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共働きは家計破綻のリスクが低いはずなのに。リストラや給料減に2人して戦々恐々。余裕がなくなると相手を思いやれずギスギス。家計どころか夫婦の破綻も招く。(AERA編集部・小林明子)
洗い終えた食器の山を押しのけながら、まな板を出す。ただでさえ時間に追われているのに狭いキッチンでは料理をする気も失せる。2軒目のマイホームが建つまでの仮住まいとはいえ、賃貸には二度と住みたくない。
アイコさん(32)が4年前に建てた家には長さ2・7メートルの人造大理石のカウンターがあり、食材をすべて並べて料理に取りかかれた。郊外に土地を買った分内装にこだわり、床材も窓も高ランクであつらえた。
何も不満はなかったのに、昨年末にふらりと入った不動産屋で、都心の土地に惚れ込んでしまった。ちょうど2人目を妊娠中。通勤時間は短いほうがいいし、1軒目のローンは完済していた。夫(35)と顔を見合わせた。
「また建てちゃおっか」
アイコさんと夫は別のIT企業に勤め、世帯年収は1500万円を超える。年2回は海外旅行を楽しみ、記念日ごとにダイヤモンドをもらっていた。贅沢をちょっと我慢すれば、都心のマイホームにも手が届く。
土地価格だけで3倍。建築費用を抑えるべきなのに、内装のランクを落とすのは躊躇した。雪だるま式に出費が膨らんで1000万円になっても、「2人ならまあ、何とかなる」と思えた。
「私の給料だけでも暮らしていけるんだから、夫の給料はすべて家に費やしたっていいのかも。いったん上げた生活レベルはなかなか下げられません」
●個計で全体把握できず
だが、顧客の業績悪化のあおりでIT業界も売り上げが伸びず、給料はここ数年上がっていない。産後数カ月で復職して早めにローンを返済したいが、引っ越しとともに2人の子どもの保育園を探さなければならない。昨年、認可保育所の待機児童が5年ぶりに増えたという。特に都心は待機児が多く、入園は簡単ではなさそうだ。
「不況で夫の年収が下がり、働き始める専業主婦が増えたからでしょうか。うちは共働きが前提でやってきたけど、今後はどうなるのやら」
サオリさん(39)は外資系金融に転職したとき、夫(43)より高くなった給料に目を見張った。世帯年収は1700万円。趣味のスキー旅行やテニスを楽しみ、5年前の出産直前には4LDKのマンションを購入した。
ふと気づくと、蒸発したかのようにお金がなくなっていた。マンションは共有名義にしてそれぞれローンを組んだ。育休中に月10万円近く返済するには、貯蓄を取り崩すしかなかった。片方が働けないだけで、ここまで家計が苦しくなるとは。いや、夫とは別々の財布の「個計」だから、家計全体の正確な数字も把握できていなかった。
連日のように午前様だった自動車部品メーカー勤務の夫は昨年から残業が禁止され、平日も強制的に週1日は休みに。残業代など確実に収入は減っているはずだが、「個計」なのでわからない。サオリさんも今年はボーナスが100万円減の見込み。部署ごと海外に丸投げするなど容赦ないリストラ計画も進む。
●暇になっても使えない
共働きは家計のリスク回避の一つの方法なはずなのに、この不況で油断していると「共倒れ」になる恐れがある。共働きコンサルタントの城木きよ子さんはこう指摘する。
「共働き夫婦は学歴やプライドが高く、住宅でも子どもの教育でもワンランク上を目指す傾向がある。2人分の稼ぎを前提に生活レベルを上げていると、自ら首を絞めかねません」
共働きの場合、食費を妻、光熱費を夫というように分担したり、共通口座に定額を出し合ったりするケースが多い。残金を各自で自由に使う方法だと、貯蓄もしづらい。
「戦友のような感覚で収入を隠し合う夫婦も少なくない。働く意欲のために自由な部分は必要ですが、お互いが家計全体を把握することは最低条件です」
不況の影響は家計だけに及ばない。仕事も家庭もギリギリで回してきた共働き夫婦のバランスまで崩し始めている。
前出のサオリさんは、高年収と引き換えに超多忙。月末になると終電でも帰れず、東北地方に住む母(67)に新幹線で来てもらい、長女(5)の世話と家事を1週間ほど任せている。仕事一辺倒だった夫が保育園に迎えに行くと娘が大泣きするから、暇になったのに頼れない。昨年9月のリーマン破綻後は決済や取引の処理に追われ、半月も家事を任せきりにしたら母まで疲れ切った。もう高齢なのだ。
「ここまで無理しても、切られるときは切られる。いろんな犠牲を強いてまで共働きを続ける意味を見失いそうです」
●共働きポートフォリオ
疲れ果て互いを思いやれなくなると、夫婦仲まで危なくなる。「せっかく熱々を作ったのに、なんで野菜炒めから食べないのよ!」。広告会社に勤めるカズキさん(27)は毎晩、妻(28)と喧嘩だ。会社が残業制限を始めてからというもの、昼休みもコンビニ弁当をつつきながらパソコンに向かい、「何時に帰る?」という妻のメールに返信する間も惜しんでフル稼働。10時過ぎにヘトヘトで帰宅すると妻は不機嫌で、これみよがしに掃除機をかけ始め、洗濯を手伝わされる。
「私だって働いてるんだからねっ!」
妻も別の広告会社に勤め、年収はほぼ同じ。8時に帰宅できる妻に家事の負担がかかるのは申し訳ないけど、こっちだって限界なのだ。早く昇進して給料を上げようと死ぬ気で働いても、広告は減らされる一方。
妻は仕事にやり甲斐を感じておらず、「働くのはお金のため」と言い切る。小言を聞かされるくらいなら専業主婦になってもらいたい。だが、手取りは2人で月40万円弱。子どもができて妻が休んだり辞めたりするなら、カズキさんの給料が1.5倍にならないと厳しいだろう。
「2人で一人前で“共働きワープア”。共倒れが先か、夫婦関係が破綻するのが先か……」
2005年の出生動向基本調査では、夫婦の出会いは「職場や仕事で」が約3割。妻が働くことを望む夫が増え、不況の余波で共働きは増える中で、ファイナンシャルプランナーの山崎俊輔さんは「共働きポートフォリオ」を提唱する。片方が仕事を辞めたり給料が下がったりしても、もう片方が稼ぎ続けられる組み合わせのことだ。
最もリスキーなのは「派遣切り」の危険にさらされる非正規雇用同士の結婚だが、自営業同士(同じ仕事)や正社員同士(同じ会社・同業種)も共倒れリスクが高い。比較的リスクを分散できるのは、正社員同士(異業種)か、正社員と自営業の夫婦だという。
「狙って結婚できるものでもないけど、転職などで業種を選ぶ機会があるなら気にしたほうがいい。経理や総務なら職種はそのままで異業種に転職する手もありますから」
●夫は二つ返事で海外へ
印刷会社に勤めるナオさん(39)の夫(41)は社内の同期だ。仕事の相談ができ、急な残業もお互い様。社内婚はいいことずくめだと思っていた。
ところが、出版不況が印刷現場を直撃。社内婚で産休に入る同僚が「こんなはずじゃなかった」とこぼしていた。印刷機械が回らなくなり、夫が自宅待機を言い渡されたという。
営業職だったナオさんも出産後は残業のない内勤に。業績悪化と時短勤務のダブルパンチで年収が激減した。夫は海外に単身赴任。2、3年の予定がズルズル延び、ナオさんはもう4年半も一人で子育てしている。3歳だった長男は小学生になった。
いったんは仕事を辞めて夫についていく覚悟をした。赴任先の治安や衛生面が気になり、2カ月迷った末、日本に残って一人で育てるほうを選んだ。後で上司から、夫は赴任を二つ返事で了承したと聞いた。
●いつ泣けばいいの?
夫の赴任後、長男の病気などで同僚に頭を下げる回数が増え、責任ある仕事はあえて請けず、後輩の尻拭いもする。派遣社員への転職まで考えたが、夫にはテレビ電話で気丈に振る舞った。相談しても、どうせとんちんかんな答えしか返ってこない。一度だけ泣いたとき、ものすごく困った顔をされた。じゃあ、私はいつ泣けばいいの? もう涙すら出ず、諦めの境地だ。
物理的にも精神的にもすれ違いがちな共働き夫婦。リスク回避はどうすればいいのか。
電話会議の最中に視界がぐるぐると回った。遠のく意識の中、震える指でダイヤルしたのは夫でも実家でもなく、長女(2)の保育園のママ友だった。
「お願い、迎えに行って……」
そのまま気を失った。外資系コンサルタント会社の管理職のハルミさん(34)は昨年秋、疲労からくる貧血で倒れ、入院して輸血を受けた。関西に住む母が翌日に到着するまで、長女はママ友に預けた。飲食店を経営する夫(34)はうなだれた。
「急に店を閉めるわけにもいかず、どうにもできなかった」
●理解し合える仲間を
夫の帰宅はいつも午前3時ごろ。生活時間帯が逆なので、家事育児はほぼハルミさんの役目だ。泣き叫ぶ長女を抱いて電話をかけたり、重要書類の提出日に長女が発熱したり。時短勤務もしたが、手取りが月20万円も減るのに持ち帰り仕事で寝不足が続いた。実家が近かったら、夫が会社員だったら。考えても仕方のないことだった。
そんなとき、見かねた自営業のママ友が声をかけてくれた。
「お互い助け合わない?」
残業のときはメール1本で預かってくれる。逆にママ友が仕事のときは、保育園から子ども2人を連れ帰り、夕食を食べさせて風呂に入れ、2人分の連絡帳を書き、一緒に寝てしまう。子ども同士で遊んでくれるから、家事ははかどるくらいだ。おかげで海外出張にも行けるようになり、週の前半をママ友、後半を母に任せて乗り切った。
前出の夫が海外赴任中のナオさんも、同じマンションのママ友に頼るようになってから、精神的にも楽になれたという。
共働きだからこそ、パートナーの大変さも、同僚や友達の大変さも理解できるはず。そんな状況を理解できる仲間と「ワークシェアリング」することが、共倒れの防波堤になるのかもしれない。
(文中カタカナ名は仮名)