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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>




「戦後補償」の亡霊にとりつかれた日本のサハリン支援(4)

産経新聞特集部次長 喜多由浩


至れり尽くせり

 日本の支援は現在も続いている。その内容は別項の通りだが、まさに至れり尽くせりといえるものだ。

 一時帰国(家族再会)は、「何らかの理由で韓国への永住帰国はできないが、韓国にいる家族・親族と会いたい」という人たちのために、サハリン・韓国の民間定期便を使って行われている。平成元年のスタート以降、希望者が一通り、一時帰国したため、数年後には二回目が、そして現在は三回目が実施されている。往復の渡航費、滞在費はすべて日本側の負担だ。逆に、韓国への永住帰国者がサハリンに残る家族・親族を訪問する「サハリン再訪問」も三年前から始まった。

 韓国への永住帰国者の住居から、たびたび行われる一時帰国の交通費、果ては療養院のヘルパー代まで、日本側が負担しているのだ。今年八月末には、サハリンの韓国人のために日本の費用で建てられる文化センターの起工式が行われた。総工費は約五億円。「サハリンの朝鮮民族の伝統保存のため」として、要望が出されていたものだが、センターにはホテルの機能やレストランも設けられるという。

 共同事業体への日本の拠出額はこれまでに約六十四億円に達している。だが、政府内に支援を見直す動きはないようだ。支援事業を行っている日赤国際救援課は、「『支援を見直した方がいい』という声は聞いていない。日本政府が人道的見地から始めた支援であり、『帰りたい』という人がいる以上、今後も続けていきたい」と話している。

「当事者はもういない」

 日本の支援については、もうひとつ大きな問題がある。支援の対象者が極めてあいまいになっていることだ。

 サハリンに渡った朝鮮民族には、大きく分けて三つのグループがある。(1)戦前の早い時期に、新天地での成功を夢見て渡り、そのまま住みついた(2)戦時に、企業の募集、官斡旋、徴用によって渡った(3)戦後、派遣労働者などとしてソ連や北朝鮮地域から渡ってきた−の三つだ。

 いうまでもなく、(1)、(2)、(3)のうち、日本政府がかかわっているのは(2)の一部だけである。当初、日本側には、「税金を使って支援を行う以上、対象者をはっきり区別すべきだ」という意見もあったが、結局はうやむやになった。共同事業体で設定している支援対象者の条件は、「一九四五(昭和二十)年八月十五日以前にサハリンに移住し、引き続き居住している者」というだけである。

 

 この条件なら、終戦までに誕生していれば、一歳でも二歳でも対象者に含まれることになる。実際、韓国へ永住帰国した人たちのなかには、「本当に祖国へ帰りたかった」一世だけでなく、当時、幼児だった子供たちが多く含まれている。彼らの多くはサハリンで結婚し、新たな家族が出来ていた。韓国には長年待っている家族など、ほとんどおらず、父祖の土地でしかない。その永住帰国まで日本が支援しなければならないのだろうか。

 一時帰国者の中にも、韓国に縁者がいない「無縁故者」が数多く含まれていたことが分かっている。数年前にサハリンを訪れた産経新聞記者は、ある韓国人から「私たちは戦前、毛皮の商売をするためにサハリンに来た。なぜ、日本が韓国へただで連れて行ってくれるのか」と不思議そうに尋ねられたという。支援の対象者が(1)、(2)、(3)のどのグループに所属するのかは問われないのだ。しかも、昨年からは、「終戦前サハリンへ渡り、残留を余儀なくされ、終戦後、ロシア本土などに渡った韓国人」にも支援の対象が拡大されることになった。こうした複雑な経歴を、だれが、どうやってチェックしているのだろうか。

 また、六十歳以上の一時帰国者については、付き添い一人が認められている。このため、かなり前から、本来の家族再会の趣旨は隅っこに押しやられ、付き添いの二世、三世が主体となった韓国への“買い物ツアー化”が指摘されている。新井佐和子氏は平成七年にサハリンへ行ったとき、八十歳を超える一世の老人から、「一度一時帰国したので、もう十分なのだが、子供たちが韓国へ行きたがるので二度目の申請をした」といわれた。「飛行機の座席の権利を数百ドルで売る人がいる」といった話も聞いたという。運賃がかからないため、「一回、韓国へ行き、買いこんだ商品を(サハリンで)売ればいい商売になる」という人もいる。それなのに、支援の対象者を選ぶのは韓国やサハリン側に任されており、日本側はチェックする手段もない。

 間もなく戦後六十年になる。夫とともに長く帰還運動を続けてきた堀江和子さんは、「本当に祖国に帰りたかった一世たちはもうほとんど残っていない。支援は打ち切るべきだ」と訴えている。実際、現在、支援を求めているのは二世や三世が主なのだ。

 サハリン残留韓国人への日本の支援に対して、ある官僚が「元々、それほど大きな予算ではない」と漏らしたことがある。“大きな額ではない”予算を出し惜しみして韓国などから、反発を招くのを心配しているのか、それとも、一度獲得した予算を手放すのが嫌なのか…。六十四億円はもちろん、小さな額などではない。そして何よりも、「理由のない支援」を許していいのか。

 サハリン残留韓国人問題について、「日本の責任はゼロだった」というつもりはない。本当に支援が必要だった一世たちへの「人道支援」まで否定しているわけでもない。だが、「すべて日本が悪い」などと“あしざまにののしられた”あげく、日本とほとんど関係のない人たちが支援を受けるのでは、国民も納得しないだろう。

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 【略歴】喜多由浩氏 昭和三十五(一九六〇)年大阪府出身。立命館大学産業社会学部卒。五十九年、大阪新聞社入社、その後、僚紙・産経新聞に転じ、社会部で運輸省(当時)、国会、警視庁などを担当。ソウル支局、横浜総局次長などを経て平成十二年、社会部次長、十五年から現職。現在の主な関心分野は朝鮮半島情勢、旧満州など。著書に『満州唱歌よ、もう一度』(扶桑社)。

 「正論」平成17年1月号 論文





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