 |
|
 |
|
「すごい反響の商品があるんです! 一度見に来られませんか?」
丸紅ソリューションからの電話であった。
「その商品のページに1日になんと2,500人も訪れたんですよ。もちろん当社の新記録です」
と興奮気味に語る広報担当者。
「『ビュー』じゃなくて『人』ですか?」
「『人』です」
訊けば、映像が立体に見える装置という。
「世界初なんです」
「世界初!?」
なんか誘惑されちゃうな、その三文字。
「いつものことですが、提灯記事は書きませんよ。いいですね」
「ハイ、わかってます」と殊勝な返事をする担当者。
ということで、またカマすことになったのである。 |
自社展示ルームにも入らない巨大さ
|
『なんでここなのか?』
指定された場所はなんとも奇妙であった。大手運送会社。その倉庫にその「世界初」とかいう装置が置いてあるのだという。
「大きすぎて当社の展示ルームにも入らないんです。だから現在は、一時的に運送会社に倉庫を借りています。」
「立体に見える装置」というから、てっきりテレビ用のディスプレイかなんかと思っていたが、どうもとんでもないスケールのもののようだ。
中に案内される。「これです」
建物の3階、テニスコート2面分くらいのだだっ広い空間の片隅に、物置をさらに大きくしたような四角い黒い物体が置かれている。下半分は黒い色をしているが、上半分はなぜか中空になっており、向こう側が透けて見える。『え、これがモノを立体的に見せる装置?』と思った瞬間、上部の中空にかげろうのように何かが浮き上がった。見れば時計のような形をしたCG画像である。それがクルクルと回り出したのである。
「どうです、立体に見えるでしょう?」
「う~ん、確かに」
「これがこのたび当社が発売を開始した『キオプティクス360エックスエル』です。長いので『キオプティクス』と呼んでください」
大河原尚隆氏と伊藤誠浩氏。このキオプティクスという商品の営業担当者だそうだ。それにしてもずい分とまたデカい。
「幅3m×奥行き3mで、高さは3.3mあります。これはまだ小さいほうで、幅10m×奥行き10mというのもラインナップにはあるんです」
なんでも、もともとはデンマークのviZooという映像技術会社が基本的な技術を開発したが、同じデンマークにある石油プラントやオペラハウスなどを作っているRamboll社という会社がviZooの技術を応用して巨大化したのだという。
「2006年秋にRamboll社のWeb上で発表されたのですが、すぐにCGなど映像関係者の間では話題になりました。世界中からオファーが殺到したらしく、なかなかアポがとれませんでしたが、2007年の年明けすぐにようやくRamboll社から返事が来ました。すぐ訪問しました。Web上ではほとんど情報がなく、正直、最初は本当に立体映像なのか不安だったものの、実際に行って見たら確かに立体に見える。そこでさっそく契約することにしたのです」
「立体」「立体」と言うが、これまでも立体映像を見せる装置はあったではないか。テーマパークなんかでも立体映像を売りにしているアトラクションもある。にもかかわらず「世界初」と謳うのはなぜなのか? |
昔からあった…、けれど先進ハイテクな訳
|
「確かにこれまでも立体映像はありました。遊園地などのアトラクションでは恐竜の顔が観客の目の前に飛び出てくるものもあります。しかし、そうしたものは特殊な偏光メガネがないと立体には見えませんでした。でもこれは『裸眼』なのに立体に見えるんです。また、裸眼でも1面だけなら立体に見える装置はあったのですが、これは360°どこからでも見えて、死角もまったくない。商品の正式名称は『Cheoptics360XL』ですが、『360』の数字が入っているのもそのためなんです。つまり、裸眼で、それも360°見える装置が世界で初めてというわけです」
ほー。それにしても、これまで偏光メガネをかけてやっとこさ立体映像が見えていたにもかかわらず、それも要らず、なおかつ360°見えるようになったのはなぜなのか。
「仕組みそのものは実は決して難しくありません。4方向にガラスを逆ピラミッド型に配置し、そのガラス面に向かってプロジェクターで4方向に同じ画面を映し出す。すると、物理的にはガラスに映っている映像を見ているにもかかわらず、人の目にはまるでピラミッドの真ん中に映像が浮かび上がっているかのように見えるのです。日本ではいかにハイテクなものをつくるかという方向に進んでいましたが、これはある意味、コロンブスの卵のような技術といえるわけです」
仕組みを聞くと、考え方は四半世紀くらい前からあっても不思議ではない技術である。「意外とシンプルなんですね」と言うと、大河原氏と伊藤氏は電光石火にこう答えるのだった。
「確かに基本的な仕組みそのものはハイテクではありません。しかし、この商品はプロジェクターの進歩なしには語れないのです。プロジェクターは数年前に精度が格段に上がったのですが、その進歩があったからこそこの商品も可能になったのです。キオプティクスに使われているプロジェクターはホームシアターとはまったくレベルが違い業務用のものです。またプロジェクターの映像を映すガラスも特殊なものを使っており、これがあるからこそ、リアルな立体映像が可能なんです」
いずれにせよ「裸眼で」立体映像が見えるというのは確かにかなりのアドバンテージではある。テーマパークのような特殊な場所ならいざ知らず、人が頻繁に行き来するような駅や街でわざわざ偏光メガネを必要とするとなったら、煩わしさに誰も見ないだろう。
「もう1つ便利なのは、コンテンツをつくるのがとても楽なことです。偏光メガネを使う立体映像は立体錯視といって、偏光装置を利用して2重の映像を同時に流すことで立体に見せるのですが、それには専用のソフトウェアで映像データを処理する必要がありました。しかしキオプティクスはそうした処理はまったく必要ありません。コンテンツの制作は既存の映像機材で行うことができますし、立体視のための費用もさほどかかりません。」
なんでも記者の目の前にあるキオプティクスは世界で1号機だそうだ。
「最初に我々が見たのはベータ版で、正式版をずっと待っていたのですが、6月に『設計・製造ソリューション展(DMS)』を控えていたので、Ranboll社デモ用1号機だったものを急遽当社に回してもらったのです」
そのDMSで、キオプティクスは大ブレイクしたそうだ。 |
見学も順番待ちの超売れっ子
|
「新記録の連続でした。3日間の開催期間で名刺をもらった数は当社の新記録となり、新聞発表をした翌日にはWebの閲覧人数も当社の過去最高となりました。DMSで実物を見る機会のなかった方が実物を見たいと数多く申し込まれ、現在も順番を待ってもらっている状態です」
興奮気味に語る両氏。多かったのは広告関係、テレビ局、車や家電メーカー、またイベントで貸し出したいというレンタル会社などもあったという。
「当社が扱っている商品は製造業や研究機関などがメインで、知る人ぞ知る商品ばかりでした。しかしキオプティクスはだれが見てもわかりやすい商品なので、これまで当社がお付き合いしたことのない方々からオファーをいただきました」
用途としては、商品の広告、デザインのレビュー、さらに博物館やテーマパークなどでも期待できるという。
「駅や空港など人の往来が激しいところだとポスターだけではなかなか目立ちませんが、珍しい立体映像となれば否が応でも目を引き、高い広告効果が期待できます。実際、コペンハーゲン国際空港ではすでに導入が決まったと聞いています」
また博物館などではユニークな試みを提案したいと、すでに鼻息が荒い。
「例えば、博物館などでは考古学上価値のあるものはデジタイザなどでデータ化してストックしていると思いますが、それを2次元で出しても面白味はありません。そこでキオプティクスを使って、縄文土器ならCADで着色し、水を入れて流れ出る様子を流してみたりすることで、当時の人々の生活をリアルに再現するということもできます」
伊藤氏は“噴水アート好き”だそうで、噴水アートとキオプティクスを組み合わせ、CGや現実の照明やレーザー光線を使うことによって、新たな噴水アートができるのではないかと期待しているという。
まぁ、いろんな可能性があることがわかったが、猪突ライターとしては当然これで終わるわけにはいかない。実は取材中、あることが気になっていた。キオプティクスに立体映像が次々と流されているのだが、なんかふつうの映像と違うのである。
記者は、猪突した。 |
叶えてくれ、記者の夢
|
流れている映像、そこにはなぜか背景がないのである。
「例えば、立体感を感じさせる要因の1つに、人の経験則があります。ふつうのカメラで撮った2次元の映像から何かしらの奥行き感を感じるのも、この経験則が大きく作用していると言えます。 ところで、キオプティクス用のコンテンツを制作する際に1つ注意してほしいのを背景は入れないでほしいということです。背景が映って映像に『枠』ができてしまうと、背景の枠は遠近感がそぐわないため、背景を含む全面が平面映像として見えて(経験則から)しまうのです。」
となると、コンテンツを作る際にはある程度コツが必要というわけか。
「確かにその通りです。例えば、動きがない映像も立体に見えにくいのですが、CGでつくった三角錐などは静止していても立体に見えるんです。つまりキオプティクスには『立体に見えやすい法則』のようなものがいくつかあるんです」
その法則を知らないと、キオプティクスを購入するだけじゃ意味ないということではないか。
「そこで、キオプティクスを販売する際には当社から積極的にコンサルティングをしていきます。どうすれば立体的に見えるのか、どのようなコンテンツがふさわしいのかをどんどんアドバイスしていくつもりです。実は引き合いのあったお客様のうち半分はコンテンツ制作までお願いできないかという声をいただいており、映像会社とコラボレーションしてコンテンツづくりも視野に入れています。また現在、さまざまな業界の方々からアイデアをいただいており、ノウハウをどんどん蓄積してキオプティクスのよさを最大限発揮できる法則を日々構築している段階です」
もう1つ。最初キオプティクスを見たときに気になったのは四隅に黒い仕切り板があることだった。ないほうがすっきりするのではないのか。
「これは余計なものがガラスに映り込むのを防ぐために黒い仕切り板があるのです。しかし、博物館など薄暗い環境で使うことを前提とするなら、この黒い仕切り板もはずすことができます。また天井に吊るす形にすれば柱もいらなくなる。今あるキオプティクスはあくまでも形の1つであって、お客様のご要望や環境によっては形を変えることはできるんです、今仕切り版なしのデモも考えています。」
サイズは1.5m×1.5m、3m×3m、5m×5m、10m×10mの4つあり、10mのものは大きすぎて現実的には建物に組み込まれる形になるとのこと。価格は1.5mが2000万円、3mが4000万円、それ以上は要相談だそうだ。
2人に夢を聞いてみた。
「駅とか公共の場に入ったらうれしいですね」と大河原氏。「目立つところ、例えば渋谷の109や銀座の目抜き通りに何フロアがぶち抜きで入ったら最高です」と伊藤氏。まじめなコメントである。記者だったら、海外のお気に入りなセクシー系アーティストのコンサートを生中継してもらい、日本の会場で立体映像として超リアルに見られる、な~んてことを考えるのだが。
商品のあら探しを企んでいたが、いっそのこと、丸紅ソリューションに精進してもらい、記者の夢をぜひぜひ叶えて欲しいものである。 |