労働に従事させられ、数万人が死亡したことは、なぜ取り上げられないのか。

占領下の日本には、
リクレーション・アンド・アミューズメント・アソシエーション(RAA)なる組織があった。
占領将兵専用の「慰安」施設である。

もともとは、占領軍将兵の性暴力を恐れた日本政府の
肝煎りで設立されたものだったが、米軍の命令で設置された施設もあった。

マクドガル女史は、
日本政府に国家賠償と関係者の処罰を求めるというなら、
女史の本国のアメリカ政府に対しても、なぜ同じ要求をしないのか。

どの国、どの民族の歴史も、きれいごとばかりではない。

こうした歴史認識のバランスを欠いた、
特定国のみを悪とするかのような要求は、
「普遍性」を掲げる国連の権威を損なうことになる。

ただ、クマラスワミ報告やマクドガル報告が、
このような偏った内容になる要因のひとつは、日本国内の動きにもある。

詐欺話の偽書を称揚したり、
勤労動員だった女子挺身隊を「慰安婦狩り」だったと
歴史を偽造するような一部マスコミや市民グループ等が、
国際社会に対して、偽情報を振りまいてきたからだ。

加えて、浅墓な外交的思惑から、裏付けもないまま、
慰安婦の「強制連行」を認めたかのような九三年の河野官房長官談話があった。
この談話がその後、慰安婦問題をいかに混乱させたかを考えれば、できるだけ早く修正されるべきである。

過去の歴史について反省すべき点は反省しなくてはならないが、その前提は冷静な歴史認識である。


  産経新聞 平成10年8月22日 (15版3面)

日本の慰安所をレイプセンター(強姦所)と表記
慰安婦問題、国連小委特別報告
不公正に満ちた一方的な記述


政府は二十一日、慰安婦問題で
日本に賠償を求めた国連差別小委員会のマクドガル報告の全訳(仮訳)をまとめた。

丙子の婦女暴行などを防ぐために設けられた「慰安所」を
「強姦所(レイプ・センター)」と決めつけるなど一方的な記述に満ちている。

報告書は国連人権委員会の下部機構の
差別防止・少数者保護小委員会(差別小委)の
特別報告者に任命された米国人法学者のゲイ・マクドガル女史がまとめた。

それはこんな文言で始まっている。
《1932年から第二次世界大戦の終わりまでの間、
日本国政府及び日本帝国軍隊は二十万人を超える女性を
アジア全体に存在した強姦所において強制的に性奴隷とした。

これら強姦所は、
問題があるほど婉曲的な言い方で
「慰安所」(コンフォート・ウーマン・ステーション)という言葉でしばしば言及されている》

「強姦所」という言葉は全部で十五ヵ所に出てくる。
日本で初めて、この言葉が登場したのは
昨年二月一日にテレビ朝日系列で放映された
「朝まで生テレビ」での慰安婦・教科書問題をめぐる討論会。

ジャーナリストの梶村太一郎氏が
中国・撫順戦犯管理所での日本人戦犯の
供述書とされる「強姦所設置と中国朝鮮人拉致監禁」という資料を示し、
「これは中国で戦犯になった日本軍衛生兵の供述書。・・・・・・自分の罪を悔いた者が書いた証拠だ」
と述べたところ、秦郁彦・千葉大学教授(当時)から「拘禁状態で書かされたものは資料として認められない。第一、『強姦所』なんて名前をつけるわけがない」と批判された。


マクドガル報告は
「強姦所の性格及び経緯」について、
根拠のないまま「従軍慰安婦の強制連行」を認めた
平成五年八月の河野洋平官房長官談話のもとになった内閣外政審議室の報告などを示しながら、
《女性達は、実際には、旧日本軍により直接または旧日本軍の全面的認識及び支援の下で強姦所において奴隷化されていたことを明確に示している。》としている。

そして、賠償の項目で、
《人道に対する罪及び戦争犯罪は公訴時効の対象ではない》 
《日本の裁判所が適切な救済を与えない場合は、他国の裁判所で訴えることも可能である》 
《日本が「慰安所」に関して責任ある者で今日まだ生存している者を探し出し、起訴する義務を完全に果たすこと、及び、他の国が同様にその管轄権の範囲において犯罪者をとらえ、起訴する上で可能な限りの援助を確保することは国連の責任である》
などとしている。

マクドガル報告は、
1996年に国連の人権委員会に出された
スリランカの法律家、ラディカ・クマラスワミ女史の報告書を下敷きにしながら、
そのクマラスワミ報告書よりも国家の賠償義務を強調した内容になっている。



実証的研究を無視

国家人権委員会に、マクドガル特別報告者の報告書が提出された。

1996年のクマラスワミ報告に輪をかけた厳しい内容で、
日本政府に法的国家賠償や関係者の処罰を引き続き求めたほか、
「慰安所」を新たに「強姦所」「強姦センター」と名指ししている。

慰安婦とは、日本軍警が直接、奴隷狩り同様に強制連行し、
しかも強姦の被害を受け続けた子供も含むアジアの女性達というのが事実認定の基礎なのである。

まさに公正さと平衡感覚を欠いた内容というほかはない。

慰安婦問題が生起して以来、
政府や日本の歴史学者が研究を重ねた結果、
日本軍警が直接、「強制連行」に携わったことを明示する証拠は今のところ発見されていない。

確かに軍は慰安所の提供、性病検査など間接的に関与はしたが、
軍の名前を利用して女性をだます悪質な業者を取り締まる通達を出すなど、
慰安婦の募集段階での不祥事を防ぐ努力(関与)をした文書の方は発見されているのである。

半面、業者らに不祥事があったことも否定し得ないであろう。


こうした日本国内でなされた実証的な研究成果は、
マクドガル報告書の付属文書では、ことごとく無視された。

戦後半世紀をこえ、冷戦も終結したというのに、
こと戦争犯罪、戦争が生んだ悲劇についてはその責めを
敗戦国に押し付ける「ヤルタ体制」が、いまだ国連人権委を支配しているかのようである。

その証拠に人権委は
なぜ戦勝国の戦争犯罪の実態に迫ろうとしないのか。
「戦争と性」の問題は、どの国においても、汚辱の一面を持つものである。

米国は日本占領中に自国将兵のため、日本の自治体に対し、
レクリエーション・アンド・アミューズメント・アソシエーション(RAA)という組織をつくらせた。
これは本来の意味で、「慰安所」とどう違うのか。


これを上回る悲劇は、
大戦末期以降の旧ソ連軍が
ドイツ東部地区や旧満州などで、日独の婦人たちに加えた陵辱である。

その現場は近代では未曾有と言え、
岩間陽子「ドイツ再軍備」の序章「ソ連兵がやって来る」には慄然とせざるを得ない。
これも人権委は無視している。

人権委も差別防止小委も、
ボスニア紛争において、エスニック・クレンジング(民族浄化)の名のものとに、
セルビア勢力がモスレム系婦人に加えた組織的強姦を一日も早くやめさせ、
責任者を追及するという、当初重視していた現在進行形の人権侵害問題に取り組むべきである。

日本も含む一部の国の
NGO(非政府組織)が主導権を握ってかき回す人権委を、
何より公正さが要求される国連機関とはみなし得ないのである。(安村廉)



2007年03月17日