1日平均88人、交通事故死者の6倍もの人が自ら命を絶ち、10年で県庁所在都市が一つ消えた計算だ。空恐ろしくなる事態である。
警察庁によると、昨年の全国の自殺者は3万2249人を数えた。山一証券や北海道拓殖銀行が経営破綻(はたん)し、金融不安が広がった97年度決算の後の98年、自殺者は突然、前年より8000人も増え、以来11年連続して3万人台で高止まりしている。今年はすでに昨年を上回るハイペースだという。昨年秋以来の経済状況の悪化を考えると、さらなる増加に警戒を強めなければならない。
自殺は社会病理であり、個人の問題として片づけず、社会的要因を探って除去すべきだ。そのために交通事故死者が1万6000人を超した70年に交通安全対策基本法を制定、政府や地方自治体を挙げて対策に乗り出し、死者数を3分の1に減らしたのと同様の取り組みが求められる。本欄では、このように繰り返し主張してきた。
同調した国会は06年に自殺対策基本法を制定した。政府は内閣府に自殺総合対策会議を設置して関係機関が連携して防止を図る態勢を整え、硫化水素を使った自殺が続発した昨年10月には、インターネットの有害情報の削除支援などの対策を強化した。しかし、いまだ好転の兆しは見えぬ以上、対策は不十分と言わざるを得ない。
自殺は人生最大の決断であるはずなのに、自殺者の行動は不可解で、必ずしも確固たる決意や計画があるわけではない、といわれている。科学的にも解明が進んでおらず、自殺者の7割を男性が占め、自殺率でも上昇が目立つのに、女性はさほどではない理由なども不明だ。うつ病などの影響も指摘されるが、因果関係ははっきりしていない。
自殺を防止するためには、自殺者の行動を決定づける動機に迫り、隠されているはずの“危険信号”を察知することが先決だ。関係機関の多角的な研究に期待したいが、当面は有効と思われる施策を順次、取り入れたい。青色灯に言われるような抑止効果があるのなら、各所で試してみよう。遺族の悲しみ、苦しみの実態も広く伝えて抑止につなげたい。自殺率を大幅に低減させたフィンランドの成功例などにも学ばねばならぬ。失業者対策、介護支援、生活保護などを充実させるべきは言うまでもない。
昨年、全国の警察にはインターネット上の自殺予告についての通報が180件あり、警察官が急行して95人を思いとどまらせている。本当は死にたくない人がたくさんいるはずだ。救える命を結果的に見捨てることがないように、英知を結集して対策強化を図りたい。
毎日新聞 2009年4月4日 東京朝刊