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特集ワイド:花日和に「テポドン」 将軍様、捨て身演出?

 その時、首都・東京は春らんまん、のんびり花見客であふれていた。5日、北朝鮮が「人工衛星」と称して弾道ミサイルを発射した。予告を受け、日本列島各地に迎撃ミサイルが配備されるや、かの国は「報復する」と威嚇。すわ一大事、の危機ムードすらあったが……。【鈴木琢磨】

 イカ焼きのにおいが漂っている。「花より団子だよ」。売り子の声も響く。満開の桜に誘われて、靖国神社の境内はごったがえしていた。にわか居酒屋が建ち並び、シートを広げては、あちこちでうたげが盛り上がっている。午前11時33分、政府が「北朝鮮から飛翔(ひしょう)体発射」と発表しても気づくふうはない。顔を赤らめていた40代の会社員グループに伝えると、おもむろに携帯電話でチェックした。「また誤報じゃないの」。「靖国狙うはずないから」。あっけらかんとして缶ビールを飲んだ。

 ■

 打ち上げXデーが近づくにつれ、ぶっそうな言葉が飛び交った。極めつきは2日の朝鮮人民軍総参謀部の「重大報道」。朝鮮中央テレビの女性アナウンサーは怒りを込めた声で言い放った。「われわれの平和的な人工衛星発射準備について最もたち悪く騒いでいるのが、わが人民の百年の宿敵、日本反動どもだ。……日本が分別をなくし、迎撃行為を敢行すれば、わが人民軍隊は容赦なく、すでに展開されている迎撃手段のみならず、重要対象にも断固たる報復の銃火をあびせるだろう」

 この報道のあった夜、防衛省にある陸上自衛隊市ケ谷駐屯地に足を運んでみた。有刺鉄線に囲まれたグラウンドに地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)の発射装置2基が、北西の空を向いていた。東京のど真ん中にカーキ色した不気味な兵器。一瞬、ここはイラクか、と目を疑った。だが、よく見ると、そのグラウンドを隊員がジョギングしている。いつものトレーニング? おどろおどろしい平壌の「重大報道」との落差に力が抜けた。

 再び靖国神社。目と鼻の先に市ケ谷駐屯地はある。コンビニ弁当持参の20代のグループに聞いた。そばに迎撃ミサイルが配備されているけど? 「すげえ。撃ち落とすところ見てみたかった。そんなことあるわけないか」。発射予告初日の4日に境内をのぞいた時は「靖国神社の桜の下で『同期の桜』を歌う会」が開かれていた。羽織はかま姿のお嬢さんコーラスによる軍歌メドレー。♪行くぞ日の丸日本の艦(ふね)だ 海の男の艦隊勤務 月月火水木金金……。海軍帽の「老兵」たちが口ずさんでいる。いや、北のミサイルに備えていま、日本海、太平洋にイージス艦が展開中だと思ったら、複雑な気がした。

 それにしても、日本政府は冷静さを欠いていなかったか? 浜田靖一防衛相は3月27日、早々とミサイル防衛(MD)による初の「破壊措置命令」を発令。PAC3を積んだ車両がものものしい雰囲気の中、走行する姿をメディアに公開した。そして発言は感情をあらわにした。「人工衛星であれ、ミサイルであれ、わが国の領土の上を飛んでいくのは極めて不愉快だ」。かと思えば、政府高官には緊張感のカケラもない。「撃っても当たるわけがない」。「見えたら、ファー(ゴルフで打球の飛ぶ方向にいるプレーヤーらに警告する掛け声)って言うのにな」。国民はただただあきれるしかなかった。

 語るのは民主党参院議員で「次の内閣」防衛相の浅尾慶一郎さん。「私が大臣だったら、破壊措置命令は公表しなかった。自衛隊法82条2の3項では公表の必要性がないですから。PAC3の配備そのものには反対ではありませんが、ことさらに映像を撮らせ、PRしたりするのは、いかがなものか。麻生太郎内閣の支持率アップにつなげたかったのでは? そうとられても仕方ないでしょう」

 ■

 さて、人工衛星なのか、弾道ミサイルなのか--。あくまで平壌は人工衛星だと主張しているが、ここに1998年8月31日に発射されたテポドン1号をめぐる舞台裏を描いた平壌の小説「銃身」(文学芸術出版社、03年)がある。筆者は軍人作家のパク・ユン。朝鮮人民軍最高司令官である金正日総書記と、軍の作戦指揮部のユ・ジンソン大将がこんな会話をしている。

 <「同志たちが以前、国防委員会に提議していた人工衛星を打ち上げたらどうなんだ? 準備はできているか? どれが打ち上げられる?」「計画ではX号かXX号を発射するようになっています」「X号だ! それを打ち上げたら世界はとんでもなく騒乱するだろうな。われわれの人工衛星発射は平和目的だが、世界の軍事専門家たちの見地に立てば、大陸間弾道ミサイル試射と変わらない。ひょっとしたら、世界の一流級工業国家をべらぼうな財力を消耗する競争へ追い立てられるぞ。米帝国主義者たちはどれだけ大騒ぎするだろうか!」>

 将軍さまの高笑いが聞こえてくる。人工衛星が弾道ミサイルと受け止められるとはっきり認識している。しかも世界を「消耗戦」へ導けると計算までしていたというから驚く。なぜ、食糧難にあえぐ国が軍事力増強に躍起になるのか? 金総書記は語る。<敵はわれわれが人工衛星を打ち上げるのに何億ドルも使ったというが、それは事実だ。私はそれを人民生活のほうに振り向けられたら、どんなにいいだろうかと思った。私は人民がちゃんと食べられず、他国のようにいい生活ができないのを知りながら、国家と民族の尊厳と運命を守り、明日の富強祖国のためにその部門に使うことを許可した>(「労働新聞」99年4月22日)

 つまり、体制維持のためだと言っているに等しい。

 「金正日の金正日による金正日のためのテポドン」

 ある韓国情報関係者はそう表現しつつ、今回のミサイル発射について分析した。「たとえ人工衛星だとしても、オバマ米大統領へのゆがんだラブコールでしょう。体制を保証しろ、そう切実に訴えているんですよ。9日には平壌で最高人民会議が招集され、第3期金正日時代がスタートします。彼は健康不安を抱えてはいるものの、後継者問題に解決のメドが立ったとの祝砲の意味も含ませたはずです」

 すべては将軍様の捨て身の演出、思惑通りにも見える。なぜ5日の発射だったのか? ある情報関係者は言った。「彼は9の数字にこだわる。誕生日の2月16日、数字を足せば9。4月5日も足せば9。縁起をかついだのでは」。靖国神社の売店に並んでいた「太郎ちゃんまんじゅう」。包装紙にあしらわれた麻生太郎首相のイラストの吹き出しには、こうあった。<日本を明るく強くするぜ!>。花見のうたげは夜まで続いた。

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毎日新聞 2009年4月6日 東京夕刊

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