2009年4月9日21時1分
売れっ子になる前に母からもらったお守りを持つ狩野英孝さん。だいぶ傷んできたが、常に携帯している=東京都港区のマセキ芸能社
被災後、地元の支援で再建された鳥居。その前で談笑する父勉さん(左)と母千代子さん=宮城県栗原市栗駒桜田の桜田山神社
実家の桜田山神社(栗原市栗駒桜田)で12日、岩手・宮城内陸地震からの復興を願い、無料ライブを開くお笑い芸人の狩野英孝さん(27)。神主の長男に生まれながら、少年時代から芸能界を志し、田舎生まれを恨みもした。だが、苦労の末にスターの座を手に入れてみると、改めて地元のありがたさを知った。ライブでは「なまりも解禁」し、被災地を元気づけるつもりだ。
「ラーメン、つけめん、僕、イケメン!」
今では、すっかりおなじみとなった白いスーツのホストキャラ。だが、「イケメン」への道は長く険しかった。
根っからの目立ちたがり屋だ。父勉さん(56)は「自分で作曲した歌をギターでひいて家族に聞かせてくれました」と笑う。
小学生の頃から人気お笑いコンビのとんねるずが好きで、芸能界にあこがれた。あこがれは、やがて本気に変わる。「東京なら……。なんでこんな田舎に生まれたんだ」。ずっとそう思っていた。今回ライブを演じる神社の春祭りもおはやしの練習が大変で好きにはなれなかった。
実家は1500年の歴史を持つ由緒ある神社。両親にはなかなか本音を打ち明けられない。高校を卒業する時、真顔で「俳優になりたい」と切り出し、神奈川県の俳優養成専門学校に入学した。
両親の説得には「俳優」が無難と思えた。その実、心はお笑いに向かっていた。しかし、甘くはない。学校を出て芸能事務所に所属したが、芸風が決まらず、ネタも浮かばない。1カ月間考えた5分間のネタもボツ。「血尿が止まらない時期もあった」。仕送りとアルバイトに頼る生活が6年近く続いた。
手をさしのべてくれたのは「ちびまる子ちゃん」だった。漫画本を眺めていると、主人公の友人でナルシスト風のお金持ち花輪君のしぐさが目にとまった。「ナルシストが何げない日常のなかにいたら面白いかも」。髪を伸ばし、花輪君を芸風づくりの参考にした。少しずつ仕事が入るようになってきた。