dream tips バックナンバー
#004 モーターサイクルのある人生
心震わせる機械と暮らす
Text:Kei Tashiro    Photo:Hitoshi Iwakiri    Flash:Yasushi Hattori
01:エスケープ02:そして、海へ03:ガレージが欲しい!04:今気になる1台
01 エスケープ  世の中には2種類の人間がいる。モーターサイクル、その魔力を知る者と知らない者だ。鉄の塊とひとつになってコーナーを駆け抜ける。エンジンの熱く、力強い鼓動に包まれる瞬間、大切な人と感動をリアルタイムで共有できる。ほんの一歩前に踏み出して、モーターサイクルのある人生を選んでみる。すでにそのライフスタイルをチョイスした著名人、そして今こそ乗るに値するマシンに注目する。
PAGE0102

モーターサイクルが目を覚ます 春の朝、鉄の塊が東へといざなう

 

週末。目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。空は暗く、街はまだ眠っている。身支度を済ませると、革のライダースジャケットに袖を通す。体に馴染んだ10年選手だ。同じころ買ったブーツを履いてガレージへ向かう。シャッターを音がしないように開けるとそこに、何重にもチェーンで施錠された、漆黒の鉄の塊が暗闇にぼんやりと見える。

米国製、V型2気筒1200ccのモーターサイクルだ。

目覚める前のモーターサイクルはただの重い物体だ。大通りまでの100メートルほどを押していく。早朝の冷えた空気に息が白い。ガレージでエンジンをかけないのは、排気音が早朝の住宅街にはいささか騒々しすぎるからだ。燃料のコックをオンにする。十分に自動車を動かせるだけの力を備えたエンジンにガソリンを送り込み、スターターボタンを押す。この一連の動作が心を浮き立たせる。

力強い数回のクランキング。くぐもった排気音とともにエンジンに火が入る。しばらくエンジンを暖めるとアイドリングが落ち着いてくる。エンジンに比して不釣合いなほど華奢な黒い燃料タンクに朝焼けが映る。待ち合わせ場所までは15分ほどで着く。春本番と予報が告げた今日。空には雲ひとつなく、風もない。早朝ゆえまだ気温は高くないが、頬に触れる空気にはぬるい湿り気がある。

モーターサイクルはじつに不便な乗り物だ。今日は幸い好天だが、雨が降ればびしょ濡れになるし、真夏は日射はもとより、エンジンの熱気や路面の照り返しで炎熱地獄に見舞われる。冬は乗る気が萎えるほど寒い。そして身ひとつで走るのだから、快、不快だけで済まないことだってある。感覚にダイレクトな乗り物といえばいえるが、つらいのは事実。荷物を運ぶにも限界がある。快適・便利で安全な自動車とは大違い。

なぜそんなものに乗るのか? なぜ人の心を捉えるのか?

0102PAGE