北朝鮮が「人工衛星」と称したミサイルは、「2段目以降が太平洋に着水」(米軍)し、人工衛星打ち上げとしては失敗に終わった。だが、ミサイルとしては、98年に日本を飛び越し太平洋に着水した「テポドン1号」に比べ、飛躍的に飛距離が伸びた。さらに、1段目のブースター切り離しに成功、予告通りの方向に打ち上げた技術力に、防衛省内では衝撃が広がった。北朝鮮が米国に届くミサイル保有を目指す意図が明確化したことで、今後の日米両国の安全保障政策に大きな影響を与えそうだ。【本多健、松尾良、仙石恭】
防衛省によると、今回の飛行コースは、98年のテポドン1号とほぼ同じだが、やや南寄りだった。このコースは、北朝鮮からみて人工衛星を発射するのに適した東向きのコースであることに加え、ハワイなど米国に向かう方角だ。米本土に届く長距離弾道ミサイルの開発を警戒する米政府を刺激するのは間違いない。
米軍は06年6月、1カ月後に迫ったテポドン2号の発射(結果は失敗)に備え、最新型の「Xバンドレーダー」を、日本海に近い航空自衛隊車力分屯基地(青森県つがる市)に配備、ミサイル追尾を試みた。今回も、同レーダーのほか、日本海と太平洋にイージス艦5隻を配備、弾道ミサイル偵察機「コブラボール」2機を投入、北朝鮮ミサイルの性能を把握するためのデータ収集を急いだ。
第1段ブースターとみられる日本海側の落下物は、テポドン1号が北朝鮮の発射基地から約180キロだったのに対し、今回は日本から280キロの地点まで飛距離が伸びた。
また、前回は部品と第2段ブースターが日本を飛び越し、日本から80キロと540キロの太平洋に着水したが、今回は、1270キロの地点に着水したと見られる。
自衛隊は、日本を飛び越したミサイルを追尾するため、太平洋にイージス艦「きりしま」を配置した。だが、日本の領土防衛を優先したため、日本から2100キロ(発射基地からは約4000キロ)以遠の軌道は探知ができなかった。
最終的に弾頭部分が、北朝鮮の発表通り、人工衛星になったかどうかは、今後、詳細な分析が必要となる。米軍は5日夕、人工衛星は放出されず、第2段も含めた部分が太平洋に着水したと発表したが、日本政府は「精査には数日かかる」(高官)としている。
自衛隊幹部は「3年前、発射直後に失敗したテポドン2号の改造型とすれば、今回は一定の成果をあげたと言える。大陸間弾道弾(ICBM)の開発を目指す北朝鮮にとって、自信につながるのは間違いない」と指摘、北朝鮮のミサイル開発能力が向上したと分析している。
ただ、今回の実験で、北朝鮮の弾道ミサイル技術が確立されたかどうかは疑問が残る。
一般に、ICBMのような長距離ミサイルほど、到達する高度も高くなる。このため、大気圏への再突入の際の速度が上がり高温の摩擦熱が生じ、熱から弾頭部分を保護する高度の技術開発が必要となるためだ。
今回のミサイル発射で日本政府は、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦2隻と、国内5カ所に配備した地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)でミサイル防衛(MD)体制を取った。ミサイルやその部品が落下してくる「万が一の可能性」に備えた。だがミサイルは日本の領空を越えて飛行したため日本への脅威はなく、発動には及ばなかった。
午前11時半ごろに米軍の早期警戒衛星が認知した発射情報が31分に防衛省へ伝達され、日本海や太平洋上のイージス艦、地上の弾道ミサイル警戒管制レーダー「FPS5」などが追尾を開始した。
得られた情報をもとにミサイルの軌道が計算され、数分後には日本への脅威はないとして「MDは発動しない」と決定された。発射から約10分後には、ミサイルは「日本上空を通過する」と緊急情報システム「エムネット」で広報した。
「発動せず」の判断について防衛省幹部は「軌道計算の時点で、ミサイル本体の高度がSM3の射程(300キロ以下)より高い可能性が強く、日本を飛び越えるのが確実になった」と説明した。落下予想地点も日本の領域外だった。
ミサイルの飛行経路は、秋田県と岩手県の二つの演習場に配備されたPAC3の射程(半径約20キロ)外だった。
弾道ミサイルと人工衛星打ち上げロケットの基本的な構造は同じであり、今回の落下がミサイル実験か、衛星を打ち上げようとして失敗したのかは現時点では分からない。
宇宙開発に詳しいノンフィクション作家の松浦晋也さんは「衛星であってもミサイルとしてのデータは手に入るうえ、外交上の問題も少ない」と指摘、北朝鮮の狙いは衛星打ち上げだったと見る。
衛星を地球周回軌道に投入するためには、ロケットから切り離された段階で、秒速7~8キロ以上の速度に達していることが必要になるほか、目標の軌道に投入するには、ロケットの切り離しや衛星の分離など制御技術も不可欠となる。松浦さんは「速度が足りなかったことは間違いない。第2段ブースターと搭載物が分離したかどうかも不明であり、制御技術も未熟だった」と失敗の原因を説明する。
北朝鮮の事前通告によると、人工衛星の切り離しの時点で、飛翔(ひしょう)体は北朝鮮本土から見て地平線の下に隠れてしまう。切り離し命令を飛翔体に伝えるには、太平洋上に電波送受信設備を備えた船が必要だが、そのような形跡はなく、十分な管制は難しいといえる。
松浦さんは「衛星打ち上げは複雑なシステムだ。北朝鮮の技術は旧ソ連のスカッドミサイルなど個々の完成された技術を組み合わせただけに過ぎず、新たなシステムとして機能させることができなかったのではないか」と分析している。
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■ことば
北朝鮮の長距離弾道ミサイル。98年8月の発射実験で日本列島を飛び越え三陸沖に落下したのは射程1500キロ以上の1号。06年7月には射程3500~6000キロで、米国のアラスカ州まで到達する2号を発射した。2号は液体燃料を使った2段式ミサイルで、1段目に新型ブースター、2段目に射程約1300キロの中距離弾道ミサイル「ノドン」を使用しているとみられる。今回発射したのは、2号の改良型で、3段式との見方がある。射程も8000キロ以上に延びたとされ、米アラスカ州全域やハワイ、西海岸の一部が射程圏に含まれる。
毎日新聞 2009年4月6日 東京朝刊