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米ロ関係―「リセット」の次を急げ

 「関係をリセットする時が来た」。ロシアのメドベージェフ大統領がこう宣言すれば、オバマ米大統領も「今後は関係が漂流することはない」と応える。「新冷戦」とまで言われた米ロ関係が、正常化へ向けて動き出した。

 米国の政権交代後、初めて顔を合わせた両大統領は、新たな核軍縮条約を年内に締結すること、オバマ大統領が7月にロシアを訪問することなどで合意した。

 ともに40歳代という若い指導者のもとで、両国関係を包む空気は一変したと言っていいだろう。

 ブッシュ前政権の末期、米ロ関係は冷え込んだ。ロシア軍のグルジアへの侵攻、米国が進めたポーランドとチェコへのミサイル防衛(MD)配備計画、北大西洋条約機構(NATO)のさらなる東方拡大の動き……。

 ロシアはここ数年の原油高で急速に経済力をつけ、それを背景に米国への対抗姿勢を強めた。米国もそんなロシアと折り合わず、米ロ対立は欧州や日本にとっても心配の種になっていた。

 これを反転させようと両指導者が合意したのは、良いスタートだ。米ロ関係の風向きが一変した背景には、世界経済の危機の深まりがある。両国にとって「共通の利益」の土俵は広がっていると見るべきだろう。

 この機会をうまく生かすべきだ。ムードだけのリセットに終わらせないよう、これから具体的な成果を積み上げていかねばならない。

 真っ先に取り組むべき課題は、会談で合意された核軍縮交渉である。米ロの第1次戦略核兵器削減条約(START1)が今年末で失効するからだ。それに代わる新条約では、保有する核弾頭の大幅削減をめざすという。

 この交渉を手始めに、中国や英仏なども巻き込む多国間の核軍縮の枠組みづくりにつなぐべきだ。核不拡散条約で、核兵器国は軍縮の義務を負っていることを忘れてはならない。

 「核のない世界」。オバマ氏が掲げたこの公約を実現させるために、米ロの真剣な努力が望まれる。

 両国間には懸案が山積している。

 たとえば、緊張が高まっているイランの核開発計画について、両首脳はイランに「国際社会の信頼を回復する必要がある」と迫った。だが、ロシアはイランの原発建設に協力しており、国連安保理での制裁決議には慎重だ。

 こうした溝を埋めていくには、ほかの懸案も含めて両国の粘り強い交渉と協力の機運づくりが欠かせまい。

 オバマ政権が打ち出したアフガニスタン新戦略でも、ロシアの協力が必要だ。ロシアも、中国や中央アジア諸国と連携してこの地域への関与を強めようとしている。双方の勢力争いにせず、アフガニスタン安定化に力を合わせる形にもっていきたい。

横浜事件―司法が背負う過ちの歴史

 昨年ブームになった小説「蟹工船」の作者、小林多喜二は1933年、特高警察の拷問で殺された。戦前の治安維持法のもとで、共産主義を広めたとして弾圧されたのだ。

 こうした言論弾圧の中でも最大とされるのが、戦争中の横浜事件だ。敗戦までの3年間に、雑誌編集者ら約60人が神奈川県警特高課に検挙された。

 総合雑誌の編集会議で、論文の掲載に賛成する。逮捕された評論家の家族を助けるためカンパをする。そんな行為が「犯罪」としてでっちあげられ、半数が有罪判決を受けた。4人は獄死した。元被告らは名誉を回復するためにこの23年間、再審裁判による無罪宣告を求めてきた。

 その第4次再審請求で横浜地裁は今週、「無罪」ではなく単に裁判を打ち切るという「免訴」を言い渡した。

 再審請求では3次で再審の扉が開いたが、最高裁は昨年、免訴の判断をした。治安維持法は戦後廃止され、元被告らは大赦を受けた。これは有罪判決当時の刑事訴訟法に照らし、免訴とすべき場合にあたるという解釈からだ。

 今回の判決もそれを受け継いだ。もはや再審による無罪判決は期待できないとみるしかない。元被告の遺族らは控訴せず、刑事補償手続きで、事実上の無罪を認めさせる道を探るという。

 元の有罪判決は敗戦直後の45年9月にあわただしく言い渡され、連合軍の進駐前に、裁判所関係者が記録を燃やしたとみられている。拷問にかかわった特高警察の幹部は戦後、有罪判決を受けた。しかし、当時の裁判官や検察官は責任を追及されなかった。

 「弁護人を含め司法関係者全員が職責にもとる行為の結果、ぬれぎぬを強いた事件だ。『被告人は無罪』という言葉で初めて犠牲者は救済され、司法の信頼も回復される」。再審公判でこう弁護人が訴えたのは当然だ。

 戦前の日本の裁判所は、政府のチェック機能を十分に果たしていなかったばかりか、軍国主義の弾圧から国民を守ることも放棄していた。

 この戦時司法の歴史を、いまの裁判所がきちんと総括し、教訓にする。それが正義というものだろう。

 4次請求の再審決定の中で、横浜地裁の大島隆明裁判長が、64年前の有罪判決を「ずさんな処理」と批判し、裁判記録の紛失についても「不都合な事実を隠そうとした可能性が強い」と指摘したのには、救われる思いがした。

 大島裁判長は判決でも、「免訴では名誉回復を望む遺族らの心情に反する」と理解を示した。裁判官の中にも、過去を直視する姿勢が芽生えたと信じたい。

 刑事補償の申請を受けたら、裁判所は早く決定を出すべきだ。その中で、冤罪と弾圧にかかわった過去への反省を国民に向けて明確にしてほしい。

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