夢を売る店
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作成日時 : 2009/04/06 22:42
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私が幼い頃のお祭りの記憶って屋台だけのような気がする。父の実家の浜岡の桜ヶ池のお祭りの時は家族一緒に御櫃納めを見たけれど、横須賀のお祭りは、屋台でハッカ飴のペンダントや、キラキラのラインストーンのブローチや、ガラス細工や、黄色く染めたヒヨコを買ってもらって嬉しかった記憶だけがある。たぶん横須賀のお祭りには家族ではなくて母と姉と私の3人で行ったのだと思う。母は花が好きだったので、お祭りの翌日だかに植木の縁日があり、それで庭に植える花を母と選ぶのが好きだった。私の家族は一緒に買い物に行くことはあっても、父だけデパートの階段の踊り場の椅子で待たされていたし、一緒に旅行に行くなんてことは大阪万博以外にはなかったように思う。父は毎年のように職員旅行で遠くに旅行に行っていたけれど、私達家族を旅行に連れて行ってくれるようなことは一度もなく、私もそれが当然だと思っていた。年に一度夏休みに子供会で旅行に行くのが楽しみだった。
だから、私にとってお祭りとは、家にお客さんが来ることもなく、母がお寿司を作ってくれるだけの静かなもので、お一年に一度だけ外国船の船長をしている伯父が幼馴染と酔っぱらって家に乱入してくる以外は、ガラス戸の向こうを祢里が通り過ぎていくのを見ているだけのものだったし、今もそんなに変わらないと思う。つまり私はいつもアウトサイダーで、だから屋台の人達にシンパシーを感じるのかもしれない。大学時代の友達の一人は親戚がみな屋台の仕事をしているという子もいたし、今私が文学や芸術に関係しているのもその延長線上にあるのだろうと思う。そういうものによってやっと社会に参加を許されている、そういう後ろめたさのようなものはやはり私の中にある。
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