議院内閣制

 

 

議院内閣制

日本の議院内閣制

内閣の総辞職

政権の交代

 

 

☆議院内閣制☆

 

 議院内閣制Parliamentary Cabinet System)は歴史的には,1694年にイギリスにおいてホイッタ党単独の政党内閣成立を契機に確立され,1721年から約20年間続いたウォルポール内閣が進展させたシステムのことをいい、それは以下の特色を有する。

1.行政権の担当者は,合議体である内閣である。

2.内閣の首班(総理大臣)は多数党の党首(多党制の連立内閣では,多数派の代表)である。

3.2院制の場合は下院の信任の上に立脚する。

4.内閣が議会に対して連帯して責任を負い、議会の信任を失った内閣は総辞職しなければならない(連帯責任=責任内閣制)

5.内閣の構成員である大臣(閣僚)は原則として議会の議員でなければならず,また内閣の意思は閣議の全会一致で決められる。それゆえ閣内に不統一が起これば,内閣は総辞職する。

 この議院内閣制は、イギリス連邦系諸国や西ヨーローパの多くの国で採用されており,日本国憲法下の内閣も,ほぼ,この制度になっている。

議院内閣制においては,制度的には、主権者の代表である議会が行政権を監視し,内閣が国民の信託に違反した場合にはその責任を追及することができるから,責任政治が保障されるといわれる。だが、実際の政治の場面は、議会の多数党(与党)が選出した自党の内閣の責任を追及し、また内閣や閣僚の不信任を議決することは、与党内の権力闘争でもない限りあり得ないので、それは建前に過ぎないこととなる。

議院内閣制にあっては、議会の多数党によって内閣が組織されるから必然的結果として、立法府と行政府の間が緊密になる(一体化し、癒着関係が成立する)。それゆえ,厳格な三権分立体制の成立は不可能で、事実上「二権分立」とならざるを得ない。否、最高裁判官が時の内閣によって選ばれることから、二権分立もはなはだあやしい状態になる。当然、権力相互の「抑制と均衡の関係(チェック・アンド・バランス)」は緩やか(形式的)となり、事実上形骸化する危険性を有している。

その結果,内閣提出法案は簡単に議会を通過し、成立することになる。それは議会の空洞化(議会での議論は単なる通過儀礼過ぎなくなる)及び多数党の横暴という事態を招くことになる。その意味で、総選挙による政権交替のもつ意義は極めて大きなものとなってくるが、日本のように長年政権交代が起きないときには、政権内の腐敗が構造的になり、政治(政党)不信が深刻な事態となる。

 

 

日本の議院内閣制☆

 

議院内閣制とは,内閣(政府)の存立が議会(ことに下院=衆議院)の信任を必須要件としている制度で,下院における多数党によって内閣を組織し,内閣は議会に対し連帯して責任を負う制度。イギリスで生まれた政治(統治)システムであり,日本国憲法もこれを採用している。

日本では「国権の最高機関」である国会により指名された内閣総理大臣(首相)をトップに,内閣総理大臣に任命された国務大臣で組織される内閣が,連帯して国会に青任を負うことになっている。そのため日本の制度は,形の上では国会(議会)優位の議院内閣制となっている。

憲法が明文化している議院内閣制は

1.内閣総理大臣は国会議員の中から国会によって指名(第67条)

2.国務大臣の過半数は国会議員でなければならない(68条)

3.内閣は国会に対して連帯責任を負う(第66条)

4.内閣は衆議院の信任が必要(第69・70・71条)

5.内閣は国民の審判が必要と判断したとき衆議院を解散できる(第7条3項)

 等である。

 

日本の議院内閣制

 

ところで内閣は、行政機関の中で最高にして最終の権限を持ち,国会に対して責任を負う機関で,行政組織の頂点に位置しているが,膨大な行政事務を自ら処理するのではなく,各省などを設けて行政事務を管理・執行させる仕組みを採用している。

明治憲法下の内閣は天皇を輔弼(ほひつ=天皇の政治〔統治権の行使〕をたすける〔助言する〕こと)するものであり,天皇に対して責任を取る制度であったため,軍部との衝突等で政治に行き詰まると首相から総辞職する例が多く見られた。

 しかし,現行憲法下の総理大臣は内閣の首長として幅広い権限,特に国務大臣の任免権は,閣議にかける必要がないことから,形の上での首相は,ワンマン的性格をもっている。

 

新旧憲法の内閣制度の比較

比較項目

日本国憲法

大日本帝国憲法

憲法上の規定

憲法第5章に規定を設け,内閣は最高法規の憲法に基づく。内閣法も制定され,内閣制度が確立

憲法に内閣の規定はなく,内閣は勅令である内閣官制に基づく

内閣の地位

 

内閣は行政権を担当する最高機関で,すべての行政機関を統制。行政権の行使については,国会に対して連帯責任を負う

国務大臣は,それぞれ天皇を補弼(ほひつ)し,天皇に対し責任を負った。枢密院(すうみついん)や軍部の圧力で内閣の地位は不安定

内閣総理大臣

 

国会議員の中から国会が指名し,天皇が任命。内閣の首長として国務大臣の任免権をもつ

天皇の官吏として,大臣はすべて天皇が任命。内閣総理大臣は他の国務大臣と対等で同輩中の首席

閣内の統制

 

全会一致の原則であるが,総理大臣は国務大臣を任意に罷免できるので,閣内不統一の総辞職はない

閣議全員一致の原則の下,1人の軍務大臣の反対で,内閣不一致による総辞職となることがあった

 

 

☆内閣の総辞職☆

 

総辞職とは,内閣を組織する内閣総理大臣と国務大臣が,すべて同時にその地位を去ることである。

 憲法は,内閣が必ず総辞職すべき場合として 

1.衆議院で不信任の決議案を可決し.または,信任の決議案を否決したときは,10日以内に衆議院が解散されない限り.総辞職しなければならない(憲69条)。

 2.内閣総理大臣が欠けたとき,総辞職しなければならない(憲70条)。

 3.衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったとき,総辞職しなければならない(憲70条)。

 と定めているが,そのほかにも,内閣は外交・財政政策などの重要政策や内閣提出の重要法案が否決もしくは大修正を加えられ,または,主要閣僚の不信任が成立した場合に,あるいは政権政党の内部抗争でも,総辞職する場合がある。

内閣が総辞職すると,その旨が国会へ通知され(国会法64条),国会は.すべての案件に先だって後任の内閣総理大臣の指名をすることになっている(憲67条1項)。これを「政権の交替」という。

 

 

政権の交代

 

しかし,本来の政権交替は与野党間で行われるものであるが,日本の場合,55年政治体制の下で,自民党という同一政党内の派閥による政権交替が長く続いた。これを擬似政権交替というが,議会制民主主義が本来予想した政権交替とはいえない。

内閣が総辞職しても,新たに後任の総理大臣が任命されるまでは,行政権の行使を確保するために旧内閣が「事務管理内閣」として引き続きその職務を行うことになっている(憲71条)。

 かつて,片山内閣と第2次吉田内閣のときに,首相任命後,国務大臣任命まで数日間の空白期間があった。その間,首相が他の大臣をすべて兼任する「ワンマン内閣」が存在したことがある。しかしこれは,内閣の合議体の機関としては妥当ではないので,以後,首相と国務大臣の任命は一体として,同じ日に行われている。

 

 

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