きょうのコラム「時鐘」 2009年4月9日

 種もみを皇居の苗代にまく天皇の写真があった。農作業を伝承する目的で陛下が始められた恒例行事だという。皇居の田植えも知られるが、こちらは昭和天皇の時に始まった

伊勢神宮近くの産業博物館「農業館」には皇室と稲作の起源に迫る興味深い展示がある。新嘗祭(にいなめさい)など千何百年余の伝統行事が紹介されているが、皇室の種もみまきや田植えなどは意外と新しい行事であることも分かる

瑞穂の国である。天皇が農業を大事にしたのは当然だろう。能登の民俗行事にも、隠れて開墾した田んぼで作ったコメを年に一度腹一杯食べたという「もっそう飯」がある。農民の苦労と稲作へのこだわりがにじんでいる

が、耕作放棄地が年々増え、農地に戻せない荒廃地が琵琶湖の2倍の面積にまでなったとの農林水産省の発表は衝撃的だ。後継者がいない、採算がとれないなどの問題があるのは分かるが、開墾を重ねて、一握りのコメを求めた農民魂までが消えて行くのなら寂しい

古い歴史と伝統だけに頼らず、常に新しい手法で刺激し続ける農政があってほしい。民俗行事も、ただ受け継がれているのではない。