隅田川が流れる東京・下町の住宅兼商業地に、国の有形文化財に登録された浅草聖ヨハネ教会がある。東京大空襲で焼夷弾(しょういだん)の直撃を受けたが、誰もが貧しい時代にもかかわらず信者や地域の人々の浄財が集まり、戦後10年で再建にこぎつけた。
職にあぶれ腹をすかせた人たちが来るようになったのは、およそ10年前の平成不況のさなかだった。当時の牧師は炊飯器に残った米を握っては差し出し、次第に人数が増えた。その後は日曜礼拝の参加者で炊き込みご飯を作り、配っている。
だが最近になって、地域住民から炊き出しを中止してほしいとの声が上がった。ご飯を求めて来る人は当初数十人だったが、最近は500人を下らない。生活保護の老齢加算廃止や派遣切りがあった時には、いずれも50人単位で列が延びた。
「近所に座られると困る」「ごみを落としていく」。苦情が寄せられるたびに、下条裕章牧師(49)は集まる人にモラル徹底を呼びかけ、整列やごみ拾いのためボランティアを配置し、理解を求めてきた。「目の前に困っている人がいるから、支援する。本来なら地域と対立する活動ではないはずなのに」
暖かい3月の日曜日、炊き出しの現場を訪ねた。教会を取り巻くように工事用の囲いが置かれ、その内側に整列した人たちが順番にご飯の入ったパックを受け取り、静かに去る。昨年末に住み込み工場派遣の職を切られ野宿生活になった男性(49)は「住民にも教会にも迷惑をかけている」と背を丸くした。
地域と失業者とを分断するような囲いを見ながら、私はしばらく考えた。この囲いを生み出したものは、何なのかと。
毎日新聞 2009年3月18日 0時05分
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