世界はどうやら「新冷戦」には至らなかったようだ。関係が冷えていた米露の大統領が会談し「冷戦思考を超えた新たな米露関係」を築くことで合意した。久しく停滞していた核軍縮交渉が再開の運びになったのは喜ばしい。北朝鮮がミサイル発射を準備する折、米露の大統領が「地域の平和と安定を損なう」と発射自制を求めたことも歓迎したい。
会談のキーワードは「リセット」だった。オバマ米大統領とメドベージェフ露大統領は、米国のブッシュ前政権下で「新冷戦」が懸念されるほど悪化した米露関係を元に戻し、前進させることで一致した。
まずは、今年12月に失効する第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継となる新たな核軍縮条約の交渉を直ちに始める。そして戦略核弾頭の数を、02年に米露が結んだモスクワ条約のレベル(1700~2200)より減らすという。現在の核弾頭の実戦配備数は米国が約4100発、ロシアが約5200発というから大幅な削減となる。
核兵器廃絶に前向きなオバマ大統領の本領発揮である。就任以来、経済危機への対応に奔走していたオバマ大統領は、得意分野の外交で大きな得点を挙げた。米露の核軍縮は核拡散防止条約(NPT)の精神にかない、北朝鮮やイランなどの核兵器保有を阻む国際的な機運につながる。米露は、核廃絶という究極の目標へ大きく踏み出してほしい。
今回の首脳会談で「反面教師」とされた格好のブッシュ政権も、当初は「核兵器の恐怖の均衡に基づく冷戦時代の発想」からの脱却を掲げていた。オバマ政権と同じ民主党のクリントン政権は、START1後のSTART2、3の交渉にかかわったものの、核軍縮で大きな成果を上げたとは言い難い。核兵器を実際に減らすのは簡単ではない。
ただ、クリントン政権下の米露関係は、ブッシュ政権下に比べて安定していた。ブッシュ政権はロシアなどの反対を押してイラク戦争を始め、70年代にソ連と結んだ弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から脱退してミサイル防衛(MD)の開発・配備に突き進んだ。北大西洋条約機構(NATO)の拡大に加え、東欧へのMD配備やコソボ独立支援、グルジアへの肩入れなどは、ことごとくロシアの神経を逆なでした。
そんな対立感情を超えて米露が懸案に対処するのは日本の利益にもつながるだろう。米露首脳は、アフガニスタン、イラン、北朝鮮など幅広い課題を挙げたが、核実験を行い長距離ミサイルを開発する北朝鮮は極めて現実的な脅威だ。世界の安定のために、米露が北朝鮮の核放棄に向けた連携を強めるよう期待する。
毎日新聞 2009年4月3日 東京朝刊