有罪判決から64年を経て、第1次請求から23年を経て30日に下された横浜事件の「免訴」判決。故小野康人さんの次男で再審請求人の小野新一さん(62)が書いて準備してきた「無罪」の旗は、日の目を見ることはなかった。小野さんと康人さんの長女の斎藤信子さん(59)は、主文の言い渡しを、じっと聞いていた。
小野さんは判決後の会見で「無罪を信じていただけに、非常に残念」。斎藤さんは「私たちは親の名誉回復だけを願っていたのではない。司法は人間として当たり前の判断をしてほしい」と無念の表情を見せた。第1次請求から共に戦ってきた大川隆司弁護士は「免訴判決にしても、『免訴事由がなければ無罪だ』と言ってほしかった」と述べた。
一方で、判決は刑事補償手続きでの名誉回復に言及した。佐藤博史弁護士は「裁判長はギリギリの評価をしたのだろう。名誉回復は十分でないが、刑事補償がその代わりになる」と話し、大川弁護士は「精いっぱいの判決。刑事補償の戦いはまだ残る」と前を向いた。【池田知広】
横浜事件の第4次再審で再び「免訴」とした横浜地裁判決は、別の被告の再審で最高裁が示した結論の「枠内」にとどまった。無罪判決による明快な名誉回復という遺族の悲願はかなわなかった。
判決と同じ大島裁判長が出した再審開始決定(08年10月)は「事件はでっち上げ」との弁護側主張を認めたに等しい判断を示していた。事件の発端とされた会合は「共産党再建準備会」ではなく「慰労会」で、小野さんが掲載に関与した論文も治安維持法に反する「共産主義啓蒙(けいもう)論文」かどうか「疑問を禁じ得ない」と指摘した。遺族側は無罪判決を期待した。無罪に勝る明白な名誉回復はなく、「無罪判決こそが正義にかなう」との要望書は、法学者ら識者166人の賛同を得た。
地裁は、再審開始決定や初公判の法廷で、当時の裁判所批判もいとわなかった。判決でも「再審公判において直ちに実体判断(有罪・無罪)が可能な状態にある」と指摘。同じ証拠に基づき同じ裁判長が判断するのだから、市民感覚では無罪との期待を抱かせる表現だ。
だが実際は一転して事件の虚構性を指摘することさえせず、免訴確定後の刑事補償請求手続きによる名誉回復の可能性に触れただけだった。手続きによって有罪・無罪を判断した決定の要旨が官報などで公示されることが名誉回復の可能性の根拠だが、判決自身が再審公判について述べたように、「無罪判断」が出るかどうかは保証の限りではない。
「司法の責任」が問われた再審を形式的な判決で終えるのは、結局「司法の体面」に重きを置いたように映る。【杉埜水脈】
毎日新聞 2009年3月30日 12時25分(最終更新 3月30日 13時20分)