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くらし・経済

【医を創る〜中国地方から〜】

鳥取大医学部病院 4救急医一斉辞職

2009年04月02日

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ヘリで岡山から運ばれた患者を救急車に移す八木啓一医師(中央)ら=鳥取県米子市の米子港、青山芳久撮影

■窮状「辞めて訴える」

 医師が中国地方でも不足している。中でも深刻なのが救急医療の現場だ。最後の砦(とりで)「救命救急センター」でも、その多くが周囲の診療科の支えで、何とか救急医療が継続するぎりぎりの状態が続く。その一つ、鳥取大学医学部付属病院(鳥取県米子市)では3月末、救急医4人全員が一斉辞職した。なぜそんな事態に陥ったのか。困窮する救急医療のあり方を探る。

◆支援不十分だった院内

 3月8日の日曜日。ゆっくりとした時間の流れは、消防からの連絡で一変した。

 「大山(だい・せん)で滑落事故が発生。男性をヘリで搬送します」

 鳥取大学の救命救急センターの医師や看護師らは慌ただしく処置室の準備を始めた。15分後、心肺停止の60代男性を乗せた県の防災ヘリコプターが米子港の岸壁に着陸。待機していた救急車で同院に運ぶまでに8分。心肺蘇生をしたが、死亡が確認された。

 「搬送時間のロスも問題だが、災害時には救急車自体が出動できないこともあり得る。このままでは災害拠点病院の機能を果たせない」。3月末までセンター長兼救急災害科教授だった八木啓一医師(54)は、病院の敷地内にヘリポートを建設することを大学側に強く求めてきた。だが計画は白紙のままだ。

 センターは地元住民からの要望を受け、04年10月に開設された。救急外来は時間外診療施設のスペースを引き継いだため外来、病棟、医師の控室は別々の建物に分散する。「一刻を争う現場にふさわしくない」と八木医師らは施設の集約化を望んだ。2、3分のロスが致命的にもなりうる。だが救急外来を映し出すモニターが教授室などに設置されただけだった。

 八木医師は鳥取大を卒業後、様々な疾患を診たいと救急医になり大阪などでの勤務を経て、02年に教授として鳥取大に赴任。「若い救急医を育てたい」と医局員を集め、センターの設立にこぎ着けた。そんな八木医師にとって施設の不備よりさらに大きな不満は、救急を支える意識が希薄だと感じさせられる病院全体の姿勢だった。

 救急搬送患者などを診断した後、他科の専門医に引き継ぐ。どのセンターでも自然な流れだが他科に引き継ごうとすると「手が足りない」「うちで治療すべき患者でない」。医師不足などを理由に何度も断られたという。大半の科から応援が得られず、新人医師が自分で研修先を選べる現在の臨床研修制度が始まった04年以降は、研修医が半数以下に減少。教授以外の24時間勤務の当直回数は、月6回にまで増えた。「救急医は患者を押しつけてくる」と他科の医師にみられているように感じ始めた。

 昨夏には、30代の救急医2人が「別の場で技術を身につけたい」と辞意を表明。引き留める言葉が出なかった。40代の准教授も出身地に帰りたいともらした。昨年末には、救急災害科への他科からの応援医師がさらに1人減り、月1回だった八木医師の当直は4回に増えた。大学の経営協議会委員が病院視察をすると知り、八木医師は窮状を訴えようとした。だが、一行は時間がないと八木医師の話を聴く間もなく去った。

 「状況を変えるには、私が辞めて訴えるしかない。春以降、私1人残っても救急は維持できないが、辞めれば変わらざるをえないのでは」

 同僚や住民を裏切ることになる。心苦しさを覚えつつ、辞表を出した。

 豊島良太院長(60)は「病院としての救急災害科への支援が不十分だった点は否めない。ただ、臨床研修制度の導入などにより、地方の国立大学の医師離れが進んでいる。多くの診療科の医師が減り、救急に人を出す余裕がないようだ」と話す。

 4月、東京都内の病院の救急医がセンター長に赴任した。救急医は4人からセンター長の1人に減ったが、病院はこれまで軽症患者を診るために各科が医師を順番に出していた救急室当直を廃止して救急災害科がすべての救急患者を診る態勢に変更。さらに他科からセンターに専従する医師を5人増やし、10人にした。

 院内全体で救急を支える機能を十分発揮できるのか。病院は重い課題を突きつけられている。

◇◆◇救命救急センター◇◆◇

 都道府県知事が指定する。3月1日現在で全国214施設、中国5県に17施設。原則20か30の病床を持ち、24時間、重篤患者を受け入れる態勢を提供する。民間病院には国から補助金が出ている。特に高度な診療機能を提供するのが「高度救命救急センター」で、中国地方には広島大、川崎医科大付属(岡山)、山口大医学部付属(山口)の3病院。小規模の「新型救命救急センター」は鳥取大付属病院、松江赤十字病院(島根)、浜田医療センター(同)の3カ所。

◇◆◇臨床研修制度◇◆◇

 患者の体全体を診る力をつけてもらおうと04年に導入された。新卒医師は研修先で七つ以上の診療科を経験する。一方で自分で研修先を選べるようになり、都市部の民間病院に人気が集中。大学病院で研修する数は実施前の7割から半分以下に減少。地域の医師不足を招いたと批判を受けた。国の検討会は2月、現行2年の研修を実質1年に短縮でき6カ月以上の内科、3カ月以上の救急、1カ月以上の地域医療の三つを必修とする報告書をまとめた。3月には地域偏在を正すため都道府県別の研修医の募集定員に上限枠を設ける案を示した。東京や大阪などの定員は削減し、中国5県はいずれも増員が可能になる。

□■取材後記■□

 「救急医療への希望がもてなくなってしまった」。休日を返上し地域で救命講習会を開くなど、救急に心血を注いできた八木医師の言葉だけに胸に重く響いた。救命救急センターの機能は地域の「命」に直結するだけに、どのようにその看板が守られているのか、住民が関心を持つことが重要だと感じた。

(佐藤)

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