【稗田阿求の愚痴】
 じっとしていてください。これから説明しますから。
 ……そわそわしないでくださいよ。落ち着き無いですね。そりゃあ、話が多少急なのは認めますけれど、別にあなたが私をイラつかせたって、得るものもないでしょう。ないですよね? なら、冷静かつスムーズに話を進めたほうが、お互いにとっていいというものじゃないですか。
 分かってくれました?
 あんまり長話は得意じゃないんですが。まあ、必要なことなので仕方ありません。結構な冒険になってしまいそうですからね。私としてもめったに無い体験になりそうなので、一冊の本にまとめてみようと思いました。つまり、今あなたが持っているその本が、そうなる予定です。あなたの活躍が本になりますよ、良かったですね。
 売れたらちゃんとお裾分けしますよ。期待していてください。
 もっとも、あなたの活躍する姿を期待する人がどれだけいるのかは知りませんがね……

 それでですね、私は今、早急に地底のことを調べなければならないのです。
 そして、その手伝いをあなたにして欲しい。
 のんびりとベストセラー作家の夢なんか見ている場合じゃありませんよ。ことは一刻を争うんです。ですからそういう意味では、手伝って欲しいと言うよりは、手伝え、と言うべきでしょうか。
 そわそわしないでくださいって言ってるでしょう。じっとして、私の話を聞いてください。
 まず、紙と筆を用意してください。別に大したものじゃなくていいですよ、書ければいいです。紅魔館のようなところですと、格とか何とか言って立派なものを使わないといけないのかもしれませんが、格好付けはお金持ちの人たちに任せておけばいいんです。で、当然筆で字を書くためには墨が必要なんですが、適量の水と併せて墨汁にしてください。中々面倒な作業ですが、そうしないと書けないんですから、我慢が必要です。あとはそれらを携帯するための矢立ですとか……まあ、面倒なら、鉛筆でもいいです。
 それと、サイコロが二つ必要です。一つでも構いませんが、二つあったほうが楽ですね。家中探せば、サイコロの一つや二つ見つかるでしょう。どうしても見つからなければ……「ダイス ソフト」とかで検索すればいいんじゃないですか。(検索ってなんだ、って? こっちの話ですよ)

 面倒そうですね。いいですよ否定しなくても。面倒でしょうから。ですが、そんなに面倒がっていてどうするんです? この幻想郷は騒ぎの種には事欠きません。なんでもできるんですよ、ここは。笑ってもいいし、泣いてもいい。怒ったっていいんです。遠慮することなんて無いんです。私たちがやるべきことっていうのは、面白い何かを巻き起こすことと、その後始末を誰かに押し付けることですよ。ええ、私も最近はだいぶ色々な人に感化されてきましてね。
 ですから、あなたもそんな、何もかも諦めたような顔をしていないで、ここはひとつ名を上げてみよう、とか思ったらどうですか。虫の地位向上を目指しているんでしょう? だったら少しは頑張ってくださいよ。いいチャンスじゃないですか。少なくとも私は感謝しますから。どうせやることもないんでしょう?

 さあ、戦い方について説明しましょう。そんなもの聞くまでもない、と思うかもしれませんけど、念のためですよ。それに、もしかしたら、あなたの知る戦い方と、ここでの常識的な戦い方が、全然違う可能性だってあるんですからね。
 野蛮な非文明時代に戻りたくなければ、何事につけてもルールというものに従わなくてはいけません。それは戦いにおいても同じこと。まずは、あなたの生命点を決めましょう。生命点というのは、まあ、早い話がHPですね。サイコロを二つ同時に振り、出た目の合計を四倍した数が、あなたの生命点になります。つまり、最低で八(二×四)、最高で四八(十二×四)ということですね。さすがにこのくらいは分かりますよね? いくらあなたでも。
 とはいえ、さすがに生命点八で冒険に行くなんて、無謀にも程がありますから……そうですね、三回までは振っていいことにします。その中で、一番多い数字を選ぶといいでしょう。
 生命点を決めたところで、いよいよ実際の戦いへと入るわけですが……おっと、忘れるところでした。あなたの性能を決めておく必要がありますね。性能というのは、ありていに言うならばステータスといったところでしょうか。あなたは妖怪ですから、あなた自身の妖力を、比較的自由に振り分けることができます。力に集めてもいいし、速さを求めてもいい。バランスを重視してもいいでしょうね。ただし、一旦決めたら後で変えることはできませんよ、注意してください。
 あなたの妖力は……そうですね、二十点といったところでしょうか。二十点分の妖力を、以下の六つの項目に振り分けてください。ただし、それぞれに最大値があるので、それを越えてはいけませんよ。


##############################
<パラメータの振り分け>
STR(力)   :最大値6:筋力、及び妖術の強さ
VIT(体力)  :最大値5:タフさ、頑丈さ
INT(知恵)  :最大値3:頭のよさ
MEN(精神力):最大値5:心の強さ
AGL(素早さ) :最大値6:身のこなし、飛行や走行の早さ
LUC(運)   :最大値3:運のよさ

規則1:最大値を越えて点数を振り分けてはいけない
規則2:全ての項目に、最低1点を振らなければならない
規則3:合計で二十点以内にしなければいけない
 補則:残しても意味が無いので、全部使い切ろう

##############################


 この中で、直接戦闘とかかわりのある項目はSTR(力)、VIT(体力)、AGL(素早さ)の三点ですが、そのほかの項目が重要ではないということではありません。あなたを待ち受ける困難は、きっと直接戦闘だけではないでしょうから。例えば、突然天井が崩落してきても、運がよければ無傷で済むかもしれません。そのような意味で、重要でない項目などありませんよ。
 ……え? なんでINTとLUCの最大値が3しかないのかって? ……妥当だと思いますけれど。「比較的」自由に振り分けられるって言ったじゃないですか。何か変ですかね?
 別に今すぐ決めなくてもいいですよ。少なくとも、戦闘についての話を聞いてからでも遅くは無いでしょう。
 戦闘にも、やはりサイコロを使います。サイコロを二つ同時に振って、出た目が五以上なら、相手に弾を当てることができるのです。四以下なら外れです。この四が当たるか当たらないかの境目となるので、この数字を基準点と言います。覚えておいてくださいね。外れても恥ずかしがることはありません、弾幕戦闘なんて、外れるほうが多いでしょう? 大事なのは、当てることよりも当たらないことですよ。
 そして当てた際、出た目から四を引いた数が、相手に与えるダメージとなります。これを被害点と言います。例えばあなたの出した目が九だったなら、九−四で五の被害点を与えることができ、相手の生命点から引けます。
 基本的に基準点というのは四なのですが、相手によっては多少変動することもあります。例えば、やたらとすばしっこくて攻撃を当てづらい相手や、反対に動きが鈍くて当てやすい相手ですね。そのときは、その都度「サイコロを二つ振って三以上が出たら(基準点二)」とか「八以上が出たら(基準点七)」とか指定してあるので、それに従うといいでしょう。サイコロの目が十だったなら、前者なら七、後者なら二の被害点、つまりダメージを与えられるわけですね。
 ちなみに、これはあなたがSTR値ゼロで戦っている場合の話でして、STR値の分だけ、あなたは相手に追加の特別被害点を与えることができます。何かしらの武器のようなものを持っていたり、あるいは一緒に戦ってくれる仲間がいたりする場合も、更に特別な被害点を与えることもできます。もちろん、その場合も、当たらなければ(基準点を上回らなければ)無意味ですので、注意です。
 また、相手によっては結界を張っていたり、鎧のようなものをまとっていたりして、ダメージを減らされてしまう場合もあります。その場合は基準点に加えて、シールドの点数を上回った場合のみ、被害点を与えることができます。つまり、被害点+五の武器を持っているSTR値四のあなたに対し、基準点三の敵が、八点分のシールドを持っていたなら、四以上の目を出せば当てることはできますけれど、ダメージはゼロ。六以上の目を出すことで、ようやく被害点を与えることができます。反対に、相手の攻撃に対しても、あなたのVIT値分だけ、被害点を減らすことができますから、VIT値を上げれば、中々の鉄壁ぶりを見せられるでしょうね。ただし時々、「必ず十点の被害値を与える」といった、固定ダメージを与えてくる相手がいまして、そのダメージは減らせません。罠やら疲労やらのダメージも減らせませんので、過信は禁物です。
 何だか複雑なように見えますが、何、やってみればごく簡単ですよ。ただし、簡単とは言え、もう一つ大事なルールがあります。それは、あなたが弾を撃ったら、向こうも当然撃ち返してくるということです。
 特に指示の無いときは、戦闘を始める前にあなたのサイコロと敵のサイコロを決め、その二つを同時に振って、数字の高いほうが先攻です。このとき、あなたはサイコロの数字に、AGL÷三だけ数字を加算することができます(小数点切捨て)。あなたのほうがちょっとだけ先制攻撃しやすいのですね。この結果、数字が同じになった場合は振りなおしてください。あとは、先攻と後攻が交互に撃ち合って、生命点を無くしたほうが負けになるわけです。途中で逃げ出す、なんてみっともない真似は無しですよ。
 そうそう、それとスペルカードは持ってきていますね? もし、あなたがカードを使い切っていなければ、あなたの攻撃ターン中、サイコロを振る代わりにスペルカードを使い、相手に必ず十点の被害点を与えることができます。この点数は、相手のシールドを無視することができます。それに必中です……これは使えますよ。ただし、カードには限りがありますから……ええと、十枚ですか。十枚しか持っていませんから、大事に使うことです。でも、大事にしすぎて抱え落ち、なんて笑えませんよ。
 それに、二枚のラストスペル、ですか……これはかなり強力ですね。ラストスペルは、なんと相手に七十五点もの大ダメージを与えることができます。正に必殺の威力。ただし、こちらは必中というわけにはいきません。サイコロを二つ振って、六以上の数字を出さなければ、弾は見当違いの方向へと飛んでいってしまうのです。たった二枚しかないのですから、よほど集中して振らないといけませんね。
 また、ラストスペルは、あなたの生命点がゼロになった瞬間に放つことが可能です。その際の命中判定はいつもと同じですが、そのあとであなたは生命点一の状態で戦闘続行が可能です。ギリギリですが、そのギリギリが文字通り生死を分けることもあるかもしれませんね。

 これで、冒険に際して必要な知識はほとんど話したつもりですが……まあそうですね、冒険をしていくうちに、友好反応の試し方や、賄賂の使い方も学んでいくでしょう。



 ふぅ……疲れましたよ。長話は苦手なんです。さっきも言いましたけど。
 それでは分かってもらったところで、リグルさん、本の一ページ目を記していくとしましょうか――



【幻想の里】
 今と同じくらいか、あるいはちょっと昔か、もしかしたら少し未来の世界。
 ここは東の国の山中深くに存在する、幻想郷という場所。
 そこは、外の世界ではとっくに忘れ去られた妖怪や、幽霊や、魔法使いやら悪魔やら神様やら……とにかく、幻想的な物事が鍋料理のようなごった煮になっているわ。あなたも知っているように、鍋料理っていうのは色々な具材がダシとなって、最後におじやにするととても美味しいのよね。それと同じように、この幻想郷も、色々な連中が好き勝手にやらかし続けた結果、とても芳しい匂いを発する濃厚なスープみたいなことになっているの。ちょっと胸焼けしそうなくらいにね。地には妖精が駆け回り、空には天狗が飛び回り、水には河童が流れている。鬼は吠え、人は笑い、蛍は悲鳴を上げている。蛍、そう、つまり、リグル・ナイトバグ――あなたのこと。
「ひぇぇ、ちょ、待っ、ルーミア待っ、勘弁!」
 情けない悲鳴よね。このお話の主人公であるあなたの第一声が「ひぇぇ」っていうのは、さすがにどうかと思うわ。東方永夜抄でももうちょっと頑張っていたわよ。とにかく、冬だというのに日中でも陽のささぬほど青々と木々が生い茂った魔法の森の中を、背後を気にしつつ猛ダッシュしているのがあなたってわけよ。納得がいかなくても我慢してちょうだい。誰だって最初からそんなに格好よくできないもの。
「はぁ……はぁ……に、肉……」
 あなたも大概切羽詰っているけれど、ある意味あなた以上に切羽詰っているのが、背後から襲い来る宵闇の妖怪、ルーミア。何に切羽詰っているのかは大体分かると思うけれど、友人であるあなたのことも識別できないなんて、これは相当限界ギリギリね。あるいはそれは、よくご飯をたかっていたミスティアの姿が最近見えないということと関係があるのかもしれないけれど、とりあえず今のあなたにとって、それは重要な問題ではないわ。
 さあリグル、そろそろ逃げ回っても仕方ないということに気付いたでしょう? 時として道を踏み外した友を力で諭すのも、友情というものではないかしら。周囲にはあなたのほかに、あなたを家から連れ出した天狗の射命丸文がいるけれど、彼女の助力はまったく期待できないわ。それは万の言葉よりも、あなたに向けて構えられた一枚のレンズがよく証明しているというものよ。戦うしかないわ。さあ、サイコロを持つのよ。

 ルーミアは生命点を二十点持っているわ。妖怪としてはかなり少ないけれど、主に空腹から来る衰弱と考えてちょうだい。気迫は気迫、体力は体力よ。
 よく相手の動きを見るのよ、リグル。さもなくば、相手に先制攻撃を許してしまう。もしもあなたが、先に一発受けてから倍返しするのが好きだ、っていう被虐主義のカウンターマニアだってのなら別でしょうけど。ルーミアはうつろな目で、あなたの二の腕やふくらはぎなんかを見つめているわ。ちょっとでも気を抜けば、食いつかれるだろうことは想像に難くないというものね。
 さあ、サイコロを二つ振りなさい。もし、あなたのサイコロがルーミアのそれよりも数字が上回っているなら、あなたが先に攻撃を加えることができる。同じならやり直し。じっくりと相手を観察するの、弾幕戦闘は冷静さを失ったほうが負けるのよ。向こうは弾幕じゃないような気もするけれど。
「た、食べ物……お肉……」
 さあ、二つのサイコロを手にして、リグル。この甲斐性が無さそうな友人に、きつい一発をお見舞いしてあげなさい。

 この戦いは騒々しい上にしょうもないことこの上ないけれど、お互いに命を奪うまでには至らないわ。どちらかが、生命点を十五点以上失った時点で、この戦いは終わりになるの。さすがに、友達を力いっぱい叩きのめすのは気が引けるものね。あなたが負けたときは……そうね、あんまり美味しくなかったんじゃないかしら、リグル。
 願いもむなしく、あちこちに歯型を付けられてしまった(生命点を十五点以上失った)ならへ行きなさい。もしくは、見事にルーミアの生命点を十五点以上奪い、彼女を正気に戻したなら、へ。あるいは、もし勢い余ってルーミアの生命点をゼロにしてしまったなら、へ行くといいわ。




 あらあら、なんてことかしら。あなたは哀れにも友達にかじられてしまったわ。思う存分あなたを噛んだり吸ったりした後、ようやく何かがおかしいと気付いたルーミアは、ぐったりしているあなたを見下ろして、「何やってんの?」と聞いてきた。何やってんのとはこっちが聞きたいところだったけれど、そこはぐっと我慢して、あなたは疲れたように笑みを浮かべてみたわ。大人ね、リグル。それに、少なくとも天狗はいいシーンが撮れたと満足そうにしているから、丸っきりの無駄というわけでも無いんじゃないかしら。その写真がどのように使われるのかは、あまり想像したくないところだけれど。
 とにかく、ルーミアはおなかすいたなー、とか呟きながらまたどこかへ飛んでいったわ。さあ、友の幸せを祈りながら、心持ちさっきよりべっとりした衣服の土を払いなさい。長く生きていれば、こんなこともあるわよ。そうそう嫌なことばかり起きるってこともないわ。あなたの場合は分からないけれど。
 あ、それと今失った生命点については、気にしなくていいわ。これから行く場所でゆっくり休めば、最大値まで回復できるから。
 気を取り直して、四へ進みなさい。




 おめでとう、リグル。ルーミアは頭を振りながら、「あれ? なんでリグルがここにいるの?」なんて言っているわ。適当に痛めつけたおかげで殺気もそがれたのかしらね。ルーミアも、次はもっと弱々しい相手に襲い掛かることでしょう……それはそれでどうかって? まあ、そうよね。とはいえ、この調子で行けば、きっと誰もが目を見張るような大活躍だって夢じゃないわよ。夢じゃないからって、現実的だとも限らないけれど。
 何か食べるもの持ってない? とたずねるルーミアに、あなたはかぶりを振ったわ。思ったように愉快な画像が取れなくて不満げな天狗も同じ。それを見たルーミアは、おなかすいたなー、とか呟きながらまたどこかへ飛んでいったわ。得るものの少ない戦いだったけれど、まあ、そういうこともあるわよ。ズボンについた土を払って、本来の目的地へと進むのがいいでしょうね。
 あ、それと今失った生命点については、気にしなくていいわ。これから行く場所でゆっくり休めば、最大値まで回復できるから。
 さあ、気を入れ直して、四へ進みなさい。




 あらリグル、あなたって中々容赦が無いのね。まあ、正当防衛と言えなくもないけれど……
 ルーミアはあなたの一撃を受け、目を回して気絶してしまったわ。元々空腹でへばっていたところだからか、叩いてもゆすっても目を覚ます気配が無い。そのまま転がしておいても良かったのかもしれないけれど、さすがに気が引けると言うものね。あなたはよっこらしょとルーミアを背負い、射命丸の先導に付いて本来の目的地へと進んで行ったわ。
 ちなみに、天狗は足のほうを持ってあげようとか、背負うのを代わろうとか、そんなことは半言たりとも口にしなかったわよ。天狗なんてそんなものよ、よく知っていると思うけど。期待しなければがっかりしないのだから、期待しなかったのは賢い態度と言えるわね、リグル。
 あと、今失った生命点については、気にしなくていいわ。これから行く場所でゆっくり休めば、最大値まで回復できるから。
 さあ、背中の友人がずり落ちないように気をつけながら、四へ進みなさい。




 どうしてリグルが、天狗と一緒にどこかへ行こうとしているのか、そしてどこへ行こうとしているのか……それを説明する前に、少しリグルについての話をしましょう。
 リグル・ナイトバグは蛍の妖怪で、その他大勢の妖怪と同じく、日々を適当に過ごしているわ。寝たいときに寝て起きたいときに起き、友達と遊んだり、人間を驚かせたり、たまに調子に乗って霊夢にケンカを売ってシバかれたり。まあおおよそ、楽しい毎日って所かしら。
 ただ、リグルがちょっとその辺の暇人どもと異なるのは、彼女が「虫を操る程度の能力」を持っているっていうこと。リグルは蛍に限らず、数多くの虫たちを統率することができるのよ。たかが虫と侮ってはいけないわ。なんと言っても奴らは数が凄い、十や二十を踏み潰したところで何にも変わりはしないもの。それに一部の虫たちは厄介な毒を持っていたり伝染病を媒介したりして、人間のような個としての力が弱い生物にとっては、正に凄まじい脅威となりうるのよ。もっとも、リグルにはそんなことができる知能も度胸も無いのだけれど、いや失礼。
 とにかく、言うなればリグルは幻想郷に生きる虫たちの司令塔、もっと言えば女王であって、好む好まざるに関わらず、様々な責任がその小さな背中に降りかかってくる。シロアリが家を倒壊させたと言っちゃあ怒られ、軒下にスズメバチが巣を作ったと言っちゃあ怒られ、ゲジゲジの脚が多くてキモいと言っちゃあ怒られ……立場低いわね。特に最後のなんてどうしろと言うのかしら。むしろゲジゲジは益虫なのだから、見かけたら喜ぶくらいでもいいはずよ。もっとも私も嫌いだけど。
 もちろん、リグルもそんな状況に甘んじはせず、色々と虫の地位向上を試みようとしたことはあるのだけれど……当のリグルが大して強くないものだから、結局何かが変わったという話は聞かないわね。
 リグルは時々、寝床で夢想することがあるわ。自分が数多くの虫を従え、数多くの難題をちょちょいと解決してみせ、多くの人妖がそれに対して敬意を払っているところを。もっとも夢想は夢想であって、何が夢想かってまずその中におけるリグルの外見がやたらと艶やかさに溢れた美人なお姉さんだったりするあたりが、ああもうどうしようもなく夢想だなという気がするのだけれど、まあ夢見るだけならタダよね。リグル自身も、そんな簡単に何事もうまく行くはずがないって、それくらいはさすがに分かっていたし。
 それに、難題を解決するということにかけては、リグルなんて及びもしないくらいに適切な人物が幻想郷にはいる。それがさっきも名前の出てきた、博麗の巫女こと、博麗霊夢よ。
 彼女のことを一言で表すのは難しいわ。なるべく簡単に説明すると、彼女はこの幻想郷の調停者のような役割を持っていて、何か妙な事件が起きたとなると、彼女が出て行って首謀者をぶん殴るのがお約束となっているの。そうして霊夢が解決した事件は数多くにわたるわ。有名なところでは紅霧異変や、リグルも爪の先くらいは関わった永夜異変なんかね。そして最近解決した大きな事件が、地底から怨霊が湧き出てきた、というものだったわ。
 まあ、その辺の詳細は東方地霊殿を参照してもらうとして、結果としては地下に存在する旧地獄跡との交流が生まれ、幻想郷がまた少し賑やかになった、というところかしらね。これが大体一ヶ月くらい前の話。
 そしてそこで出てくるのが、稗田阿求という人間の女の子よ。彼女の一族は千年以上前から続く由緒ある家で、時折現れる「御阿礼の子」の手によって、幻想の者どもの記録を残すことを生業にしていたわ。鳥山石燕の先輩みたいなものね。その当代の御阿礼の子である阿求が、地底都市に自分の知らない妖怪があまた存在すると聞いて、黙っていられるはずもない。そもそも地底都市自体よく知らなかったわけだし、この機会に是非とも詳しく見てこようと、一念発起したわけよ。
 けれど、地底は空も飛べない彼女にとっては少々危険な場所。それに、友好的な関係を結んだといっても、それはあくまで上と上の話であって、下っ端のほうの妖怪が無分別に襲い掛かってこないとも限らないわ。
 そこで阿求は、霊夢に助力を求めることにしたわ。これからこういうことをしたいので良ければ協力して欲しい、と地底の実力者に渡りをつけてもらえないか、って。妥当な判断よね。霊夢もはじめは面倒そうにしていたけれど、特にすることもなかったから、じゃあ行ってくるから二、三日待ってなさい、とゆらゆら飛んでいった。これが二週間前の話。
 さて、ここまで話したら大体想像がついてきたかしら? そう、霊夢が帰ってこないのよ。一週間前、さすがに遅いと思って神社を訪れた阿求を出迎えたのは、しばらく使う人もなく、冷たい表情を見せる賽銭箱のみ。え、賽銭箱が使われないのは前から? そんなこと無いわよ。少なくとも一人は使っているもの。中に何か入っていないかと確認するために、霊夢が。
 これはおかしいと思った阿求は、次に霊夢の友人である魔法使い、霧雨魔理沙を頼ったわ。魔理沙は話を聞くとふうむと顎をひと撫で、まあ任せておきなと愛用の箒にまたがり、意気揚々と出かけていったわ。そして、帰ってこない。おまけに昨日、封じたはずの怨霊が再び湧き出しているのを発見したとなれば、これはもう何か大変なことが起きつつあるんじゃないか、と阿求が考えるのも、無理はないわよね。
 ここでリグル、ようやくあなたの出番になるってわけよ。気を揉む阿求が、その可愛らしい眉を寄せた拍子にふと思い出したあなたの存在は、溺れる彼女にとってまさしく大海に浮かぶ一本の藁……もとい、頼りになる浮き袋であったに違いないわ。霊夢や魔理沙のようなつわものでさえ不覚を取るような事態が起きつつあるとして、そこにあなたを送り込んでどうするんだという気もするけれど、それでも何もしないよりはマシというものでしょう。
 ところで、どうして阿求がリグルを頼ろうと思ったのか、と不思議に思う向きもあるかもしれないわね。もっと他に頼りになりそうなのがいくらでもいるだろう、と思うもの、私だって。でも色々あって、リグルはなんとなく阿求の頼みを断れないのよね。あの博麗の巫女がやられたかもしれない、なんて聞いて、わざわざそこへ行きたがるような人物はそう多くはないし、実際リグルも行きたくないでしょうけれど、そこはそれ、立場の強弱ってものよ。世知辛い世の中よね。
 ちなみに「色々あって」の色々に興味がある人は、「リグルイ」っていう同人ゲームがあるからプレイしてみるといいと思うわよ。私も出てるし。以上宣伝。
 宣伝はともかくとして、阿求はそうと決めると、ちょうど新聞を配りに来た天狗に頼み、リグルをつれて来てもらうことにした。そういうわけで、のんびりとお布団の中で太平楽なまどろみを貪っていたあなたを、けたたましいノックが叩き落したというわけよ。
「なんだよもー、人が気持ちよく寝てるんだからさ……眠いときには寝せてくれるのが優しさじゃない……」
 あなたは文句を言いつつお布団からモソモソと這い出て、寝ぼけ眼におぼつかない足取りでドアへと歩いていったわ。まあ、気持ちは分からなくもないわね。眠っているときというのは一番体が無防備をさらすときだけれど、逆に言えばそれほどまでに心地よいということだもの。生きている以上なんらかの緊張は避けられないわ、なら少しでも長くリラックスしたいというのは不思議でもない。問題があるとするなら、今が正午をとうに回っているということだけれど……妖怪だから問題ないわよね。多分。
 どうせチルノか誰かだろう、と思いながらなおざりに扉を開けたあなたはしかし、突然の大風に慌てて触角を抑えたわ(私物の少ない家でよかったわね、リグル!)。別に抑えなくたって飛んで行ったりはしないのだけど、一応蛍っぽいと言えなくもない数少ない部分だものね。大事にしたくなるわよね。
「リグルさん! 寝ぼけている場合ではありませんよ! 事件の予感です!」
 耳に障る甲高い声(ついでにテンションも高い)で呼びかけるのは、鴉天狗の射命丸。ここいらじゃ、ある事ない事でっち上げて他人のプライバシーを衆目にさらす恐怖のパパラッチとして通っているわ。彼女はあくまでも自分の仕事――新聞紙の主宰にして唯一の編集者兼記者――に対して忠実なだけで、悪意を持ってやっているわけではないのだけれど、なるべく目をつけられたくない相手ではあるわね。しかし、今回は明らかにあなたを目的としてやってきているみたいだから、無視するというわけにもいかないわよ。
「あー、えーと……間に合ってます」
「違いますよ! いえ取っていただけるというなら大歓迎ですが! それよりも大事件です!」
「あー、そう、うん、いいよ。何かやりたいなら勝手にやってってよ。ただお金は無い」
「なんでそんなに荒んでるんですか……」
 さすがに少々気を落とした射命丸に、あなたは胡乱な目を向けたわ。
「だってさー、どうせなんか面倒なことなんでしょ?」
 悲しい話だけれど、リグルなんてそんなに大した妖怪でもないのよね。友達でもないのに、そんなあなたの家へと訪れるような人は、大体面倒なことを言いに来たに決まっている。随分と悲しい思考回路のようにも思うけれど、さらに悲しいことには、おおよそその通りなのよね。果たして、射命丸は少しばかり呆れたように息をつくと、大げさな身振りで手を広げ、あなたに言ったわ。
「阿求さんがあなたを呼んでいますよ。何か大変なことが起きたということで、あなたに手伝って欲しいそうです」
「ええ、阿求が……?」
 その名前を聞いて、あなたは額のしわをより深くしたわ。昨夏、とある件で世話になって以来、少々縁のできた彼女ではあるけれど、そのときのお返しとばかりに色々と要求してくるのは最近の悩みの種でもあった。そうそう悪いことばかりでもないのだけれど、あなたのような飽きっぽい妖怪にとっては、つまらない用事で束縛されるのは勘弁願いたいことなのよね。
「そうですよ。呼んできてくれって頼まれたんです。ほら、顔を洗って行きましょう」
 怪しい臭いがぷんぷんするわね、リグル。とはいえ、阿求には大きな恩が有るというのも事実。大変なことというのが本当に大変なことならば、あなたにも無縁というわけでもないのかもしれないわ。
 仕方がない、射命丸についていこうというのなら、五へ。
 冗談じゃない、私は二度寝するんだと抵抗するのなら、六へ行きなさい。




 そういうわけで、気が逸るのか始終せっつく射命丸を適当にいなしつつ、あなたはチンタラとなるべく時間をかけて目的地に到着したわ。そこは人間の里……この幻想郷で、ほぼ唯一の人間達の共同体よ。人間のみならず、彼らが生み出したものを求めようとする妖怪たちの姿も散見され、いつもどおりの活気と賑わいを呈しているわ。ここでは争いはご法度、何事も節度さえ守ればお互いにいい関係が築けるのよね。
 時刻は既に夕暮れに近く、道行く人々も自らの影の長さに気付き、さて今日の夕飯は何にしたものか、などと考えているよう。リグル、地面に降りるのなら気をつけなさい。今日の陽気と往来のせわしなさのせいで、路面の雪がべちゃべちゃになっているわよ。ほら気をつけ……気をつけなさいって言ったでしょう。靴下に泥が跳ねちゃったじゃないの。これから人の家にお邪魔しようというときに、それは少々みっともないわね。ほら、射命丸にもからかわれたわ。
 ふむ、急に呼びつけられて、失礼なのはお互い様? 確かにそういう考え方もできるかもしれないけれど、あまり感心はしないわね。
 とにかく、目の前には人里の家の中でも一回り大きな門構え。ここからは中の様子をうかがうことはできないけれど、家人や使用人が忙しそうに立ち回っている気配が伝わってくるわ。何度も来たことがあるから、馴染みの顔も何人かいるのだけれど、やっぱり他人の家っていうのはどこか緊張するものよね。もっとも、射命丸にはそんな遠慮はまったく存在しないみたいだけれど。
 まあ、遠慮するにせよしないにせよ、ここまで来てしまった以上、中に入るしかないわよね。
 なんとなく落ち着かない気分で門扉をくぐりながら、七へと行きなさい。




 抵抗……ねえ。まあ、するのは自由だけれど……見てみなさい、あの射命丸の顔を。スクープの予感に目をぎらつかせ、あなたが行きたくないなどと言い出したものなら、すぐにでもあなたをふん縛り、簀巻きにして担いでいきそうよ。というか、担いででも連れて行くって言ったわね、今。飄々とした態度からは分かりづらいところがあるけれど、この天狗はこれでも幻想郷全体において、かなりの上位に入る実力を持っているのよ。あなたが十人いてもかなわないと思うわ。
 そういうわけで、どの道連れて行かれるのよ。なら、簀巻きにされるよりも、自分で飛んでいったほうがまだマシというものじゃないかしら。諦めて五に行きなさい。




 お手伝いさんの案内を受けて、あなたは縁側を進んでいく。そこから見える中庭では、石灯籠に積もった雪が融けかけて、ぽたりぽたりと雫を落としているわ。夜になって冷え込んだなら、朝には可愛らしいツララを形作るでしょう。それを見て、まだ冬だなあと思うか、もうすぐ春だなあと思うかは人によるのでしょうけれど、今のあなたにはそんなものは目に入らないかしら。これから一体どんなことを要求されるのか……不安でしょうものねえ。
 掃除の行き届いた板張りの廊下の奥に、そのお座敷はあったわ。八畳ほどの中々広い部屋だけれど、そこは非常に混沌としていた。そこいらに雑然と積み重ねられた和綴じ洋綴じの本、失敗作なのか丸めて投げ捨てられた紙、脱ぎ散らかされた衣服、隅っこにはぞんざいに畳まれた寝床、そこで丸まっている三毛猫、そして……この、年頃の少女が使っているそれとしてはいかがなものかと思わざるをえない部屋の持主……稗田阿求。こちらに背を向けて座る阿求は何か書き物をしていて、その背中は同年代の少女と比べてもやっぱり小柄だと言えるものだったけれど、それでもどこか侵すべからざるものを感じるのは、歴史の重みというものかしら?
「ご苦労様でした。下がってください」
 阿求はよく通る声でそうお手伝いさんに告げると、大きくこちらへと向き直ったわ。その表情は険しく、大きな心労を抱えているようにも見えた。いつもは瑞々しく紅さす柔らかな頬も少々荒れ気味で、あなたは前に会ったときより少しやせたかな? と思ったわ。まあ、実際そうでしょうねえ。ひょっとしたら自分のせいで何かまずいことが起きつつあるのかもしれなくて、そういう事態に本来もっとも頼りになるはずの巫女が真っ先に行方不明ですもの。
 阿求は穏やかな口調でありながらも、クマの浮かんだ目で、あなたを突き刺すように見つめたわ。
「よく来てくれました。まずは無事に到着してくれて何よりです」
 そう言って阿求は、紙の山から座布団を引っ張り出すと、おざなりに差し出し、疲労の色も濃く続けた。
「立ち話だと疲れますし、まずは座りましょう。じっとしていてください。これから説明しますから。そわそわしないでくださいよ……」
 こうしてあなたは、今幻想郷で起きつつある事態……具体的に何なのかは分からないものの……と関わることになったというわけよ。
「ええと、地下に行った霊夢が帰ってこなくて、魔理沙も帰ってこなくて、一度は大人しくなったはずの怨霊がまた湧き出してきた……」
 指を折りつつ、あなたは聞いたばかりの概要をまとめたわ。あなたのような小妖にとっては、封じられた地底とそこに住まう疎んじられた妖怪たち、というのは、話には聞いたことがあるくらいで、実際のところ作り話とそんなに変わらない感覚であったわ。なんでも最近繋がったらしいといううわさを耳にしたときも、へえそうなんだ、位のもので、別段積極的に行ってみようという気も起きなかったのだけれど、まさかこんな機会で行くことになるとは思いもしなかったのじゃないかしら?
「それに、私に行けと」
「そうです」
「ええと……」
 あなたの頭の中を、色々な感情が駆け巡ったわ。なんで私が、とか、霊夢なんだから放っておいても大丈夫じゃないかな、とか、まあおおよそネガティブなものだったけれど。でも、あなたが最初に口に出した言葉はこれだったわ。
「あのさ……無理じゃないかな……」
「……」
 阿求の瞳が一瞬泳いだのを、あなたは見逃さなかった。そうしたということはつまり阿求自身も無理だろうと思っているということであり、思っている上で敢えて呼びつけたということは、要するに駄目元で玉砕してこいと言っているに等しいわよね。そういう部分を察するのは上手なのよね、リグル。凄く小物っぽいけど、生きていくのには必要なスキルだわ。
「阿求は……行かないの?」
 重苦しい沈黙の中、あなたは言葉を重ねた。何か口にすると凄く微妙なバランスを崩してしまいそうな気がしたけれど、それは確認しないと駄目よね。返答次第では、二人の間にあったそこはかとない友情のようなものが脆くも瓦解する可能性だってあるのだし。
「ええと、ですね……」
 阿求は何度かもごもごと口ごもり、しばらくの黙考の後、おもむろに口を開いたわ。
「ええ……その、リグルさん。地底は薄暗く、地上の者にとっては未知の場所なわけで、しかもそこに住まう妖怪は地上の妖怪に比べても強力なんだとか」
「うん」
「私に何かあったらどうするんですか」
「私に何かあるのはいいの!?」
 凄まじい開き直りを見せる阿求に、あなたは当然抗議するのだけれど、いったん開き直った相手というのは極めて厄介で、こういうときは大体見苦しい泥仕合が続いた挙句、立場が上のほうが勝つのよね。そして当然、あなたは上のほうではない。
「もっと強い人に頼めばいいじゃないさあ! そこの射命丸とか!」
 あなたのもっともな意見に対して、阿求は隅で手帳をめくる射命丸へ、ああそういえばこいつまだいたんだっけ、という目を向けたわ。
「私もできればそうしたいところですが、中々そうもいきませんでね」
 それに対して、射命丸はまったく動じることなく、西洋人のように肩をすくめた。
「元々地上の妖怪が地下に干渉するのは協定違反ですからね。今は比較的自由に往来できるとはいえ、力のある妖怪はなるべく立ち入らないのが無難というものです」
 約束事というのは守らなければいけないわね。もっとも、それを建前にして、なるべく危険からは遠ざかっておきたいという心積もりかもしれないけれど……
「それに、私が事態を解決してしまったら、記事にできないじゃないですか」
 本音が出たわ。
「ええっと、それじゃあ他の人間とか……ええっと……」
「慧音さんなら断られましたよ。何か起きそうだというなら、なおさら里を守らなければいけないそうです。あとは……主だったところですと、竹林の方々でしょうかねえ」
「でも正直、あの人たち、人間かどうか怪しいですよね」
 どんどん逃げ道が潰されていくわね。あなたは小さい頭を必死に回転させて、断る口実を探そうとするのだけれど、困ったことに全然思いつかない。こっちも開き直って逃げ出そうにも、どう考えてもあなたは射命丸よりは足が遅いわね。
 それに……ほんの少しだけれど、やってみてもいいかな、と思うあなたがいるというのも、また事実なのよね。ワクワクしないと言えば嘘になるし……なんであれ、頼りにされて悪い気はしないものね。その辺は、やっぱり冒険とか謎とかいうワードに胸躍らせるような年頃ってことかしら。
「まあ、そんなに難しいことでもありませんよ。何も地底を征服して来いっていうわけじゃないんですから。最悪、霊夢さんか魔理沙さんを見つけてくれればそれでいいです。地底の人たちだって、何も問答無用で襲い掛かってくるようなのばっかりでもないでしょうし」
「うー……」
 渋い顔をするあなたを尻目に、阿求は手を打ち鳴らしたわ。すると、先ほどから控えていたのかしら、音もなく障子が開き、お手伝いさんがうやうやしく木の箱をささげ持ってきたわ。阿求は蓋を悠々と開き、まずは何かボールのようなものを取り出した。
「まずはこれをどうぞ」
「これって、霊夢の陰陽玉?」
 そう、そのボールのようなものは、リグルにとって散々お馴染みの(主にそれで散々叩きのめされた的な意味で)、霊夢の武器、陰陽玉にそっくりだったわ。
「ああ、それはアレですか」
 射命丸の反応にうなずいて、阿求は説明する。
「これは陰陽玉に通信機能を持たせたもので、組になった玉を持った人物と離れていても会話ができます。攻撃機能はリグルさんには使えないでしょうが、話すくらいならできるでしょうね。また行方不明者が出ても困りますから、紫さんに頼んで借りてきたのですよ。サポートや話し相手にでも使ってください」
「その、組になった玉っていうのは?」
「それはこっちです」
 と、同じものをもう一つ取り出し、あなたに渡す。
「地底について詳しそうな人に渡すといいんじゃないですかね。まあ、私でも構いませんが……文さんでもいいかもしれません」
「お役に立ちますよ」
 話を振られて、射命丸は愛想笑いを浮かべたわ。彼女にとっては、いながらにして状況が伝わるわけで、願ったり叶ったりでしょうね。あなたはこの玉を阿求に渡してもいいし、射命丸に渡してもいい。あるいは、別の誰かのために取っておいてもいいし、こんなものは必要ないとしまっておくこともできるわ。好きに選びなさい。
 もし阿求に渡したのなら、博識な彼女のアドバイスを受けることができるわ。INT値を基準とする判定の際に、サイコロの値に二を加えることができる。あなたの弱点を補えるわね。一方、射命丸に渡したのなら、速さを身上とする彼女のサポートにより、戦闘時に必ず先手をとることができる(特に「敵の先手」と記述されている場合を除く)。どちらにしても、極めて有用と言えるわ。
 どう使おうかあなたが迷っていると(もし二人のどちらかに渡したのなら、その旨をメモしておくこと)、阿求はまた箱の中に腕を突っ込んだ。
「次に、保存食ですね。お餅、漬物、鰹節、干し芋……何があるか分かりませんし、それなりに持っていたほうがいいでしょう。あなたは妖怪ですから、ちょっと位食べなくても平気かもしれませんが、やっぱり活力っていうのが違いますからね」
 これは重要よ、リグル。もし冒険の最中に傷ついたり疲れたりしたときは、食べて体力をつけるのがいいわ。サイコロを二つ振って、出た目の合計数だけ体力を回復させることができる。もちろん、無限には持てないわ……そうね、十回分って所かしら。戦闘中以外なら、いつでも好きなときに食事の時間にできるわよ。
「そして、次にこれです。冒険の前には装備を整えることが重要ですからね、とりあえずこの辺で手に入れられるものをまとめておきました」
 あなたは、何か紙に書かれた一覧のようなものを受け取った。


##############################
<購入可能リスト>
大きな袋           30銭…何か大きなものを手に入れたときに使えるかも
タオル            10銭…普通の手ぬぐい
ナイフ            60銭…弾幕に使えるほどは無い。工作などに
ロープ            30銭…頑丈な麻縄
カンテラ           50銭…携帯用の灯油ランプ
毛布             40銭…かけて寝ると暖かい
軟膏             50銭…戦闘中以外に使うと生命点3回復。5回使える
釣り竿&針          50銭…普通の釣り用具
替えの服            1圓…下ろしたてのシャツとズボン
予備の靴           60銭…動きやすい靴
懐中時計            1圓…時間を知りたいときに
包丁&フライパン       80銭…ごく普通の調理器具。武器にするのはやめよう
歴史の教科書(上白沢慧音著) 40銭…人が殺せそうな分厚さ。正確だが面白みは無い
カスタネット         20銭…楽器。叩いて使う
犬笛             30銭…人間には聞こえない周波数の音を出せる笛
お菓子            30銭…甘くて美味しい。体力は回復できない
ぱんつ(白)         20銭…標準的な白いショーツ
ぱんつ(縞)         30銭…水色の縞が入ったショーツ。マニア人気高
ぱんつ(ドロワ)       30銭…スカートの下に穿く。見せ下着の一種
メガネ            70銭…黒縁のメガネ
ポラロイドカメラ        3圓…撮影した写真をすぐに見ることができるカメラ
プリズムリバーライブのチケット 2圓…人気の幽霊楽団のライブチケット。C席(立見)
体操服             1圓…木綿のシャツ+濃紺のブルマ。名入れはサービス
スクール水着          4圓…こだわりの旧スク
メイド服            5圓…オプション:ホワイトブリム、銀のトレー

※一圓=百銭
##############################


 あなたはリストを読んでいるうちに、とても胡散臭い心持になってきたわ。ナイフやロープなんかはまあいいとしても、歴史教科書やブルマが一体冒険の何に役立つと言うのかしらね。パンツの項目が無駄に充実しているのも意味が分からない。
「ねえ、なに? この、よく分かんないもの……」
「え、そんなものありました? どれが分からないんです?」
 不思議なことを聞かれたとばかりに、阿求が首をかしげたわ。
「いや、このメイド服とかさ……何に使うの」
「メイド服なんですから、メイドになりたいとき使うのに決まっているでしょう」
「……カスタネットは?」
「カスタネットを鳴らしたいときに使います」
 何だか、どんどん馬鹿馬鹿しい気分になってきたわね。というか、スクール水着やメイド服がその辺で手に入るってどういうことなの。人間の里にいったい何が起きているのかしらね。
「メガネとかライブのチケットとかが、なんで必要になるのさ?」
「じゃあ聞きますけど、ナイフやロープがなぜ必要なんです?」
「そりゃあ、いざって時に……」
 急に聞き返され、口ごもるあなたに、阿求は得たりとうなずいたわ。
「メガネやチケットだって、いざというときに必要かもしれないじゃないですか。何が起きるかなんてわかりっこないんですから、何が役に立つのかだって分かりませんよ。選ぶのはあなたです、よく考えてくださいね」
 なんだか分かるような分からないような理論で押し通され、とにかくリストを見つめて考えていたあなたは、ふと重要なことに気がついたわ。
「あの、私お金持ってないんだけど」
「ああ、すみません、説明するのを忘れていました」
 そう言って阿求が木の箱の中から取り出したのは、水晶か何かでできているのか、透明な六面体、つまりサイコロだった。
「これも紫さんに貰ったもので、あなたの運気をお金に変えてくれるという不思議なサイコロです。二つ同時に振ると、出た目の数だけ一圓札が手に入りますよ」
 阿求は水晶のサイコロをあなたに手渡した。
「さあ、思い切り床に投げつけてください。本当はこんなことをしないでお金をあげられれば良かったんですけど、今月のお小遣いがもう残ってないもので」
 何か衝撃的な言葉が聞こえてきたような気がするけれど、とりあえずそれは忘れましょう。阿求の言葉通りにあなたがサイコロを床に投げつけると、瞬間、七色のきらめきを残してサイコロは粉々に砕け散ったわ。でも、砕け散る前に、出た目を確認することはできたはずよね。その数だけ、お金を手に入れなさい。……手に入れたわね? そうしたら、よく考えて、お金の許す限り、購入するものを決めるといいでしょう。
 ただし注意なさい、ここでお金を全て使い切ってしまうのは愚かな行為よ。これから行くところは旧地獄、そして地獄の沙汰も金次第。ある種の相手によっては、お金を渡すことで黙って道を開けてくれる可能性もあるわ。命は有限なのだから、お金で安全を買えるなら安いものよね。それに、地底にも町があると聞く。そこで休息をとろうにも、お足が無ければお茶の一杯も飲めないと言うものよ。
 さあ、ようく考えるのよ、リグル。考え終わったら、それをきちんとメモして、阿求に告げるといいわ。
「……はい、分かりました。それでは、明日の朝までに用意させておきましょう」
 阿求は、あなたが言ったものを書き留めると、そばに控えていたお手伝いさんに渡した。
「今日はもう遅いので、出発は明日にするのがいいでしょうね。食事と寝床を用意しますから、ゆっくりしていってください」
「いやあ、お世話になります、ははは」
「ん、文さん、まだいたんですか?」
「ええ、私は真実を皆に伝えるという使命がありますので、聞ける話があるうちは居座りますよ」
「ついでに地底までついて行ってくれるともっとありがたいんですけどね……」
 二人の話を聞きながら、あなたは考えた――あれ、そういえばいつの間に行くことを了承したんだっけ? と。正直自分の記憶力がよくないことは自覚していたので、ひょっとしたら忘れているだけでイエスと言ったのかもしれないけれど、どれだけ頑張っても思い出せなくて、やっぱり言ってないんじゃないかなとあなたは思うのだけれど、雰囲気的に今更言い出せそうにもないという。
 そういうわけで、あなたは地底へ赴き、今起きつつある異変を調べることになったのよ。流されやすいわねえ。

 さあ、冒険の始まりよ、リグル。
 期待に胸を膨らませ……というわけにも行かないでしょうけれど、八に進みなさい。



 ……ところで、何か忘れていないかしら?
 もしあなたが、ここへ三人で来たというのなら、八へ行く前に、二二に行くといいでしょう。




 一夜明けて、朝。自分の家の寝床よりも格段にふかふかな布団に格差社会を感じながら、あなたは目を覚ましたわ。部屋の外に積まれていた、昨日頼んだ荷物を確認していると、阿求がやってきた。
「おはようございます。準備はよさそうですね」
「あ、うん、おはよう」
 あなたは軽く朝食を取ったあと、早速出発することにしたわ。玄関まで見送りに出てきた阿求は(射命丸は新聞の仕事があるので、昨晩遅くに帰った)かなり眠そうだけれど、一応きちんとあなたのことを気にかけてくれてはいるようで、頑張ってくださいね、と穏やかに笑った。あなたも軽く笑ってそれに応え――今更嫌だ嫌だと言っても仕方ないもの――、いよいよあなたは冒険への一歩を踏み出したわ。空は青く、冬の冷たいけれど澄んだ空気が肺に心地よかった。寒いのが苦手なあなただけれど、こういう門出ともなると気分が高まるもので、まだ人影もまばらな大通りに足跡を残しながら、鼻歌交じりに跳んでいった。一定以上に冷え込むと、踏みしめた雪がギュ、ギュと小気味良い音を立てるのよね。南の人には分からない、冬の楽しみよ。足の裏に伝わる感触を堪能しながら、あなたは里の出入り口へ向かったわ。このあと何が起きるのか分からないけれど、出立がこう楽しいものだと、いい旅路になると思わないかしら? そうして出入り口についたあなたは、ようしと意気込みして――
 地底の入り口の場所を知らないということに気付いたわ。

 うん、なんというか、間抜けよね。
 間抜けという言葉が適切でないとするなら、物凄く間抜け。
 さあ、いきなりあなたの旅路は苦境を迎えたわけだけれど、どうするのかしら? ぼんやりたたずんでいても始まらないわよ、あなたは里の門番じゃないのだから。
 しかも、恥を忍んで阿求に聞こうと彼女の家へ戻ったら、彼女は今しがたどこかへ出かけてしまった、とのこと、こんな朝早くから、どこへ行ったというのかしらね。
 さあどうするの、リグル。
 まずは里の人たちに聞いてみようかしら? 阿求も見つかるかもしれないし。この手段をとるなら、十へ。
 あるいは、あまりオススメしないけれど、自分の運のよさに自信があるというなら、あてずっぽうに飛び回ってみるという手もある。勘を信じるなら、二八へ行きなさい。




 寝てはいけないときにやってしまう眠りというのは、どうしてああも心地よいのかしら?
 きっと凍死するときに似ているからでしょうね。
 ここは部屋の中だから凍死はしないでしょうけれど、でも早めに自力で起きたほうがいいと思うわよ、私は。
 ほら、誰かがあなたの肩を叩いたわ。あなたがはじかれたように顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた慧音先生が。
 とりあえず、あなたもまた笑いかけてみた。それが礼儀よね。慧音はゆっくりとうなずいて、両手であなたの頬を挟みこむ。あなたが横目で周囲を眺めてみると、みんな合掌していたわ。つまりそういうことね。
 やがて衝撃。彼女の真面目さにふさわしい立派な石頭と言えるでしょう。
「目が覚めたか?」
「覚めない眠りに行きそう……」
 揺れる脳みそに目を回しながら、生命点から八点引き、二十へ。




 あなたは、とりあえず分からないことがあったら人に聞く、ということで、里の道行く人間に尋ねてみることにした。
「ねえ、突然変なことを聞いて悪いんだけど、地底ってどこから行けるのかな」
「地面を掘れば行けるんじゃないの」
 適切なコメントをありがとうございます。そうね、宇宙に行こうと思ったら際限なく上昇すれば行けるわね。
 大体にしてからが、そもそも里の人間は地底に関心が無いわ。そういうものがあるらしいということは、情報に敏い者なら知っているかもしれないけれど、場所まで知ろうとは思わないでしょうね。知っていても行くことはないのだから。
 それからも、あなたは何人かに聞いてみたけれど、残念ながらはかばかしい結果は得られなかったわ。これ以上ここで通行人を待っていても体を冷やすだけだと思うけれど、どうしたものかしら?
 まだ里で粘ってみるというなら、十一へ。諦めてあてずっぽうに飛び立つのなら、二八へ進みなさい。
 あるいはあなたは、通信の陰陽玉を阿求に渡さなかったかしら? もしそうだとするなら、彼女と話すことができるかもしれないわ。試してみるのなら、二六へ。



十一
 あなたは、あえてまだ粘ってみることにしたわ。何事もすぐに投げ出しては結果は得られないものね。ただ、投げ出さなかったからといって結果が得られるとも限らないのだけど。
 時間の経過と共に少しずつ人出が増えてゆき、仕事がありそうな男性達ばかりでなく、子供や女性の姿が目立つようになってきたわ。一日の始まり、って感じよね。活気にあふれていて、何だか私まで、弾むような心持になってくる。いい雰囲気だわ。ただ、その雰囲気とはまったく関係なく、地底の入り口を知っている人はいない。
 だけど、むなしいインタビューを試みている間に、あなたはあることに気付いたわ。何だか一定の方角へ向かう人たちが多いな、ということよ。人の流れは大きく分けて二つあり、少し小高くなっている坂の上へ向かう流れと、里の中心部に向かう流れよ。前者は子供が、後者は若者が多い印象だけれど……これはちょっと、聞いてみたほうがいいかもしれないわね。
 まずは子供達に聞いてみましょう。
「ねえ君たち、どこに行くの?」
「寺子屋だよ。めんどくせえけどさあ、かあちゃんが行けってうるさいんだよなあ」
 なるほど、寺子屋ね。半獣、上白沢慧音の私塾がこれから始まるのかしら。まああなたには縁のない場所だけれど……
 いや、ちょっと待ちなさい、リグル。慧音といえば、人里の守護者を自任する存在。その役割柄、内外の有力者とも顔が広いわ。ひょっとしたら、彼女なら地底への入り口を知っているかもしれないわよ。
 思いもかけない突破口に気をよくしたあなたは、まあついでだし、ということで、里の中心部へ向かう若者達にも聞いてみることにしたわ。
「ねえ、これから何かあるの?」
「あら、知らないの? これから第三回コミケット幻想郷が開催されるのよ」
「こ、こみ……?」
「同人誌即売会よ」
「どう……?」
 なんだか理解しがたい単語が出てきたわね、リグル。同人誌即売会ですってよ。しかも第三回っていうことは以前に二回あったってことよね。さっきのメイド服といい、一体人間の里はどこへ向かおうとしているのかしら。それ以前にあなた、同人誌即売会って何をする場所か知ってる?
 それを踏まえてよく見てみると、中心部へ向かう若者達には、何だか一般の平均値より社会性の低そうな人が多いような気がするわね。いいことリグル、あなたの妖力のように、誰しもスキルポイントの上限値は決まっているのよ。社会的に見てどうでもいいような趣味にポイントを振りすぎると、社会生活が危うくなるわ。十分気をつけるのよ。ひょっとしたらもう遅いかもしれないけれど。
 まあ、それはともかく、二つの人の流れについては、これで分かったわ。ここにいるよりは、移動したほうがいいでしょうね。
 寺子屋へ向かうのなら、十三へ。
 大きく方針転換して、あてどなく飛び立つなら二八へ行きなさい。
 あるいは、二四へ行って(貴重な時間を無駄にしてでも)コミケットに参加するのもいいかもしれない。



十二
 あなたは朦朧としながら歩いている。
 ここはどこだろう? 薄暗くて、何も分からない。確かあなたは、コミケット会場で阿求に殴られて意識を失ったはずだけれど……
 地面にめり込んだまま突き抜けて、どこかへ出てしまったのかもしれない。回りは上下四方ともむき出しの岩石で、何か地下道のような感じがするわ。あなたは半ば意識を失ったまま、夢遊病のようにして歩いていたのでしょうね。
 ズシリと肩に疲労がのしかかったわ。疲労というのは、まあ、つまり、同人誌なのだけれど。当然ここにはアリスはいないので、この本をアリスに渡すことはできない。どうするのこれ。本当に。
 ここがどこなのか、分からない。どこに向かっているのか、これも分からない。どうすれば出られるのか、これもやっぱり分からない。
 それでもとぼとぼと歩いていると、やがて少し開けた場所に出た。そこは――
 三九だったのよ、リグル。具体的には、当該のセクションで確認しなさい。

 あ、二七へ行く前に、持ち物に一応同人誌を加えておきなさいね。重いなら、捨ててもいいけれど。あと、同人誌の代金として、一圓(足りない場合は、あるだけ全部)を所持金から引いておくこと。踏んだり蹴ったりとはこのことね。



十三
 少しばかり長い坂の上に、慧音の寺子屋はあるわ。元々は寄り合いか何かの集会場に使われていたところを、彼女が譲り受けて改築したのだとか。そのため、そこそこの人数を収めることができる。少なくとも、里の子供達の人数程度には。
 基本的に生き物っていうのは、小さいほどに動きがせわしなくなっていくわね。聞いた話によると、象のような大きい生き物も、ねずみのような小さい生き物も、一生のうちに打つ脈の数は同じなのだとか。そうすると、生き物というのは体が小さいほど、その一瞬に放つ命の輝きは大きく、そして同じ一日でも感じる長さは違うのかもしれないわね。
 そういうわけで、子供というのはむやみに元気なものだと古今東西を問わず相場が決まっているわ。いわゆる数値的なスタミナでいうならば私のほうがはるかに上であるはずなのに、どうしてあの子達は十分も二十分もずうっと走り回っていられるのかしらね。走り終わった後、私はへとへとなのに子供たちは元気満々というのもよく分からないわ。これが若さか、という奴かしら。
 話がそれたわね。とにかく、そんな子供たちが集まる場所というのはやっぱりエネルギーが半端なくて、うっかりするとあなたも、すべきことを全部忘れて一緒に走り回ってしまいそうだわ。どうやら今は始業前のわずかな時間であるらしく、教室では真面目に教科書を開いている子がとても迷惑そうに騒いでいる子達を見つめている。あなたは少し悩んだあと、真面目そうな子に慧音の居場所を聞き、講師控室(?)をノックしたわ。
「ん? なんだ、虫っ子か。どうした、こんな朝早く」
 慧音は慌しく書類をめくったり、覚書のようなものに目を通したりしていた。あなたは用件を切り出そうとしたのだけれど、慧音はそれを手でさえぎって言ったわ。
「いや、すまないんだが、すぐに授業が始まるんでな、用事なら後にしてくれないか」
 確かにその通りね。この朝の忙しい時間帯に、約束も無いのに突然やってきたとあっては、無礼だとたたき出されても文句は言えないわ。とはいえ、道を聞くだけなのだから、そんなに時間のかかる用事でもないのだけれど……
「授業って、いつ終わるの?」
「ん、そうだな、とりあえず半刻(一時間)ほどで一旦休み時間だが……」
 半刻なら、そんなに大した時間でもないわね。どうする? ここで休み時間まで待っているかしら? それとも、時間が惜しいあなたは別の方策を取ってみる?
 ここで待っているなら、三三へ。当てずっぽうに飛んでいくなら二八。
 コミケットに参加してもいい。参加するなら二四へ。
 あるいは、もしあなたが歴史の教科書を持っているというのなら、彼女の授業を聞いてみることもできるわ。そうしたいなら、二一へ。



十四
 死んでしまった。便所のハエ取り紙のように死んでいる。いまや故リグルとなってしまったわ。
 死なんてあっけないものよね。
 スクロールバーの位置を覚えておくといいんじゃないかしら。またここに戻ってこないとも限らないのだし。
 そう残念がることも無いわよ。この冒険に出かけた人の大半は、大体何回かは死ぬのだから。幸いにも死神は昼寝の真っ最中なので、彼女に捕まる前に、もう一度最初からやり直すことね。サイコロを三回まで振り、生命点を新たに決めなおしなさい。運がよければさっきより高い生命点を得られるかもしれないし、前回の冒険で手に入れた永久生命点も加算されるわよ。使ってしまった食料とスペルカードも最大値まで復活するし――もっとも、さすがに仲間までは持ち越せないけれど。望むのなら、ステータスの割り振りをやり直してもいいわ。
 それに、悪いことばかりでもないのよ。前回の冒険で倒した障害や罠は既に排除されていて(あなたが倒したのだから当然よ)、より安全に冒険を進めることができる。あるいは、前回とはあえて別の道を進むという選択肢もあるわ。新たな発見や、役に立つアイテムがあるかもしれない。これはあなたの冒険よ。好きにするといいわ。
 あなたが前回の冒険で得た経験や知識は、きっとあなたの力となる。ここへ来る破目に陥ったセクションまで再び到達するのも、そんなに難しいことではないでしょう。
 それじゃあ、そろそろ墓の下から目を覚ましなさい、リグル。ただし、コンテニューするときの「み゛ょっ」という音は、セルフサービスでお願いね。



十五
「うわぁぁぁぁぁ!?」
 あなたは恥も外聞もなく逃げ出した。きっとチルノもこんな気持ちだったんでしょう。相互理解が進んで、友情がより深まりそうね。
「勝手に逃げるな」
 だけどやっぱり、耳元から声は離れなくて――
 ドン! これは、レミリアが放った魔槍があなたを串刺しにした音よ。十四へ行きなさい。



十六
 予想に反して、槍もナイフも飛んでこなかったわ。
 不思議そうな顔のあなたに少し毒を抜かれたのか、やや呆れたようにレミリアは鼻息を漏らした。
「あのね、私がそんなに無分別に八つ当たりするとでも思ってる?」
 もちろん思っていたけれど、それは言わぬが花。レミリアもそれは分かっているのか、フン、ともう一度鼻息を漏らし、話を続けたわ。
「地底に行くなら、一つ頼まれて欲しいのよ。咲夜を探してくれないかしら」
「咲夜を?」
「ええ、咲夜を」
 レミリアは自らのメイド長の名前を繰り返した。
「霊夢と魔理沙が帰ってこないって聞いたからね、三日前に咲夜を送り出したのよ。そしたらどこで油を売っているのか、咲夜まで帰ってこない始末」
 するとレミリアは、ずっと門の前で咲夜が帰ってくるのを待っていたのかしら。そう考えるといじらしいと言えなくもないけれど、あのオーラを体験したあとだと、単純にそうも言えないわねえ。
「ま、まあ、もし会えたら、伝えてもいいけど……自分で行けばいいんじゃないの?」
 あなたのもっともな疑問に、しかしレミリアはかぶりを振ったわ。
「私は咲夜に『頼んだわよ』って言ったの。それに咲夜は『すぐに戻ってまいりますので、それまでお待ちくださいませ』って答えたのよ。だから私はここで待ってないといけないの。私が自ら探しに行くのは、咲夜への信頼を裏切る行為だわ」
 何だか面倒くさい話だけれど、主従の絆とはこういうものなのかもしれないわね。まあ、ついででいいなら、とあなたが了承すると、レミリアは少しだけ満足げにうなずいて、手招きをした。
「門番でも貸してあげればよかったのだけれど、あいつもどこか行っちゃったわね。ちょっとあなた、こっち来なさい」
 多分門番がいないのは、お嬢様のプレッシャーに耐え切れずに逃げ出したからでしょうね。あなたが誘いに躊躇する姿勢を見せると、レミリアは焦れたように続けたわ。
「なにもしやしないわよ。早く来なさいな」
 レミリアはあなたの腕を取ると、その手のひらになにやら魔法陣のようなものを自らの指で書き記して行ったわ。そして最後の線が繋がった瞬間、炎で焼かれたような痛みがあなたの手のひらを襲った!
「熱っ!」
「こら、暴れない! 怪我なんて無いわよ、ほら、よく見なさい」
 その通り痛みは一瞬で引き、手のひらを見ると、今しがた描かれた魔法陣が赤く脈打っている。触っても特に何事も無いみたいだけれど……
「私の魔力を少し分けてあげたわ、大事に使いなさい」
 あなたの手のひらに封じられたのは、レミリアの魔力のようね。そんなもの受け入れて大丈夫なのかという気もするけど……とにかく、これであなたは、戦闘時に「プチ・グングニル」を三回まで放つことができるようになったわ。スペルカードとまったく同じ要領で使えるけれど、威力は倍の二十点。お得だわ。
 それと、もしあなたがまだ通信の陰陽玉を誰にも渡していないのなら、レミリアに頼むこともできるわ。彼女は嫌がるでしょうけれど、メイド長のためともなれば手助けくらいはしてくれるでしょう。
 もし、彼女のサポートを受ける場合、運命を操る力のおかげで、なんとサイコロを振った際、戦闘時・非戦闘時を問わず、プラス一点、もしくはマイナス一点分の修正を好きなように加えることができるわ。恐ろしく便利だけれど、デメリットもある。もし、あなたが光、あるいは水によるダメージを受けた場合、受ける被害点が通常の倍になってしまうのよ。ハイリスク・ハイリターンね。十分考えた上で決めなさい。
「……地底の入り口? ヒマワリ畑と妖怪の山の間にあるけど……あなたそんなことも知らないで行こうとしてたの? 大丈夫かしら」
 ついでに地底への入り口の場所も聞くことができた。まあ、少々不安がらせてしまったようだけど……
 あなたはレミリアにお礼を言って、紅魔館を離れたわ。上空から振り返ると、レミリアはやっぱり、門の前で不機嫌なオーラを発しつつ立ち続けていた。きっと咲夜が帰ってくるまで、ずっとそうしているのでしょう。
 あなたは何だか少し不思議な気分になりながら、その場を後にした。三九へ進みなさい。



十七
 観音開きの衣装箪笥を用心深く開いてみたものの、期待に反し、何の衣服もぶら下がってはいなかったわ。落胆してあなたは扉を閉めようとしたけれど、そのとき、箪笥の隅っこに小さな木箱があるのをあなたは認めた。それは幅一尺平方、深さ一尺半程度の木目も綾な桐の箱で、思いのほか軽く、振ってみるとガサゴソと音を立て、紙に包まれた何かを想像させたわ。
 これはひょっとしたら、期待できるかもしれないわよ。
 開けてみるのなら、二五へ。大事なものみたいだし、悪いと思うなら二十へ行きなさい。



十八
 そんなこんなで、気付いたらあなたは買い物リストを持たされ、これこれこういう順路でサークルを回りなさい、とアリスに言い含められていたわ。場所は公民館で一番大きなホールの一角、ラミネート加工された「七色人形堂」のポップもきらびやかなサークルスペースの前だったわ。
「お金もってる? まずはこのサークルの新刊は絶対に確保して……」
 細々とした説明は非常に要を得ており、あなたにも理解しやすいものだったのだけれど、どうして私はここにいるのだろうという思いはどうしても抜けそうになかったわ。もう少し主体性というものを強く持つことね。
「それじゃあ、もうすぐ開場よ。よろしく頼むわ」
 頼まれてしまったわよ。ちなみに、もしあなたが体操服、スクール水着、メイド服のいずれかを所持している場合、好きな衣装に着替えることができるわ。着替えたからどうなるのかって? どうもならないわよ。気分。
 とにかく、あなたは半ば思考停止の状態で、指定された最初のサークルへと向かったわ。あなたにはよく分からない文化だけれど、どのサークルの人妖たちも(よく見ると、所々にどこかで見たような連中がいたりする)皆これから始まるイベントへの期待を隠しきれない様子で、やや興奮気味に本を並べたり、お釣りを確認したりしているわ。あなたには本当によく分からない文化だけれど、少なくとも楽しそうだな、ということは十二分に伝わって来、ほんの少しだけ、あなたは羨ましいと感じたわ。
 しかし、開場のアナウンスが拍手と共に迎えられ、あなたが最初の本を購入したとき、それは起こった。
 あなたは、最初それを、地震かな? と思ったわ。しかしそれにしては誰も気にする様子を見せないし、何よりもホールの入り口から感じ取れる邪気のようなものが、何かただならぬ事態が起きようとしていることを感じさせたわ。
 次のサークルの場所を確認しようと、あなたが見取り図を開いた瞬間――
「走らないでくださーい! 走らないでって! おい! 走るなっつってんだろうが!」
「うるせえ! 買えなかったらお前責任取れんのか!」
 弾幕! いや、人の群れ、群れ、群れ! 大人しく並んでいた人妖は開場の瞬間その秩序の仮面をかなぐり捨て、獲物を狙う獰猛な肉食獣へと変貌を遂げた! 弾幕との違いは隙間が無いというところで、抵抗する間もあらばこそ、あっという間に津波のような人ごみに押し流されたあなたは(サイコロ二つの和−VIT)分の被害点を受けたわよ。振っておきなさいね。ともあれ、この嵐が同人誌即売会とやらの本質だというのなら、これが楽しいというのは一体どういう神経を持てばそう思えるのかしら。あるいは、もうワケが分からなくて、とにかく興奮状態に置かれたことによるアドレナリンとかの分泌が、楽しいとかいう錯覚を抱かせるのか……まあ、なんでもいいけれど、とにかくあなたもワケが分からないまま、無心になって同人誌を買い求めたわ。よく考えてみたら、そんなことをする義理はあなたには無いのだけど。真面目というか何というか……
 さて、とにもかくにもいくつかのサークルを回り終え、アリスに指定された最後のサークルへと、あなたは向かおうとしていたわ。何にせよこれが終われば一旦は休めるでしょうから、少しはあなたの足取りも軽くなるというものよね。
「ええと、最後のサークルは……と」
 ペラいとは言え本は本、肩に食い込むカバンの紐に何か怨念じみた重量を感じつつ、あなたは当該サークルへと近づいたわ。なにやら売り子の人気がやたらと高いようで、「サインください!」とか「握手してください!」とか「写真とっていいですか(写真撮影は指定の場所以外では禁止でーす!)」とか、騒々しい限りね。人気者って羨ましいね、などと卑屈なことを考えながら、あなたは、
「すいません、新刊を一さ……つ……」
「はい、ありがとうございます……にゃ……」
 ネコミミをつけた阿求と対面したわ。
 それからの数秒というのは、中々の見ものだったかもしれないわね。紅葉が色づくように、顔を赤くしていく阿求とか……というか彼女、リグルに仕事を押し付けておいて、自分は即売会っていい身分よね。まあ、その辺も含めての赤面なのかもしれないけど……昨日対面したとき、何か書きものをしていたのは、幻想郷縁起に関する何かだとばかり思っていたけれど、もしかしたらこれ関連だったのかしら。
 凍りついた時間の中、何とか状況を打開しようとしたあなたは、健気にも口を開いたわ。
「えっと……その……結構、似合ってると思うよ、その耳」
 次の瞬間、あなたの視界は真っ暗になった。いや、急に夜になったとかそういうことではなくて、新刊の束で殴打されたあなたが、地面にめり込んだ的な意味で。
 当然、あなたは意識を失う。十二へ。



十九
 ところでリグル、人の忠告はきちんと覚えておくべきよね。慧音は部屋を出て行く時なんと言ったかしら? あなたがふたに手をかけた瞬間、仕掛けられたバネが勢いよくふたを跳ね上げ、あなたの顔面を痛打した!
 きっとこうやって彼女は、いたずら盛りな子供に教訓を与えているのでしょうね。で、そのいたずら盛りな子供であるあなたは、サイコロを一つ振り、生命点から(出た目−LUC)を引いて(LUC値が上回った場合は、運よく外れた)、すごすごと部屋の隅っこで慧音を待っていなさい。二十へ。



二十
「やあ、待たせたな。部屋の中を物色などはしていないだろうな?」
 授業が終わり、部屋へと戻ってきた慧音に、あなたが地底へ行こうとしていることを告げると、彼女はふぅむと片眉を吊り上げた。
「確かに、先日稗田のチビッ子からそんな相談を受けたが……お前が行くのか? いや、まあ、行くというなら止めないが」
 少々不安に感じているようね。誰でもそう思うでしょう。だからってあんまり腐るんじゃないわよ、リグル。見事成功すれば、その不安の分がもれなく賞賛に裏返されるんだから。
「まあいいだろう。地底に行きたいのなら、太陽の畑から妖怪の山へ行く途中に大きな裂け目があるから、そこから入るといい」
 良かったわねリグル、地底への道筋が判明したわよ。慧音にお礼を言いつつ、目的地へ向かうといいわ。
「阿求と仲良くしてやってくれよ」
 そんな言葉を背後に、あなたは寺子屋を後にした。三九へ進みなさい。



二一
「ん、なんだ、教科書を持っているじゃないか、お前」
 慧音は、あなたが小脇に抱える歴史教科書を見つけ、表情を和らげた。
「そうか、お前も授業を聞きに来たんだな。妖怪らしからぬ勤勉さだ。結構結構。では、ついてくるといい」
 どうしてこう、生真面目な人というのは一旦思い込むと人の話を聞こうとしないのかしらね。でも、よく考えたら、人の話を聞かないのは幻想郷ではよくあることだったわ。なら、別に真面目さが問題というわけではないのかしら。あなたは半ば引きずられるようにして(身長差があるから)教室まで逆戻りすることになったわ。でも、部屋で待っていてもすることも無いのだから、なんなら授業でも聞いていたほうがいいかもしれないわね。
「席は自由だから、好きな場所に座るといい」
 そう言われても、学校などというものが初体験のあなたには、どうにもまごつくことが多いわね。勉強するところ、というのは知っているけれど、勉強って何といわれると言葉に詰まるというか。色々見渡した結果、とりあえず空いてる席に座って、隣の子の真似をしてみることにしたわ。ぎこちなく教科書を開いて、慧音「先生」が指し示した部分を黙読する。確かにそこに書いてあるのは日本語なのだけれど、あなたにはそれがどうにも宇宙人の言語のように思えてならない。耳に入る講義は明朗で、聞き取りやすく、また学問的正確さを期したその内容は究めて知的探究心を充足させるものだわ。ただ一つ問題があるとするなら、抑揚もなく雑談もなく淡々と進むその講義は、極めて眠気を誘うものであるということかしら。
 歴史を学ぶことに何の意味があるのか。それは、温故知新という点もさることながら、今あなたがここにいるのは、そしてこの社会があるのは、あなたの祖先たちが営々と歴史を築き上げてきたおかげであるということを知るためよ。過去があるから現在があるということを理解すれば、現在をまた未来へ繋げていこうという意思が芽生えてこないかしら? そうした意味で、歴史を「社会」と呼ぶのは、正に適切と言えるかもしれないわ。無駄な学問なんて無い、そうでないとするなら、全ての学問なんて無駄なものなのだ、とは、哲学を修めた知人の言。
 とはいえ、そんなことを言われても、眠いものは眠いというのもまた事実。これも過去からの試練なのかしら。サイコロを二つ振りなさい。出た目の数に、あなたのMEN値を足した数が……
 三〜十一ならば、あなたは誘惑に負け、眠ってしまった。九へ。
 十二〜十七ならば、何とか最後まで授業を聞くことができたわ。三十へ。



二二
 つつがなく夕食も済み、あなたが妖怪らしからぬ熟睡ぶりを発揮していた夜半、突如としてあなたは叩き起こされたわ。
「え、な、なに、もう朝?」
 深いノンレム睡眠から急激に現実世界へと呼び戻され、事態を把握しきれないあなたを引っつかんで歩き出したのは、やはりというか阿求だった。
「ちょっと来てください」
「な、なにさ、行くから引っ張んないで、ちょ、苦しっ」
 苛々とした表情の彼女に連れてこられたのは、提灯に照らされた薄暗いお勝手。その奥からガサゴソと音がし、中に誰かがいる気配が伝わってくるわ。冷たい目線の阿求に促され、歩みを進めると、そこには――そう、おそらく完全に忘れていたと思うけれど、ここへ来る前に襲われて、返り討ちにし、仕方がないので担いできたルーミアがいたわ。お勝手の奥には何があるか? それは食べ物に決まっているわね。人の家の食料を容赦なく食い散らかすルーミアは、確かここへ到着した際、目を覚まさないので奥の部屋で寝かしつけていたのよ。今頃になって目を覚まし、空腹を思い出したといったところかしら。
「泥棒かと思って女中がこわごわ覗きに行ったら、生肉食べて血を滴らせてるんですから。とんでもない悲鳴でしたよ。気付きませんでした?」
「ごめん、全然……」
「あなた本当に妖怪なんですかね……」
 苦々しい口ぶりの阿求に押されるようにして、あなたはルーミアに話しかけた。
「ちょっとルーミア、人の家の食べ物を勝手に食べたら駄目だって!」
「ふぁ、ふぃふるあ、ほはよー(あ、リグルだ、おはよー)」
「食べながら喋らないでよ」
「もぐもぐ」
「食べるほう優先かよ!」
「んっ、と。冗談だってばー」
 鮭とば(高級珍味)を飲み下し、ようやく人心地ついたのかしら。ルーミアはあなたに向かって、にっこりと笑いかけたわ。そこだけ見れば本当に可愛らしい女の子なのだけれど、口の周りや周囲の状況が、いささかスプラッタめいているわね。あなたはがっくりと肩を落とし、大きなため息をついたわ。
「ため息をつきたいのはこっちですよ」背後から阿求の声。申し訳ないと心の中で返しながら、あなたはルーミアの手を引いて立ち上がらせたわ。
「ルーミア、人の家の食べ物を食べるときは、ちゃんと断ってからにしないと」
「うーん、そうよね。さすがに今回は私も、ちょっと我を忘れちゃったって言うか」
「どんだけ食べてないのさ……確かに冬だし、食べ物を得るには辛い季節だけど……」
「なにかお詫びしたほうがいい?」
 あなた越しに阿求を見やるルーミアに対し、彼女は疲れたように、好きにしてください、と呟いたわ。まあ無理もないわね。
 だけど、お詫びといっても、まさか彼女に家事をやらせるような愚か者はこの家にはいないでしょうし、弁償できるような財産があるわけも無い。着の身着のままのお気楽な生活が身上の妖怪よ。小さなため息のあと、阿求が面倒くさそうに口を開いたわ。
「なんでしたらリグルさん、彼女と一緒に行ったらどうですか。一人よりも二人のほうが、何かと便利なこともあるでしょう」
「ん、リグル、どっか行くの?」
 不思議そうに覗き込んでくるルーミアを連れて行くかどうかは、リグル、あなたの自由よ。少しは悪かったと思っているのか、誘えば断られることは無いでしょう。
 もしルーミアを連れて行く場合、戦闘時に彼女の援護により、通常よりも被害点を三点多く与えることができるわ。しかも、闇を操る彼女の能力により、あなたの基準点は通常より一点増え、五になる(つまり、相手の攻撃時に、五以下が出た場合は外れになるし、当たった場合も通常よりダメージを一点減らせる)。これは地味に助かるわ。ただし、頭を使うような場面では、まったく助けに期待できないのは言うまでもないでしょう。
 いいことばかりでもないわよ。大飯食らいの彼女を連れて行く場合、体力回復に使える食料のうち半分(つまり五回分)を彼女に食べられてしまうわ。長い冒険の中、これは中々厳しいかもしれないわね。
 どうするのかは、あなたの自由。もし連れて行くのなら、手持ちの紙に「仲間:ルーミア」とでも(あと能力についても)書き止め、食料を半分消してから、あるいは連れて行かないのなら丁重にお断りしてから、八に行って朝を迎えなさい。



二三
「やれやれ、なんだったんだ」
 大の字に伸びているチルノを見下ろして、あなたは呟いたわ。結局、彼女が何に怯えていたのかは聞けずじまいだった。とにかく、尋常ではない怖がりぶりだったけれど……
「ええと、チルノが来たほうにあるのは……紅魔館、か」
 紅魔館。普通でも、できればあまり近づきたくはないところよね。チルノがあんなに恐怖を感じる程の何かが、あそこにあるというのかしら。
 あえて行ってみるというのなら、三一へ。君子危うきに近寄らず、だと言うのなら、きびすを返して三七へ。いっそ人里へ戻ってしまおうと言うのなら、十一に進むといいでしょう。

 え、チルノは放っておいてもいいのか? ですって? 大丈夫よ、ほら大妖精が近くに来ているわ。彼女がひっくり返ったチルノを見つければ、それはもう嬉々として色々といじり倒すでしょう。だからリグル、彼女のことは気にする必要はないわ。あるいは、気絶していたほうがマシだと思うことになるのかもしれないけれど、チルノ。



二四
 公民館というのは、市民の文化教養、ないし社会福祉の増進に寄与するために建てられたものよね。同人誌即売会というのは、文化……はまあいいとしても、教養とか社会福祉に関わるものなのかしら。高邁な志を持って礎石を置いた先人は、果たして現状をいかなる思いで見つめるのか……それは本人に聞いてみないと分からない。
 それはともかく、コミケットよ。いささか疲労した、それでいて気力に満ち満ちた目の男女(人妖問わず)がひしめき、ある者は売るために、ある者は買うためにうごうごと気を吐いているわ。開場まではやや時間があるようで、サークル参加者が中に入る一方、一般参加者は寒空の中ひたすら並んでいる。人間も、妖精も、河童も、幽霊も、黙って並んでいる。あのプライドの高い天狗が、人間の係員の指示に従い、文句も言わず並んでいる。これってひょっとしたら奇跡的なことなんじゃないかしら。褒め称える気には、どうしてもなれないのだけれど。
 しかしながら、我らがリグルには、もちろん同人誌即売会の知識なんて無いわね。あなたは二階建ての公民館と、そのぐるりに列をなす人妖を呆然と見つめ、いったい何が始まるんだ、と呟いたわ。
 やがてあなたは、人ごみの中に知った顔を見つけた。別段親しいというほどでもなかったけれど、この場においてはとにかく誰かに頼らないことには、まったく正気を保てそうにもない。
「あの、ちょ、あ、アリス、アリス!」
「ん? ……ああ、虫の」
 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは、今日は人形を率いる代わりにカートを引いていたわ。おそらく、サークル参加のようね。アリスはわずらわしげにあなたを見るけれど、今のあなたにはそれを感じ取る余裕は無い。
「……あの、なんなの、ここ」
「同人誌即売会よ、知らないの?」
 知らないの? と常識のように語られても困るわね。知識人というのはどうにも、知らない人を馬鹿にしたように見る習性があるわね。知識は力だけれど、無知は恥ではあるものの罪ではないわ。さかしらに知識を振るうなら、それは暴力というのよ。無知な者を笑ってはいけない、誰だって最初は何も知らなかったのだから。
「同人誌……?」
「あー、簡単に言うと、自費出版の本よ。最近、河童が技術公開したおかげで、本を作るのが比較的簡単になったのよね。それで、出版ブームってわけ。で、それを一斉に売ったり買ったりするのが今日この場所なのよ」
 非常に面倒そうだけれど、きちんと丁寧に説明してくれるあたり、彼女って結構いい人よね。
「この人たち、全員が……? その同人誌ってのを買うのに、こうやってずっと並んでるの? この寒いのに?」
 圧倒されたように、あなたはこぼしたわ。理解できない情熱よね。それに対して、アリスはさも当然のように言った。
「気にすること無いわよ。そこで並んでいる連中なら、少なくとも並ぶことにかけては、旧共産圏の人民の次くらいには優秀だから」
 確かに、不屈の闘志のようなものを感じなくもないわね。同人戦士(ソルジャー)! って感じで。
「説明はこんなところでいいでしょ? ちょっと遅れちゃったから、準備を急がないといけないのよ」
「あ、うん、ありがとう」
 アリスは肩をすくめて再び歩き出し……数歩行ったところで、何かに思い至ったように立ち止まると、くるりと振り返ったわ。
「あなた、興味ある?」
「え、いや、ま、まあ、まったくなかったらそもそも来ないけど……」
 あなたが不安げにそう応えると、アリスは値踏みするようにあなたをじろじろと眺め、よし、とうなずいた。
「どうせ暇でしょ? 手伝ってちょうだい。一人だと色々大変なのよね……」
 そう言うや否や、アリスはあなたの襟首をむんずと捕まえ、カートと一緒に引っ張っていった。
 こんなんばっかりね、あなた。十八へ進め。



二五
 箱の中に入っていたものは、なんと!
 帽子だったわ。あの重箱みたいな帽子。
 違う点があるとするなら、さっき彼女がかぶっていったのは青色の帽子で、ここにあるのは緑色の帽子ってところかしら。きっと、変身後のために揃いの帽子を買ったのはいいものの、角が邪魔でかぶれなかったのね。それにしても、こんな変な帽子、いったいどこで売ってるのかしら。もしかして、自分で作った?
 こんなものを持っていっても仕方がないので、あなたは丁重に箱の中へ帽子を戻し、大人しく慧音を待とうとした……しかしそのとき! 抜け目ないあなたは箱が二重底であることに気付いたわ。どうリグル、ワクワクしてこないかしら? わざわざ二重底にするということは、何か見られたくないものが隠されているということかも。
 二重底のふたを開けてみるなら、十九へ。何か怪しいと思うなら、黙って二十へ進むといいわ。



二六
 玉をぺしぺしと叩いて「もしもーし」とか呼びかけていると、ノイズのあとに向こうと繋がったような感覚があったわ。
「あ、繋がったかな? ねえ、阿求?」
「(ガヤガヤ)あ、リグ(ガヤガヤ)なに(ガヤガヤ)りました(ガヤガヤ)」
 何だか向こうの騒音が酷くて、まるで聞き取れないわね。なにか、とても人の多いところみたいだけれど……
「ちょっと阿求、今どこにいるのさ? 全然聞こえないよ」
「え、ど、どこって……そんなの別にど(ガヤガヤ)いですか、ええ、どこでも(ガヤガヤ)すよ」
 露骨に焦燥しているような雰囲気が伝わってきたわ。一体何を焦る必要があると言うのかしら?
「と、とりあえず、今は忙しいので、用があるならまた後でお願いします」
 と、一方的な通告のあとで通信は切れてしまったわ。早朝から人の多い場所に出かけて何をしているのか……気になるところだけれど、今あなたがすべきことは、彼女の秘密を暴くことじゃないわね。少し時間をおかないと阿求と話はできそうにないし、別のことをしましょう。
 里を探索するなら十一。勘に頼るなら、二八へ。



二七
「中々強いのね、不運を退けるなんて」
 服の破れを気にしながら、雛は恨みがましく呟いたわ。なにを言おうと敗者の遠吠え、あなたが気にすることはないわよ、リグル。
「……私は忠告したわよ、それでもまだ行くって言うのなら、好きにするといいわ」
 雛はそう言い捨てて、さっさと逃げ出した。あら、その拍子に、何か落としたみたいよ。これは西洋のお守り、アミュレットね。ただし、ひびが入って壊れているけど。今の戦闘によるものかかしら? もし、あなたが望むのなら、この壊れたアミュレットを持っていってもいいわ。でも、使い道はなさそうよ。
 さて、気を取り直してあなたが山へ向かおうとしたその時――
 爆音が、大気を揺るがしたわ。
 何事かと思っていると、閃光がきらめき、山の頂上付近で立て続けに煙が上がったわ。なにか並々ならぬ事態が起きているようね。
 それを見て、あなたは……迷うことなく、きびすを返した。
 まあ、そうね。正しい選択と言えるわね。
 ただ、この冒険が終わった後、雛には菓子折りもって謝りに行くべきでしょうね。

 スタコラサッサと三八へ(三八を一度通っているなら、三一へ)。



二八
 あなたは人里に見切りをつけ、あてどなく幻想郷の空を飛び回ることにしたわ。でもリグル、幻想郷って狭いようで広いわよ。親切に看板が出ているわけでもないでしょうし、どうする気なのかしら。まさか、本当に何も考えていない?
「ううん、どうしようかなあ、右にしようか、左にしようか……」
 わお、そのまさかみたいね。……まあ、無理して考えるよりも、無心の行動が結果を生む可能性だってゼロじゃないわ。やるだけやってみたらいいんじゃないかしら。
 太陽に向かって、右に行くなら、三八へ。太陽に背を向けて、左へ行くなら、三七へ進みなさい。
 あるいは、今からでも遅くは無いかもしれないわよ。人里に戻るなら、十一に行きなさい。



二九
「仕方ないわね、何だか不幸そうな顔してるから、助言してあげようと思ったのに……」
 信じられない、騙そうとしているんじゃないか、というあなたの気持ちを読み取ったのか、雛は身にまとった紫色のもやのようなものを膨らませ、戦闘態勢に入ったわ。それにしても、不幸そうな顔、って大きなお世話よね。例え事実だとしても。
 緩やかに回転したまま、彼女は言う。
「私は厄神。不幸を扱わせたら、私の右に出る者はいないわ」
 鍵山雛は生命点を二十五持っているわ。それほど多くはないのだけれど、厄介なのは宣言どおり彼女が不幸を扱うことで、彼女の攻撃は「不運にも」あなたに当たりやすく(基準点三、四以上の目で命中)、あなたの攻撃は「不運にも」外れやすい(基準点七、八以上の目で命中)という点ね。あと、彼女がどこからともなく呼び寄せる毛玉精霊のせいで、彼女の攻撃には三点の追加被害点が加わるということも忘れてはいけないわよ。
 無事倒すことができたのなら、二七へ。不運続きで負けてしまったのなら、それも運命、十四へ。



三十
 頑張ったわね、リグル。あと少し終わりの鐘が遅かったなら、あなたは睡魔の前に敗れ去っていたでしょうけれど。終了の礼が済んだ瞬間に走り回る周囲の子供たちを戸惑いがちに見ていると、慧音がそばにやってきたわ。
「どうだ? 授業の感想は」
 あなたがどう答えたものか目を白黒させていると、慧音は苦笑を浮かべた。
「遠慮することはない、自分の授業の評判が悪いことは知っているさ」
 どうも人を楽しませるのは苦手なんだ、と困ったように呟く彼女に、あなたとしてはそうですか、と言うほかはない。
「ま、お前には関係ないか。つき合わせて悪かったな。頑張ったご褒美にこれをやろう」
 そうしてあなたが慧音から受け取ったのは、不思議な感じのする砂時計だった。何が不思議かって、塩のように白い時計の砂が、つい今までは真っ青だったような気もするし、かと思えば桜色に染まっているようにも思える。何も変わっていないようにも、千変万化しているようにも見えるわ。
「この砂時計は、お前が被害点を受けたとき、ひっくり返すことでそのダメージを『なかったことに』できる。戦闘時でも罠にかかったときでも、好きなときに使えるぞ。ただし、即死罠や致命的なダメージを受けたときには、なかったことにできない。なんせひっくり返そうにも、お前は死んでいるんだからな」
 これはいい物を貰ったわね、リグル。眠気をこらえた甲斐があったわ。このハクタクの砂時計はとても有用だけれど、もちろん無限には使えない。サイコロを一つ振りなさい、その出た目の数が使用回数よ。
「さて、何か私に用があるんだろう? 向こうの部屋で聞こう」
 砂時計を大切にしまいこみ、二十へ向かいなさい。



三一
 湖を渡って、対岸のほとりにある紅魔館へ近づくにつれ、その真紅の威容はますますその堂々たる存在感を強めていった。じっと見つめたあとで空を見上げると、そこに真っ赤な残像が映るであろうことは間違いないわ。どうリグル、妖怪として生まれたからにはあなたも、あんな豪華なお屋敷に住んでみたいと思わない? え、掃除が大変そう? 小市民極まりないわねえ。
 チルノはこちらの方角から逃げてきたけれど、少なくとも遠目には、特に何かが起きているようにも見えない。よく半壊したり全壊したりすることで有名だから、てっきりまたその類か、とも思ったのだけれど。
 そういえば、紅魔館には門番がいたわね。あの親しみやすい雰囲気の彼女なら、あなたでも安心して色々聞けるというものだわ。地底への入り口とかね。
 そうと決まれば、と飛んでゆこうとしたあなたはしかし、ある程度接近したところで、門から放たれる圧倒的などす黒いオーラを感じ取り、一気に全身の毛穴が収縮するのを感じ取った! そのどす黒さといったら、あなたの影もあなたを置いて逃げ出しそうなくらいよ。一体どうしたことかしら、この凄まじい重圧感は? 地面の上だというのに、まるで窒息しそうなほどの息苦しさだわ。門番がとうとう殺意の波動にでも目覚めたのかしら。
 どう考えてもこれ以上近づかないほうがいいのだけれど、それでもやっぱり、あえて近づいてみるというのなら、三二へ。冗談じゃない、命あっての物種だ、と逃げ込めそうな場所を探すなら、三六へ。



三二
 虎児がいるわけでもないのに虎穴へ入ったあなたは、プレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、門前で仁王立ちするレミリアの姿を認めたわ。このどす黒いオーラの発生源であることは、彼女の表情を見れば言うまでもないでしょうね。彼女的には余裕の笑みを浮かべようとしているのでしょうけれど、怒りがどうにも上回っているのか、引きつったように頬をピクピクと震わせ、実際キレかかっているようにしか見えない。目は燃え出さんばかりに爛々と輝き、今にもビームのひとつでも放ちそうな勢いよ。そして何よりも、貧乏ゆすりが高速すぎて地ならしのスタンピングみたいになっている。まあ門番には出せないオーラだと思ったわよ。
 だけど、どうして彼女がこんなところに立っているのかしら。傘も差さずに……一応、ギリギリで門の影に入っているから、灰になるということは無いけれど。
 あなたが離れたところから興味深く見ていると……いや、それとも足がすくんで動けなかったのかしら? まあ、どちらでもいいけれど、とにかく重要なのは、あなたとレミリアの視線が合ってしまったということよ。というか、不躾にじろじろと眺めるあなたを、レミリアが咎めるように睨んだ、と言ったほうが適切かもしれないわね。
「……なに、なんか用、虫けら」
 彼女とあなたとは結構距離が開いていて、しかもそんなに大きな声でもなかったはずなのに、不思議とすぐそばで言われたように、はっきりとその声は聞こえてきたわ。今更確認するまでもないけれど、極めて不機嫌な声色ね。ひとつ対応を誤れば、あなたの命なんか風の前のチリに同じよ。むやみに危険へと近づくから、こういうことになるのよね、まったく。
 ほら、早く返事しないと、どんどんレミリアの視線の温度が下がっていくわよ。
「あの、ちちちちょっとその、ち、ちち地底に行こうと思ったんだけど、その、あの、地底ってどこって言うか、その、えっと」
「は? なに……? ち、て、いですってぇ!?」
 しどろもどろなあなたの弁解を聞いて、レミリアの怒気が急激に膨れ上がる! いったい彼女は地底に何の恨みがあるというのかしら? いやそんなことより、何だか知らないけど逆鱗に触れてしまったみたいよ、どうするのリグル?
 チルノと同じように、一目散に逃げ出すのなら、十五へ。勇気を振り絞って戦いを挑むのなら、三四へ。とにかく、まだ向こうの出方を伺おうというなら十六へ。ただし、様子を伺っている間に殺されても知らないわよ。



三三
「すまないな。あんまり部屋の中のものをいじるなよ、危ないから」
 そういい残して慧音は変な帽子をかぶり、颯爽と教室へ去っていったわ。そしてあなたは四畳半程度の部屋に一人取り残されたのだけれど、ただ時間が過ぎるのを待つっていうのは、とても退屈なものよね。あなたも、最初は持ち物の点検をしたり、これから訪れるかもしれない大冒険に思いをはせたりしていたのだけれど、どうにもそのネタも尽きてしまい、しかも時間も大して経ったようには思えない。そうすると……まあ、興味の対象が部屋の中に移るのは、仕方ないものよね。
 ここはあくまで授業のための準備室であるらしく、慧音の私物といったものはあまり見受けられないけれど、それでも探してみれば何か面白いものが見つかるかもしれない。
 それは窃盗だ、ですって? いいことリグル、冒険のさなかにおいては、勇者と盗賊というのは同じ職業なのよ。
 机の引き出しを調べるなら、三五へ。衣装箪笥の中を調べるなら、十七へ。あくまで良心に従うというなら、黙って二十へ行くといいわ。



三四
 世の中の妖怪は二種類に分けることができる。それは、勇気と無謀は違うということをちゃんと分かっている妖怪と、分かっていない妖怪よ。あるいは、一ボスと六ボスの違いを知っているかどうか、という分類でもいいわ。
 レミリアの生命点は七百。七十じゃないわよ。これでも昼間ということで少なくなっているんだから。ついでに、レミリアは三以上の目を出せばあなたに被害点を与えることができ(基準点は二)、しかもその鋭い爪や牙、圧倒的な魔力は、あなたに追加の被害点を三十点与えてくるわ。逆にあなたがレミリアに攻撃を当てようと思ったらサイコロを二つ振って十以上を出さなければならない。
 まあつまり、十四に行け、って事よ。



三五
 恐る恐る机の引き出しを開いてみると、そこには!
 チョークが入っていたわ。
 あとは授業で使うわら半紙のプリントや、採点途中のテストとか……これはいらないわね。
 色々と探してみたけれど、本当に授業に関連するようなものしか入っていない。真面目なことねえ。
 あなたは落胆して、他の場所を調べようとしたのだけれど、その拍子に鐘のようなものが鳴り響いたわ。きっとこれは授業終了の合図ね。慧音が戻ってくる前に、大人しい顔をして座っていたほうがよさそうよ。
 もしチョークを持っていくのであれば、持ち物に加えて、二十へ。



三六
「ちょっとリグル、こっちこっち!」
 どうしたものかと無意味に辺りを見回していると、大樹の陰から小声であなたに呼びかける声がしたわ。そちらを見やると、民族風の衣装を着たグラマラスな門番が、小さく手招きしている。
「あれ、美鈴? 門は?」
 してみると、紅魔館のほうから発せられるプレッシャーは彼女によるものではないみたいね。まあ、そんなことは言われなくても分かるような気がするけど。
「しっ! 大きな声を出さないで!」
 慌てたように美鈴は「静かに」のポーズを作って、ちらちらと館のほうに視線を向けたわ。それを見てあなたは、ああ逃げてきたんだなあ、と生暖かい視線を向けるのだけれど、あのプレッシャーの発信源まで行かなくても話が聞けるというのは、ありがたい話ではあるわね。
「なんかあったの?」
「いやあ、何だか知らないけれど、お嬢様の機嫌がすこぶる悪くて……門のところでずっと仁王立ちしてるのよ、私もう胃が痛くなってきちゃって」
 中間管理職も大変よね。なぜレミリアがそんなに怒っているのか、それも気になるところだけれど、とりあえずは自分の仕事を優先させましょうか。
「ん、地底? それなら確か、ヒマワリ畑から妖怪の山へ行く途中に大きな裂け目があって、そこから入れるはずよ」
「うん、教えてくれてありがとう」
「地底に行くの? 気をつけてね」
「美鈴も気をつけてね、色々と」
 苦笑を背に、あなたは湖を辞したわ。目的地の場所さえ分かれば、長居する必要はないものね。美鈴の幸せを祈りつつ、三九へ進むといいでしょう。



三七
 左方向へ飛んで行くと、やがて妖怪の山が見えてきたわ。山と地底というのは、一見正反対のようにも思えるけれど……
「待ちなさい、そこの緑色のあなた」
 声をかけられてあなたがそちらを向くと、相手も緑色だったわ。しかもなぜか、コマのように回転を続けている。しかも、何だか不吉そうな印象を受けるもやのようなものが、彼女の周りを漂っているわ。ただならぬ雰囲気の持ち主ね。無視しないほうがよさそうよ、リグル。
「なに? 君は?」
 あなたの誰何に対して、少女はやはり回転しながら答えてくる。おかげで会話の音量が安定しないわ。一人サラウンドごっこかしら。
「私は鍵山雛。私のことより、山へ向かうつもりなら、今はやめておいたほうがいいわよ。荒れているから」
 どうも彼女はわざわざあなたに忠告をするため、やってきてくれたみたいよ。だけど、荒れているといっても、少なくとも遠目には山はいつもどおりに見えるわ。噴火の兆候でもありそう、というのなら別でしょうけど……
 雛の忠告に従い、回れ右して反対側に行くなら、三八へ(既に三八へ行っているなら、飛ばして三一へ行っても構わないわ)。もしくは、十一に行って里に戻ってもいい。
 彼女のことが信頼できないというなら、二九へ。



三八
 あなたが右へ向かって飛んでいくと、やがておなじみの湖が目の前に広がったわ。いつも大体このあたりで、チルノなんかと集まって遊んでいるのよね。昨日の朝、目を覚ますまでは、どうせ今日も明日もこの辺でのんびり遊んでるんだろうなあ、なんて思っていたのだけれど、急転直下、人生何がどうなるか分からないものよね。
 などとあなたが感慨に浸っていると、向こうからチルノがやってきた。いや、やってきたと言うよりは、どちらかというと飛んできたというか、もっと正確に表現するならば、全速力で逃げてきているように見えるわ。その慌てぶりといったら、目の前にあなたがいるというのに気づかないほどで、衝突しそうになってギリギリでようやく急ブレーキを踏んだという有様。
「わ、チルノ、随分慌ててるけど、なんかあったの?」
「り、リグル! いや、違うのよ、これはあくまで一時撤退というわけで、決して私が負けを認めたわけじゃないわけで、その、早くしないとあいつが追いついてきちゃうじゃない!」
 短い手足をわたわたと振りながら、混乱を隠そうともしないチルノ。普段もちょっと話の通じづらいところがある彼女だけれど、今となってはもっと酷いと言えるわね。
「ちょっとチルノ、落ち着いてよ、あいつって誰さ?」
「あいつはあいつに決まってるじゃない! 早くしないと……はっ、まさか、リグルもあいつの手下なのね! ここで私を足止めしようって言うんでしょう! そうは行くか!」
「ちょ待っ、うわっ!」
 勝手に混乱した挙句自己完結したチルノは、大気中の水分を凍らせてつぶてを作ると、いきなりあなたに投げつけてきた! それはとっさによける事ができたけれど、チルノはすぐに第二撃の準備に入っているわ。こうなってしまっては、もはや戦いは避けられない。少しチルノには頭を冷やしてもらいましょう。
 混乱しているとは言えチルノはそこそこ強いわよ、少なくともあなたと比べれば。生命点は三十、基準値は通常通りの五だけれど、寒さに弱いあなたは、もし彼女の攻撃を受けた場合、冷気によって四点の追加被害を受けるわ。
 もしチルノを倒せたなら、一息ついて二三へ。
 負けてしまったなら、あなたは凍りついた挙句粉々になってしまった。十四へ。



三九
 今あなたがいる場所を説明すると、立ち入るものを拒むかのような切り立った岩肌、どこまで続くとも知れない深い闇、そしてその奥底から不気味に鳴り響く風音……ここに立っているだけで、何か呪われてしまいそうな陰鬱な気配が漂っている。
 こんな嫌な場所というのは、つまり……
 そう、リグル、この場所こそは地底への入り口に違いないわ!
 本来のスタート地点のはずが、到着までにやたらと手間取ったような気もするけれど、そこはそれ、千里の道も一歩からよ。
 忌み嫌われ、追われるようにして地底へと移り住んだ妖怪たち……まあ実際、そんなに悪い連中というわけでもないのでしょうけれど、とにかくあなたにしてみれば完全に未知なる領域よ。
 霊夢や魔理沙はどうなってしまったのか? 怨霊が再び湧き出したことにはどんな意味があるのか? これらが明らかになるかどうかは、全てあなたの活躍にかかっているといっても過言ではない。
 さあ、怖気づいている暇は無いわよ、リグル。勇気を持って、一歩を踏み出しなさい!




















       ,. -''"´     `' 、
     ,'´  ,. -‐ァ'" ̄`ヽー 、`ヽ
     //         `ヽ`フ  
    / .,'  /! /!   ! ハ  ! ',   
   (    ! ノ-!‐ノ ! ノ|/ー!、!ノ  ,.ゝ
   ヘ  ノレ'  rr=-,   r=;ァir /! ノ   ……というお話だったとさ
   (  ノ !           "! ヘ( 
   )  ,.ハ ''"    'ー=-' "'! ',ヽ.
    ) '! ト.、      ,.イ  i .ノ
     ノヽ,! i`>r--‐ i´レヘ ノ
 ∬  ヽ(へ レィr'7ア´ ̄`ヽ. )' 
┌-┐   ノ /イ       Y
(i _i  rくヽ/!ノ     __  ,ゝ  
 \ \/`/::メ:::`ヽ、_二、___イ



去年に比べれば正直ちょっと手抜きの感は否めませんが、まあ勘弁してくださいませ
なんたって実質五日間くらいで書いたもので……
ここ一週間ほど、昼間何度も寝そうになってちょっと大変だったというか……
分かる人には分かりますが、結構露骨に元ネタからパクってきている部分が多いんですが、簡単だろうと思って書き始めたらこのざまですよ
本当は妖怪の山ルートとか、スーパーゆうかりんタイムとかもっと書く予定だったんですけどねえ

色々と稚拙な部分の目立つものですが、まあどうせ明日には消すわけで
ここまで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました

ぶっちゃけ月刊ナイトバグに全部持っていかれたよね

凡用人型兵器