おくりびと効果/地道にロケ地の観光戦略を
さすがに、米国のアカデミー賞の権威はすごい。
普段、映画をあまり見ない人でも知っているし、受賞のニュースは新聞やテレビで大きく取り上げられる。一夜にして、その宣伝効果は何億円、何十億円にも匹敵するだろう。
庄内地方を中心に山形県内の各地でロケをした映画「おくりびと」が、アカデミー賞の外国語映画賞を受賞したことで、山形県に大勢の観光客を呼び込む効果を挙げている。
本木雅弘さんが演じた主人公が、納棺師として就職する「NKエージェント」の社屋として使われた旧日本料理屋の「小幡」(酒田市)は、最も人気のあるスポットらしい。
酒田市商工観光部の高橋清貴部長は「寒いこの時期としては珍しいほどの観光客が訪れている。休日には小幡の周辺から市街地の観光に回る人が多いようだ」と言い、「おくりびと効果」を実感している。
さらに、冒頭シーンの山居倉庫(酒田市)、主人公の幼なじみの母親が経営する銭湯「鶴乃湯」(鶴岡市)や納棺の場面が撮影された三川町文化交流館などのロケ地が、観光客のお目当てのようだ。
映画撮影を支えたNPO法人「酒田ロケーションボックス」は、映画の完成に合わせて昨年、こうした撮影の名所を巡るロケ地マップを1万5000部印刷したが、とても足りない。
アカデミー賞受賞の後、全国の旅行代理店や地元の商店街、企業などから引き合いが殺到し、増刷を繰り返した。既に11万5000部に達する勢いだ。
当然、地元の自治体、観光関係者はこの好機を逃すまいと、観光客誘致に力を入れ始めた。バス会社がロケ地巡りツアーを商品化したほか、ホテルやタクシーなどの業界は従業員向けの研修会を開催するなど、官民挙げて盛り上がっている。
今回のような映画のヒットや、テレビの人気番組などをきっかけにした観光宣伝は過去にも全国各地であった。
そうした熱気を観光客誘致のエネルギーにしようという関係者の思いに水を差すつもりはないが、何から何まで一時のブームに依存するような商品の企画、観光地の売り込みは一考があっていい。熱しやすければ、冷めるのも早いのである。
庄内には美しい鳥海山、出羽三山や日本海に温泉、独特の文化と歴史、食の魅力がそろっている。この地域の宝を、まだ知らない人たちにじっくり伝えることが大切ではないか。
おくりびとの脚本を手掛けた放送作家の小山薫堂さんは先日、山形市内であった特別上映会の席上、山形県への感謝の気持ちを伝えた後、「おくりびとに便乗した観光だけはやめた方がいい。早くおくりびとを忘れてほしい」と付け加えた。
不安を抱えながら脚本を書いていた日々、小山さんはインターネットで「おくりびと」と打ち込み、検索していたことを打ち明けた。当時、一件もなかったのに、最近は数千万件もヒットしたという。ブームという怪物の正体、怖さもそこにある。