カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

一打一管コンサート「長谷の夜」

2004-10-31 12:00:31 | ☆ ふるさと・大和


長谷寺仁王門から闇に流れる横笛の音。その妙なる響きに、魂を打たれた。

優しくそして激しくその音色は、雨に鎮もる長谷寺を揺るがし天空に舞う。
横笛の独奏に、幽玄の世界にさまよう感激に包まれる。

続いて和太鼓と、横笛の呼応。
横笛の優しい呼びかけ、語りかけ、それに応えるかのような和太鼓の力強い響き。
次第に激しく打ち鳴らされ心の底に入り込む。

乱れ打つ太鼓と横笛の演奏。自然の中の古刹、夜の長谷寺での、心の揺さぶりを、書き残したい。
しかし、表現力、言葉不足で、感動のすべてを、言葉に出来ない悔しさである。

その分、胸の扉を開ければ、そっくり自分を幽玄の世界におくことに出来る時間を持つ喜びだけは、取っておきたい。

(写真は、一打一管オフィシャルサイトより借用しました)
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同窓会のお世話に思うこと

2004-10-30 22:27:40 | ★ 日々の呟き
今年の大学の同窓会の幹事が、回ってきた。
奈良の、中心部から最も遠い町からの通学だったから、まさかこの土地での同窓会など考えてもいなかった。
いつも参加する楽しみに感謝しながら、わりに暢気に構えていた。
しかし昨年の会の後、指名というか依頼があり、受けざるを得なくなった。

こんな辺鄙な町に集まってくれるだろうかそれが、まず心配だった。
返信されてくる葉書に、それはひとまず安心。遠くは、東京、埼玉からも参加してくれる便りに、6人の幹事は、元気になって準備を進めている。

昨年、杖をついて、電車を乗り継いで奈良まできていた友が、「もう自分一人では行動できなくなりました」との近況に、これは、いつか自分たちにも訪れるかもしれないいく末を感じる。

親の介護、孫の世話など、近況を寄せてくれる、欠席者には、まず安心だが、返信のない友の上には、どんなことが起こっているのか、気にかかる。

あと1週間、楽しい再開の日のために、参加してくれる人に、いい時間といい思い出を、持ってもらえるよう心配りをしていきたい。
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月傾きぬ

2004-10-29 09:36:38 | ☆ ふるさと・大和
 
昨夜は満月。雲一つなく、白く輝いていた。何度も庭に出ては、月を眺めた。屋根瓦が光を宿して銀色になって並んでいるのも綺麗だった。
家の真上に来た頃、急に冷え込んできた。


そして、翌朝6時前、東のカーテンが薄明かりを帯びている。この秋一番の寒さだ。
パジャマの上にコートを着て外に出た。日はまだ昇っていない。



東の空が茜色に染まって、朝日を待っているようだ。
奥吉野の山並みが影絵のように続く中、レンズをずっと引き寄せると、三重県境の高見山も、三角の姿を見せている。
日の出を待ったが、寒さに負けて、家に入ろうと向きを変えた。







その時、私の足が釘付けになった。
なんと、西の空に真ん丸い月がある。
昨夜の満月の姿のまま、朝を迎えた空の西の端に見つけたのは,ときめきに似た感動だった。


万葉の歌人、柿本人麻呂の
「ひんがしの のにかぎろひの たつみえて かえりみすれば つきかたむきぬ」
と、宇陀の阿騎野で詠った古代を、ここに見た思いである。
勿論、朝焼けであり、人麻呂の見たかぎろいは、もっと紫に近い茜の空であろうし、ここは、同じ大和の国ではあるが、
 「あさもよし きひとともしも まつちやま ゆきくとみらむ きひとともしも」
と万葉に詠まれている、紀の国との県境の町である。

大きな時の隔たりがあっても、それに近い自然の中に立つ感動がある。大和に住むことを実感した。
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石垣に思う

2004-10-29 00:10:12 | △ 旅 あれこれ ドライブ

お城に行くと、天守閣が最も美しく目に付く存在だ。

しかし今回曇り空だったので、石垣の方に惹かれた。
内堀にかけての緩やかな、斜めの線が綺麗である。石垣を彩る桜もなければ、紅葉にもまだ早い。
だから、石垣そのものの美しさを見るには好機である。
大小さまざまの石を積み上げる当時の技術に、見れば見るほど感心する。

権力に任せて運ばせた或いは、運んだ石には、大名や、藩主の家紋などの刻印が、残されている。







 刻印の広場に行って見ると、いろんな刻印のついた石を見ることが出来て面白い。
歴史に興味のある人ならなおさらであろう。
当時の石工たちが、どんな思いで石を刻み、その主たちが、ここ大阪に運んだ思いは、その石の重さより更に重く大きなものだったのではないだろうか。
 
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ニュースキャスター・疑似体験

2004-10-28 11:34:15 | △ 旅 あれこれ ドライブ
一番よく見るテレビはNHKである。
アナウンサーがニュースなど伝える時、目線は視聴者に向かっている。語りかけるような口調で、しかも説得力がある。
あの長い、難しい言葉や固有名詞等どのようにして、放映しているのだろうと、思うことが良くある。
確かに、原稿はどこかに書かれているとは思っているが、キャスターの視線は、常にテレビのこちらから離れていない。

所属する会からの社会見学で、大阪NHK放送局を見学する機会があって、疑問は解決した。

団体は、4つのグループに別れ若い女性のガイドによって、BKプラザの中の見学をした。
今、朝ドラで収録中の「わかば」のセットなどあり、興味深く見学した。

天気情報の中で、画面がそのままなのに、さっと出現し、またすぐ天気図の画面になる仕組みを
前列の二人の会員が体験した。背景の色と同じ水色の布をその人に覆うと私たちが見ているテレビの画面には、天気図しか見えなくなるマジックのような面白さに、見学者は、思わず「あっ」と声を上げた。
それをカメラに収めていた私に、突然、ニュースキャスター役の指名だ。
否応なしに椅子に座らざるをえない。

前のデスクに、画用紙くらいの大きさの紙をガイド嬢が置く。それを見ようとしたら、
「それは見ないで、前を見てください」の声。顔を上げると、テレビ画面に、今置いた紙がある。それが原稿だった。
「みなさん、こんにちは、私は ニュースキャスターの○○です。(まさかanikobeと言わず姓を言った)・・・・・・。それでは今日のニュースは、これで終わります」と言ったかどうか。忘れてしまった。とにかく一枚読み終わると、タイミングよく次に読むのを出してくれる。ちゃんと、ルビもふられている。6枚くらいの原稿だった。
とにかく、最後まで照れどうしの時間だった。
読み終わって、会員の方の拍手にほっとした。しかし、そのあと、ニュース画面の再生には、さらに照れずにはいられなかった。
なにしろ、こんなに笑いながら、ニュースを伝えるキャスターは見たことがない。恥かしい記念に再生テレビにカメラを向けた。


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