「脳卒中対策基本法」議員立法で制定目指す
脳卒中を予防し、後遺症を減らすための法整備を―。全国に48の支部を持つ社団法人日本脳卒中協会(理事長=山口武典・国立循環器病センター名誉総長)が中心となって「脳卒中対策基本法」の制定を目指している。要綱案はほぼ完成しており、議員立法での手続きを検討中だという。脳卒中医療の問題点と課題は何か。そして、基本法が制定されるとどう変わるのか―。山口理事長に聞いた。
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「脳卒中対策基本法」制定を―日本脳卒中協会
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―協会が考えている脳卒中対策基本法について、その目的、制定後のイメージなどを教えてください。
厚生労働省の2007年人口動態統計によると、脳卒中はわが国の死亡原因第3位。また、05年の患者調査で総患者数は136万人に達していることが分かっています。死亡率は低下しているものの、一方で深刻になっているのが後遺症です。寝たきり老人、要介護者の3−4割が脳卒中患者だと推定されている。しかし、がん対策基本法はありますが、脳卒中に関する法律はありません。日本脳卒中協会では02年に「脳卒中週間」を定め、シンポジウムや市民講座の開催などで啓発活動を行ってきましたが、協会の活動だけでは問題を解決することはできません。国を挙げて脳卒中の予防、適切な急性期の対応、後遺症のリハビリ支援などをするためにも、一刻も早い法整備が必要だと考えています。
現在、スムーズな超急性期医療ができていない背景の一つとして、縦割り行政の弊害が挙げられます。救急隊は総務省管轄、一方の医療機関は厚労省管轄であるため、連携がうまくいかないケースも多い。また、救急隊や医療機関の診断、対応能力、リハビリの地域間格差などもあり、均霑化(きんてんか)を図る必要があります。
われわれが考えているのはあくまで「基本法」。大まかな枠を定めるもので、細かく規定を作るものではありません。
―現状の体制では救急隊が脳卒中を正確に判断するのは難しいのでしょうか。
消防署や隊員ごとに判断基準も知識も異なるため、すべてのケースで的確な診断を下すのは非常に難しいと思います。
岡山県の倉敷のように、川崎医大脳卒中学教室の協力によって隊員の教育に力を入れている所もあるが、すべての署がそうであるとは限らない。判断するための教育体制、判断基準は、地域や予算、上司の考え方などによってばらつきがあります。医療機関ごとにも脳卒中医療の体制には差があります。そのため、患者の家族がすぐ異変に気付いて救急車を呼んでも、最適な治療を受けられるとは限りません。法制化によって、教育体制と判断基準の均霑化、そして隊員の教育体制のさらなる充実を図る必要があります。
―そのほか、現状の問題点や課題を教えてください。
05年10月から、脳梗塞の治療法として効果の高いt-PA(血栓溶解薬)治療に医療保険が適用されました。同治療を発症3時間以内に行えば、後遺症が残らない患者の数は1.5倍になるといわれています。しかし、この治療は24時間MRI、CT、血液検査などができる設備と脳卒中の専門医を中心としたチームが必要とされており、どこの医療機関でも受けられるわけではない。また、検査と準備に1時間かかるため、発症から2時間以内に医療機関に到着する必要がありますが、現状では非常に難しい。そのため、同治療を受けることができた脳梗塞患者は、約2%にとどまっています。
現状では脳卒中が発症した場合、どこの医療機関に行けばいいのか、判断がつきにくいことも問題です。救急隊を呼んでも、専門治療を受けられる医療機関に運んでもらえる保証がない。結果的に適切な受診に至るまでの時間がかかり、命を落としたり、治った場合でも後遺症が残ったりするケースも少なくない。
また、一般市民の、脳卒中に関する意識と知識が不足していることも問題だと感じています。
―基本法が制定されると、どう変わりますか。
政府、地方自治体、医療保険者、医療従事者らが協力して予防事業を進められるようになるため、▽国民に「脳卒中の症状が出たら直ちに受診」を周知徹底▽119番すれば、24時間全国どこでも、専門医療機関に搬送してもらえる仕組みを整備▽急性期から維持期(慢性期)まで途切れることなく、全国どこの施設でも同様に最新の医療、リハビリ、療養支援を受けられる仕組みを整備▽脳卒中の後遺症と共に生きる患者と家族の、生活の質の向上と社会参加を支援―などが実現できると考えています。
t-PA治療は、24時間365日対応できる人員が必要なので、医療機関の負担が重い。そこで、人員が確保できない場合は、負担を減らすために地域の複数の医療機関で当番制にする。そして、どこの医療機関が当番なのかウエブなどで公開し、救急隊はもちろん、一般市民も分かるように情報を公開する。
また、長崎県など国内の一部や米国で行われている「遠隔医療」も、全国でできるようになれば理想的だと考えています。担当医が脳卒中の専門家ではなく、t-PAを使っていいかどうか分からないなどのケースで、インターネットを使って検査データをセンターに送る。そして、センターの専門家からアドバイスを受けながら、治療を開始してヘリコプターで搬送する。こうした体制が整えば、全国どこにいても同じ医療を受けられるようになります。
■早ければ今秋にも国会で発議も
―制定に向けた今後のスケジュールなどを教えてください。
協会が中心となって各学会の意見を聞きながら、基本法の要綱案の作成を手掛けてきましたが、ほぼ完成形に近づいており、最終段階に入っています。5月25日から脳卒中週間がスタートしますが、これに合わせて記者発表します。6月には広く各界に呼び掛けて「脳卒中対策推進協議会」を立ち上げる予定です。そして、超党派の議員連盟に、法律案の発議を依頼したいと考えています。早ければ、今年9月の国会で提案できるかもしれません。
もちろん、基本法が制定されたら協会の役目は終わりというわけではありません。その後も引き続きシンポジウムやイベントなどによる啓発活動、電話相談、ファクス相談など地道な活動を続けていくつもりです。
【脳卒中週間】
毎年5月25日から31日まで。脳卒中の発症が増える6−8月を前に、脳卒中に関する知識を深めてもらおうと、日本脳卒中協会が集中的に啓発活動を行っている。
【均霑化】
生物が等しく雨露の恩恵を受けること。医療業界では、「医療技術などの格差の是正を図ること」という意味で使用されている。
更新:2009/03/31 17:50 キャリアブレイン
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