日銀採用ページの「先輩の声」は、昔はリアリズムがあり、取材上も非常に参考になった。世の中、全般に情報管理が厳しくなり、いろいろな組織の声から息遣いが薄れた。私は、日銀の先輩諸君らの声をかなり保存していたが、多くはパソコンの故障や交換時のデータ喪失によって消えてしまった。以下は唯一残っていた某氏の声である。これは非常に良い。日銀諸氏(&インタバンク関係者)は某氏が誰かはお分かりになるかもしれないが、取り合えず個人情報は省いた。日銀を志望するみなさん、ご一読を。
ーーーーーーーーーーーーーーー 総合職 <BOJ Life> 199x年入行 某氏 金融市場局金融調節課は、日銀が金融政策の一環として行うオペレーション(金融市場への資金供給・吸収)の実務を担当する、文字どおりのフロントラインである。金融政策運営に対する国民の関心が高まる中、マーケットからのシグナルを的確に評価・分析する作業は必要不可欠なものとなっている。 現在、金融市場局金融調節課の一員として、日々の金融市場のモニタリングと市場動向の調査・分析に携わっている。 近年、日銀のオペレーション(以下、オペ)の方法は大きく変化している。すなわち、銀行に対する貸出や市場性のない手形の売買が中心であった時代はオペによってマーケットに影響が及ぶ可能性をそれほど心配する必要がなかった。しかし、オペの軸足が、市場で活発に取引が行われている国債の売買や貸借に移ってきている今、状況は一変している。日銀は最大の市場参加者であり、日銀のやり方次第では、マーケットに甚大な影響を与えかねないのである。 こうした状況を踏まえて金融調節の仕事は従来に比べ格段に高度化し、体制面でも拡充されてきている。私自身は短期国債とレポ市場の担当として、日々、マーケットをモニタリングし、金融政策決定会合で定められたディレクティブに基づき日々の金融調節を決定している金融市場局長をはじめ、金融調節の担当者に対して適宜、情報を伝えるという役割を担っている。 金融市場のモニタリングについては、市場での取引が開始される前の早朝から作業が始まり、市場での取引が一段落し、オペの結果が全て公表される夕刻まで続き、その間課内は終始、張りつめた雰囲気で満たされる。 モニタリング担当者の報告は金融市場に対する情勢判断や金融調節に関する意思決定に影響を及ぼすだけに、モニタリング担当者はそれぞれの担当しているマーケットの動向把握についてある意味での責任を負っている。もちろんマーケットでは予想外のことも起こり得るが、基本的にマーケットは効率的であり、そこから発せられたシグナルには必ず何らかの合理的な理由があるというのが私自身の考えである。 例えば一見予想外のオペの結果に対し、「オペ参加者が日銀の足下を見たとか、一時的な需給関係の振れ」という説明だけでは不十分である。なぜそうしたことが起こるのか、現行の取引慣行や制度が市場参加者の行動に与える影響も含めて合理的な理由を読み取ることが我々の仕事であり、当然ながら次々と処理・集計されるオペの結果には、全員の意識が一斉に集中することになる。 このほか、市場動向を調査・分析し、状況に応じて金融情勢を判断するための基礎資料を作成したり、現行のオペがマーケットの実状に合っているか、マーケット・オリエンテッドな形で常にオペのあり方を考えるのも我々の重要な仕事である。 入行後、調査統計局と支店を経験し、3年目の6月から2年間、金融研究所で金融とITの関わりについての調査に携わった。 具体的には電子マネーや暗号、知的所有権などに関する調査であり、金融分野における暗号技術導入事例のリサーチのほか、今でいうビジネスモデル特許をどう理解すべきか、法律系のメンバーと共同でリサーチペーパーをまとめたりもした。 私はもともと工学部の出身で、金融研究所でIT関係の調査を担当することになったのも、そうした事情が影響していたのかも知れない。ただし、自分では当時、実体経済の調査かフィナンシャルエンジニアリング関係の仕事をやってみたいと考えていたので、正直なところ、当初は不本意だという思いもどこかにあった。しかし、今となってはその頃身に付けた知識がすべて役立っているだけに、結果的には貴重な経験であったと思っている。 その後、シカゴ大学のビジネススクールに2年間、留学した。第一の目的は、ファイナンスの理論を学ぶこと。日銀で納得のいく仕事をしていくためには、入行後に身に付けた金融知識だけでは不十分だという思いがあり、与えられた2年間の間に理論をきちんとした形で修得したいと考えた。 ビジネススクールでは、証券投資論、コーポレート・ファイナンス、フィナンシャル・エンジニアリング等、ファイナンス全般を学んだ。中でも興味深かったのが、株や債券、投信等の金融資産のリスクと市場が要求するリターンの関係を突き詰めて考え、マーケットの効率性を徹底的に検証する授業である。 授業は、大量の論文のリーディングを課され、試験毎に成績の悪い者がクラスから追われる厳しいものであったため、受講した半年間は殆ど図書館に缶詰めのような生活を強いられた。しかし、そこで叩き込まれた知識は、金融市場を理解する上で必要かつ普遍的なものであり、貴重な財産となった。マーケットの効率性を前提に合理的な説明を探す性癖も、ここでの経験が強く影響している。 留学から学んだことはファイナンスの知識だけではない。他にも、会計、企業戦略、マーケティングなど興味深いものが多かった。 例えばデシジョンメイキングについて学ぶ機会があった。具体的には、人や企業の意思決定を誤らせるものは何かについて、データや事例を使って科学的に検証する授業であり、デシジョンメイキングの際に陥りやすい誤りを学んだ。 また、メンタリティの面も大きく変わった。一言でいえば考え方が非常にポジティブになり、意見を言うこと、質問することをためらわなくなったのである。当然の事象として前提とされていることも、改めて理由を問われると明確に答えられないものは意外に多い。こうしたことについて議論しながら理解を深めていくことの重要性を覚えた。 ディスカッションの機会が多いビジネススクールでは、発言しない者は結果的に相手にされなくなるし、ミーティングの場でわからないことがあれば途中で話を止め、その都度疑問点を解消していかないと、その後の時間がまったく無駄なものになってしまう。 その点は、日銀でも基本的に同じであり、とくに迅速な情報共有が求められる我々の職場では、周囲の人たちに気兼ねをすること自体、意志の疎通を阻害することにもなりかねないので、たとえ先輩や上司でも、疑問に思ったことは遠慮なく質問するようにしている。 留学で得たものとしてはもう一つ、コンピュータのリテラシーがある。米国では一般に、何でもまず自分でやってみようとする積極的な姿勢が目立つ。簡単なものではあるが、シミュレーションプログラムを自分で書くようになったのも、ビジネススクールの同級生たちのそうした考え方に触発されたのがきっかけだった。 おかげで、国債の流動性に関するペーパー作成に参画した際には、自分でプログラムしたシミュレーションを使った分析により貢献することができた。 金融市場が高度化、複雑化する中、日銀の金融調節を取り巻く環境は日々刻々と変化しつつある。決済リスクを削減するためのRTGS(即時グロス決済)の導入などもあり、今後こうした環境変化のスピードはさらに増していくことが予想される。 こうした状況の下、自分では入行以来、調査統計局、支店、金融研究所、留学、金融市場局とステップを重ねていく中で、金融とは何かというものが確実に積み上がってきたという思いがある。 金融調節の現場で今必要とされているのは、金融市場全体で何が起きているのか、デイリーのレベルで分析・評価できる能力である。 その点、私はたまたまとはいえ、現在のセクションに配属されてから、インターバンク、短期国債、長期国債、株式と、様々なマーケットをモニタリングする機会を得てきた。 その貴重な経験をもとに、今後もより多くの金融商品について、知識を深め、よりマーケットオリエンテッドな金融調節の実現に貢献していくことが当面の目標である。 そして、いずれはフロント事務のみならず、決済周り等のバック事務についても理解を深め、両者を有機的に機能させられるような人材になりたいと考えている。
茶話会続きの前にクルーグマン教授の「Japan’s recovery」についての感想を簡単に。このエントリーで、同教授は小林慶一郎氏の主張(日本の不良債権問題の教訓)に深く賛同している。ただ、小林氏の主張のある部分に引っかかってしまった。
「りそな銀行を国有化し、再生機構も設立し、邦銀が不良債権処理に全力を尽くしたことで、やっと株が上がり、人々はようやく景気回復を迎え入れることができた。それまでは政府が何をやっても苦境を一時しのぐ程度の効果しかなかった」という部分である。クルーグマン教授は、03年以降の景気回復は輸出が主導したものであって銀行は関係ないのではないか、と言っている。まあ、私もそう思う。 不良債権問題の処理は景気回復の必要条件ではあるが、十分条件ではない。日本は不良債権をほぼ処理して身軽になった。ちょうどそのころ海外は経済がブームになり、不良債権の重荷がかなり取れた日本は輸出主導でフワッと浮いた、そんな感じですかね。もっとも浮いたとは言っても、平均的なものではなく、非製造業は浮揚感乏しかったですが。小林氏も上記のところには回復の条件が整った、という意味を込めたのではないかと私は思っております。
しばらく前(大分前かも)、会社に蓄積された日銀人事情報を整理して超簡単に出身学部の分布を調べたことがあった。おぼろげな記憶だが、役員、局長、審議役、支店長など80人ぐらいの幹部のうち、東大法学部は10数人。これに対して経済学部は20数人であったように思う。ちなみに政策委員会メンバー(現在8人)では、法学部はゼロ(白川総裁は法学部から経済学部に転換)。理事クラスでは経済圧勝(法は一人)である。
何度も指摘しているように、法学部が優位と思われがちな日銀だが、人数としては全然優位にはなっていない。法学部神話は少なくとも日銀にはないわけだ。神話が根強いのは、霞ヶ関に対する印象がそのまま日銀にも当てはめられているのか、歴代総裁の出身学部という固有の事例が過大評価されているのかもしれない。 で、法学部出身者が毎年ほぼ一定入っていると仮定して、生き残りが少ないように思われるのはなぜか。ちなみに、個人的な印象としては、中堅レベル以下では取材先には法学部が多い気がする。みなさん優秀である。以下は日銀の何人(全員法学部)かとの話で浮上した仮説である。 仮説① 入ったときは優秀だが、徐々に劣ってくる。経済系などに逆転される。 仮説② もともと例外を除いてさほど優秀な法学部出身者は入っていなかった。 仮説③ 昔はガチガチの法学部出身者が多く、中央銀行業務の近代化(経済化&ファイナンス化)についていけなくなった。 仮説④ ③に重なるが、中堅以下の法学部出身者はもともとガチガチの法学部というより、金融系に興味を持った人材が多い(ピュア法学部から外れた人材)。 今後の中長期的な見所は、中堅以下で目立つ法学部系人材がそのまま生き残っていくのかどうか。生き残って勢力が拡大したとしても、それは法学部優位というよりは日銀に向いていた人材が生き残ったということかもしれない。まあ、結論的に言うと、学部閥はないです。強いて言うと、どこの組織にもありがちな、人脈閥的なものが大きい気がする。大学も結構バラエティがあるような印象である。 やはりこのご時勢なので公的人気の一環から日銀も志望者数が相当に増えているらしいです。目指しているみなさん、頑張りましょう。マニアック路線として「銀行券ルールとか意味ねえ」とか、「43条連発じゃあ日銀法骨抜きだろ」とか間違えても吹っかけないように(苦笑)。どういう反応があるか予断を許しません。 (自分用の備忘録として)明日も茶話会ネタ続く予定。昔の先輩の声。
・短観 サプライズ無き全滅。株は織り込み済みで、むしろ反発となった。短観の悪さはいろいろ取り上げられるので、逆張り的にポジティブな点などピックアップ。この状況下でDIが改善したのは以下の項目。
大企業・製造業の食品 +1 大企業・非製造業の電気・ガス +9 同対個人サービス +2 中小企業・非製造業の通信 +2 同電気・ガス +5 このほか、貸金業・投資業の先行きDIは26ポイントの改善(願望?)。銀行業、保険業の雇用判断DIはなお「不足超」となっていた。利益なき繁忙でしょうか。 ・連銀ブログ 米アトランタ地区連銀のmacroblogが「Careful with that language」とのエントリーをアップしていた。FRBの国債買い入れが「量的緩和」と報じられていることについて、それはちょっと違うのではないか、用語の使い方には気を付けよう、という内容。興味ある方はご参照を。 ・「Geithner-san」 クルーグマン教授のブログのエントリータイトルである。「日本の失われた10年に超詳しい」とクルーグマン教授が持ち上げるAdam Posenの指摘を引用したエントリーである。オバマ政権がやっていることはかつての日本とそっくりである、と。それでクルーグマン教授は「Japan is us」と結んでいた。 ガイトナー、クビなの!と思ったら、今日は4月1日でしたね。
バーナンキFRB議長の「質的緩和」は「市場機能の回復」を狙ったものだが、私自身はこの市場機能論は一応は表立っての理由であり、議長の本音はリスク資産の購入を強めながら量(B/S)の増大を図っていきたいのではないか、と見ている。質的緩和(劣化)を通じて量を増大させると、日銀のやった質を劣化させない量的緩和よりも効果は高いと考えられるためだ。まあ、私はそう思ったわけだ。
ただ、どうもそうじゃなくてバーナンキ議長は「質的緩和」にマジなんじゃないかという見方もある。量は増えるが、これはリスク資産の購入の付随的なもので、量の増大には意味を見出していない、というわけである。以下、連銀ウォッチのTim Duyのエントリーより。 「I believe this is one reason the Fed has shied away from the term "quantitative easing." Note Bernanke & Co. always place the expansion of the balance sheet in terms of the improving the functioning of private capital markets. See Federal Reserve Chairman Ben Bernanke's speech last Friday」 この文章の前のところから訳すと、「(FRBの国債購入(例の30兆円)は財政マネタイズとみられているのだが)私はFRBにその意図があるとは見てない。FRBは“量的緩和”から距離を置いているし、バーナンキ議長&その同僚らは常にB/Sの拡張を民間クレジットマーケットの機能改善のためとしているからだ。実際にバーナンキ議長は以下のように述べている」 で、議長はどう言っているのか。 「These purchases are intended to improve conditions in private credit markets. In particular, they are helping to reduce the interest rates that the GSEs require on the mortgages that they purchase or securitize, thereby lowering the rate at which lenders, including community banks, can fund new mortgages」 この部分、簡単に訳すと、「(国債やMBSなどの)買い取りは民間クレジット市場の状況改善を狙ったものだ。これらの買い取りは住宅ローン金利の低下をサポートし、金利を低下させることで新たな住宅資金を提供できる」といった内容。 では、バーナンキ議長が「市場機能論」にこだわるのはなぜか。Tim Duyはこちらのエントリーで「For Bernanke and Geithner, there are no bad assets. Only misunderstood assets」と指摘している(このエントリー、なかなか良いのでお勧めします)。バーナンキ議長やガイトナー長官にとっては不良債権なるものは存在せず、単に市場がミスプライスしているだけ、と解釈しているのではないか、というわけだ。従って、市場がまともに機能するようになれば不動産価格は元に戻って問題は解決する、それで一生賢明に「市場機能の改善」を唱えて質的緩和に励んでいる、との見立てだ。もちろんTimはそれじゃあダメで、市場機能が戻っても家計部門の資金需要が活発化することはないと見ており、結果的にバーナンキ議長はマクロ経済に働きかける「量的緩和」をやるだろうと予想する(この見方に私も賛同する)。 ちなみこのエントリーはクルーグマン教授もこちらで引用して、ガイトナー長官を批判している。ただし、同教授はFRBの国債買い入れは「量的緩和」だと評価しているようだ。 私も、そして知り合いの日銀マンらも国債買い入れは量的緩和だと見ているのだが、もしバーナンキ議長がTim Duyが言うように市場機能論にマジであるとすると、これはかなり市場との対話が難しくなるだろうと思う。市場が国債買い入れなどリフレ政策と認識して反応する一方で、FRBが市場機能を前面に押し出していくと、長期金利の上昇というリフレ政策に対する正しい反応はFRBには困ったことになる(金利低下を狙っているので)。また、市場機能論に立脚した質的緩和は場合によっては市場が正常化すれば自動的に緩和が修正されていく、という印象も与えるので、市場は引き締めと受け止める可能性もある。市場期待の安定化が難しい側面をはらむ。 市場機能論で国債を買うというロジックは、私個人としてはイールドカーブをフラット化させてマクロ経済をサポートする、という説明の方が分かりやすいのではないかと思う。この時に日銀が導入した「時間軸政策」も取り入れるとフラット化させたい意図が鮮明に伝わるのではないか。
「Finantial Ninja」でEIU (Economist Intelligence Unit)の世界が危険化する可能性を分析したリポートを見つけた。 詳細を知りたい方は当該エントリーからリポートをダウンロードできるのでご覧あれ。簡単にまとめると以下の通り。
メーンシナリオ(確率60%) 各国当局の経済対策で景気は安定化する(ただし低成長)。 メーンリスクシナリオ(確率30%) 景気対策失敗。長引く不況。保護主義の台頭。グローバリズムの反転。 サブリスクシナリオ(確率10%) ドル崩壊。アンカーとなる価値の喪失。世情混乱、暴力的デモの横行。つまり暗黒の世界である。 リポートは確率10%の危険シナリオの分析に軸足を置いたもの。地域別危険マップがあるので、これは視覚的に分かりやすい。結論から言えば、このシナリオでも日本は「安全」であります。165カ国の危険ランキング(1位が一番危険・ご存知のジンバブエ)で150位で、ドイツと同程度。一番安全なのはノルウェー(北欧圏はこんな感じ)。あとカナダとかニュージーランド、オーストラリアとか日本よりも安全。日本の「安全」に安心できない人はオセアニア英語圏に移住しましょう。またはカナダへ。 近場で危ないのは中国。軍隊出動の騒乱が起きるけれども共産党政権はなんとか生き延びるのではないか、とEIUは見ているようだ。先進国では英米はやや危険度増す感じである。英国のある世論調査では、回答者の40%弱は軍隊出動の騒乱があり得る、と懸念しているようだ。 確率10%の危険シナリオは、しばらく前に紹介したファーガソン教授の予測をブレークダウンした格好となる。この予測が実現した場合、日本の経済情勢がどうなるかだが、恐らくは世界貿易の縮小で不況が強まるとは思うが、安全国であることが評価されて“質への逃避”としてマネーが入ってくる可能性がある。このマネーがどの程度のプラスをもたらすか、どうプラスに生かすか、が政策課題になるのでありましょう。あと、食糧・資源確保が課題です。カナダ、オーストラリアなど資源国との一段と親密な関係が必要でしょう。 私個人がどうなるかはまったく予測は不能。職がない状態であったなら、田舎に帰ります。やっぱり最後に重要なのは体力ですね。
表題は、ガイトナー財務長官の新たな不良債権対策を報道ベースで見た感想である。不良債権問題を一発で解決するのは方法論としては簡単であり、「不良債権の簿価買い取り」をやればいいだけだ(確か日本でも一度浮上したことがある)。ただ、これはロスの全額を血税で埋めることになり、納税者が納得しない。強行すれば、超厳しい経営責任の追及(刑務所にぶち込む、私財没収とか)が必要となり、政治的には難しい。というわけで、解決は簡単だけれども実現しない手段である。
で、今回の米政府の案は「市場原理」を応用した不良債権処理である。問題は、市場原理を信じてよいのかどうかである。不良化した債権の適正価格を市場原理で発見できるのか。また、そもそも市場原理が公正かつ透明に働くのか。不良債権を売りたい金融機関(売り手)と不良債権を買いたいファンド(買い手)。前者はなるべく高く売りたい、後者はなるべく低く買いたい。現状はオファーとビッドがかけ離れた状態で歩み寄らない。そこで政府が体を張って歩み寄りを促したわけである。一番きれいなのは三方一両損で、それぞれが相応の負担で入札が成立することだ。 政策スキームを見るとき、抜け穴を探る哀しい習性が身についた私がぱっと思いついたのは、売り手の自己落札的な行為である。一番汚い(or露骨な)方法は、売り手の金融機関がファンドを設立してそこに有利な価格で不良債権を落札させること。この方法を使えば、政府にロスを飛ばせるので自力で処理するよりも楽である。そこまで露骨な手段が取れないなら、協力してくれるファンドを見つけて水面下でキックバックを約束して高めの落札をさせること。まあ、入札の談合であります。 こうしたモラルハザードを遮断する仕組みが盛り込まれているのか、細かく見ていないのでよく分からないのだが、どうなんでしょう。でも、モラルハザードがあったとしても落札されていけば見た目は不良債権は消えていくので、早期に問題を解決したい米政府としてはむしろモラルハザードは黙認するんだろうか。だとすると、問題の先送りになる。 まあ、モラルハザードのリスクを内包しようがしまいが、どんな案でもとにかく市場が好感して楽観ムードが広がり、勢いが付いてそのまま気が付いたら景気よくなっちゃいました、となればメデタシ、メデタシである。墜落死したネコが地面に当たって跳ね返る途中で息を吹き返す奇跡を願うようなものかもしれないが…。景気悪化ムードで窒息感が強まりつつある中、何でもいいから一息ついてみたい気分であります。ガイトナー、さすがだ! 素晴らしい案だ! と連呼すべきでありましたかね(苦笑)。 ps もちろんモラルハザード的な行為が後から発覚して、また庶民が怒ってしまうとこのプランはスタックして、不良債権処理は滞ることになる。クルーグマン教授の焦燥感(or諦観)が深まろう。
先般、米FRBが3000億ドルの米国債買い入れを発表した。もともとFRBは「クーポンパス」(国債買い入れ=日銀のrinban)という手段を持っているが、一昨年来の金融危機でオペ体系が滅茶苦茶になる中でクーポンパスはどうなったかよくわからなくなった。今回の買い入れを考えるに当たり、これまでの経緯を超ざっくりまとめみた。記憶頼りなので、間違いあればご指摘を。
・危機前 普通にクーポンパスをやっていた。位置付けは日銀と同様(銀行券に合わせた長めの資金供給) ・危機発生からリーマンショックまで 流動性危機が勃発して潤沢な資金供給を開始。ところがFRBは日銀売手のような機動的吸収手段がないので、資産から国債を外すと同時に民間債務を受け入れて流動性を供給。国債は売り切りを伴いながら残高が縮小(この局面でクーポンパスは休止)。この間、FRBのB/S規模はほぼ一定。 ・リーマン後と今 上記の構図が続く中、MBS買い切りとか発表。B/Sは急膨張。そして国債買い入れを発表する。従来のクーポンパスと異なるのは、国債の買い入れ規模と期間(3000億ドルを半年で買う)が明示されたこと。ということは、従来の長めの供給というものではない。では、その目的は何か。 FOMCは「to help improve conditions in private credit markets」と位置付けている。直訳すると、民間クレジットマーケットの状況改善のため、である。このまま素直に受け止めて、改善メカニズムを考えると、国債を買う→金利が下がる、というルートであろうか。これと重なる面はあるが、民間が買うであろう国債をFRBが買い、買うものが乏しくなった民間は別なものを買わざるを得ない(ポートフォリオリバランス)というルートが考えられる。日銀のやった量的緩和と似たような効果を狙っているように見える。 まあ、みなさんもそうかもしれないが、財政のマネタイゼーションなのではないかと思う。ヘリコプターマネーですね。興味深いのは、そう言わずに国債買い入れをも民間クレジット改善のため、と位置付けていること(「質的緩和」の一環)。財政マネタイズと位置付けた場合、それがドル安を誘発することを恐れているのだろうか。FRBの対応については、為替相場が一番素直に反応したように思われる。じゃぶじゃぶ→ドル安。教科書的には、財政マネタイズ→リフレ政策で有効→長期金利は上昇、となるのだが、とりあえずは金利は低下。リフレ政策の効果を消化する前に需給ひっ迫が響いた格好である。 おまけ クルーグマン教授は引き続き金融政策への言及はなく、改めて金融システム対策への失望を表明(Despair over financial policy)している。これはガイトナー長官が近く公表する対策が国有化による抜本処理ではなく相変わらずゾンビ銀行を生かしたままの措置になるため。「日本よりうまくやりたいが、そうできる自信がない」というモードが続いている。 金融危機に正面から立ち向かえ、としぶとく主張するクルーグマン教授であるが、案の定というか「あなたに財務長官になって欲しい」という替え歌がCalculatedRiskに登場していた。"Hey Paul Krugman"というタイトルなのだが、これ、なかなか良いです。ご視聴を。
しかし、マスコミのrinban人気は凄いですね。総裁会見は次から次に質問が続き、政策変更よりも注目度が高かったですよ。これを政策にしたら、マスコミはゼィゼィ、ハァハァ、目の色も変わるんじゃないかと思った(苦笑)。まあ、冗談です。それにしても、白川総裁はパーフェクトなテクニカル答弁でした。この手の調節テック系の話になると、白川総裁はサイボーグのようになりますね。まあ、rinban狂想曲は10年ぐらい前からそうなので、今後もそうなんでしょう。マーケットは先物がびくっと動いた程度でしょうか。クールな反応でしたね。
食事中の方には申し訳ないが、とりあえずの解説。rinbanの位置付けは何度も取り上げたので、繰り返しません。既にご案内のように日銀国債ポートは比較的デュレーションが短くて、ゲリラー状態にあるんだが、今年に入って始めたゾーンニングでもあんまりゲリラー状態に変化がなかった。ゾーンニング、つまりゴミ銘柄の分別で恐れていたのは、燃えにくいゴミ(長いのや変な物など消化しにくいやつ)を枠一杯食わされて便秘化することだったが、これまでのところそうでもない。じゃあrinban目一杯食ってみっかと4000億円増やした。ゲリラー症状のままの増額です。とりあえず。目一杯食うのは打ち止め感を出したかったんじゃないですかね。 これまで食う量、出る量ほぼ拮抗だったが、これからは徐々に「食う」のが上回ってゴミ銘柄の詰まった国債ポートが銀行券残高の上限に向かっていくことになる。その間、食った物の消化期間が長くなるのか、短くなるのかはよく分からない。消化の早い短い物を食わされる量が減り、長いもの、変な物の比率が高いと、「ストッパ」みたいな効果がちょびっとずつ働く。ゲリラー症状がわずかに改善していくわけだ。まあ、どうなろうがどっちでも良い。そもそも保有国債の乗り換えルールを変えてゲリラーになったのは日銀自身ですから…。 これから先は妄想。ゲリラー日銀にとっての究極の「ストッパ」を考えてみた。これは国債引き受けしかない。長いものを生で食う。理論上、30兆円食えばゲリラーはほぼ解消である。ただ、問題は吐き戻しのリスクがあること。吐く必要はないんじゃないかとテクニカルには考えているんだが、まあ私は当事者じゃないので、日銀が吐き気を覚えるかもしれないでしょ。で、本当に吐かれたら困るので、これはMOFがゲロ袋を用意した方がいいかもしれない。日銀保有国債の途中償還に備えた準備金とか。銀行券76兆円が恒久的だとすると、まず30兆円引き受け、その後償還きた国債を新発に乗り換えていくと、rinban消えます。メデタシ、メデタシだ。そうなると、調節はとても楽になるよね。 そうか、金融市場局がオペの究極の円滑化のために技術的国債引き受けを提案すればいいんじゃないか。執行部提案で十分にいけるんじゃないだろうか。今度聞いてみよう。 念のため 私は幸いにしてストッパ系の薬を愛用する体質ではありません。適当に検索して見つけたのだが、これ、有名なんですか?
まあ、本件は先の銀行保有株買い取りの再開と絡めてある種の傾向と対策めいたものがあるのだが、これはもっぱらナカの人向けのものであります。じゃあ、どうしましょうか、ということになるのだが、この点については「…みたいな。さん」のこの「タッタタラリラ」のエントリーがある意味でいい感じで表しているんじゃないかと思った。ある種のポンポコリンかもしれない。
だって変ですからね、二日にわたる決定会合のど真ん中に通常会合を入れ込むというのは。スケジューリングについては日銀マンというのは詰めまくる人種なので、最初から日程関係でバカっぽいことはしない。ということは意図せざるポンポコリンがあったことを強く示唆する。 マーケットの反応としては、「おたくなばくちうちさん」の「えげつないなあ」が見事にツボの一つを打ち抜いておりました。この感想に禿同なのは実はナカの人だったりする。ばくちうちさんの感想がマーケットの大勢として広がれば、いろいろなことが洗練されていくことになると思う。大変に勇気付けられるエントリーでありました。この場を借りて御礼申し上げます。 で、一連の流れで個人的に非常に注目しているのは、なんと言っても日経新聞に登場していた「複数の幹部」でありましょう。日本語というのは便利なもので、「幹部」という表記は単数か複数かを区別しない。この「複数」は職業的には非常に意味深であるなあ、とナカのことを案じながら思った。目先の個人的な取材上の関心事項であります。 ちなみに「劣後ローン」は43条でしょう。38条だと要請を受ける必要がありますから。この条項についてはこちらを参照のこと。超法規領域へのポンポコリンがちょっと広がりつつある感じでしょうか。軽いですけど、今のところ。劣後ローンの効果はまあTier2ですからね…。 そういえば、総裁は「バブル崩壊後の対処で新たなバブルを招いた問題意識がある。何事も行き過ぎてはいけない」と言っていた。総裁、CPバブッちゃいましたよ(苦笑)。バブリー状況については、ばくちうちさんも取り上げていたドラめもんさんが詳しい(17日分とか)。
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